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イリューは黙ってそっぽを向いていて、カミールは困惑していた。
俺より先に話を聞いていただろうイリューは無関心、しかし何も知らないカミールは理解が追いついていないのだろう。
「詳しく知りたいですね」
料理が揃うまで、いくつかの展開を熟考した。料理が運ばれてきて、最初の一口を食べてから、俺はおもむろに切り出す。サーナーは平然としていた。
「ハヴァスで精霊教会に寝返ったフミナというものが拉致されたのはご存知なんですよね? 私はついさっき、ここで教えていただきましたが、なんでも魔物に食われたとか。それをやったのは、おそらくユナさんです」
「ユナが、なんのために?」
「おそらく、ソニラの所在を聞き出したのでしょう。ユナさんとソニラの間には、確執のようなものがありましたから」
「それならソニラも護衛を連れて、身を守ったはずだ」
そこが難しい、とサーナーが何かを理解できない、不可解だ、という感じの口調で応じる。
「ユナさんは、おそらくもう、全てを諦めたのでしょう。全てを諦めて、ひとつに絞ったんです」
「すまないが、表現があやふやだ。全てを諦めたというのは、自暴自棄になった、ということか?」
「そう、コルトさんのこともあった、自分の部下のこともあった、だから、ユナさんは諸悪の根源とでも呼ぶべきもの、その根を断ち切る気になった。自分を犠牲にしても」
不吉な表現だった。
まるでもう、ユナが死んだ、どこかへ消えたような表現だ。
「それで、ソニラはどうして死んだ?」
「やはり詳細は不明ですが、ハヴァスで同時放火の事件があり、フミナの所在が不明になった時、精霊教会は即座に動きました。これも推測ですが、精霊教会はユナさんのことを相当に警戒したのでしょう。何せ、全滅させたはずの傭兵が生きているのでは都合が悪い。自分たちの行いが白日のもとに晒されてしまう」
「フミナが襲われたことで、精霊教会はユナの生存を確信し、それに対処するためにソニラが動いた?」
そう見えますね、とサーナーが酒を注がれたグラスを持ち上げ、わずかに傾けた。
「精霊教会のどの階層が指示を出したかは、不明です。とにかく、ソニラは騎馬隊でイサッラから南進し、バットンを目指した。その途中で、彼らは襲われ、ソニラが戦死した」
「襲われた、か。襲った、ではなく」
「ユナさんにとっては幸運なことに、ソニラ助祭にとっては不運なことに、両者は何もない場所で遭遇し、乱戦になった」
「ユナはまだ生きているのか?」
核心の問いかけだった。
おそらく。
短い表現で、サーナーは俺をだいぶ安堵させてくれた。礼ではないが、彼のグラスに酒を注ぎ足した。
「死体が見つかっていない、というだけじゃないよな?」
「もちろん、死体が見つかっていないだけではなく、逃亡していくのを精霊教会の生き残りが目撃しているようです」
「あいつは一人でそんな大それたことをやっているのか?」
サーナーが微笑む。どこか寂しげで、切なげな表情だった。
「戦いの場で、一人の傭兵の死体が回収されています。どうやらそれが、ユナ隊の一人らしい。私が伝え聞いた情報からすると、レイという光の線で相手を切るファクトを使う、ファドゥーという男でしょう。ユナ隊の将校です」
そうか、としか俺はいえなかった。
ユナは仲間に報いるために戦っているはずなのに、最後までついてきた戦友を失った。
ユナは最後の仲間を失い、今は一人なのだろう。
俺がユナのそばにいないのは、何故だろう。もし俺がユナのそばにいれば、もっと別の展開があったように思える。思えるけど、ぼんやりしていて全く具体性を帯びなかった。
自分が切実に、ユナの命を救いたいのだと、この時になって俺は理解した。
そして、理解するのが遅すぎたことも、はっきりわかった。
「ユナはどこへ消えたのか、情報は?」
「精霊教会の方では、ただ北と見ていますが、イサッラではないでしょう。おそらく、ルッツェ。そこにいる司祭のルティアを狙うはずです」
「一人で追撃をかわし続けられるかな」
「無理でしょう。ただ、ユナさんのファクトが露見していない相手なら、いくらでも出し抜けます」
そういうことか。
ユナのファクト、イレイズは対象を自在に破壊できる。捕縛されたと見せかけ、戒めを破壊して脱走することもできる。
ある程度、ルッツェに近づけば、自然と捕縛されるかもしれない。そこで脱走し、機を見て、ルティアを襲撃する。
うまくいくわけがない。
仮にうまくいっても、ユナは一人だ。
生きて戻ることはありえないはずだ。
ルティアとの相打ちを狙っているのか。
バカな。
「クソッタレ」
思わず声にしたが、カミールが顔を上げただけで、イリューもサーナーも無反応だった。
長い時間を生き、多くを見て、多くを経験する亜人からすれば、人間なんてみんな愚かなのだろう。全員がクソッタレの、大間抜けに見えてもおかしくない。
話題が変わり、サーナーは俺にフォウ・カンスについて訊ねてきた。
フォウは今も人類を守り隊の兵站を一手に引き受けている。そのお陰で俺やイリューは銭に苦労しない。あの商人は常に移動していて、そこはヴァンに似ている。
サーナーは自分の商いの話を始め、神鉄騎士団との契約の一部が、精霊教会に侵食されていることを手短に解説した。
ルッツェ、イサッラ、スラータ、ハヴァスでは精霊教会が代理の者を立てて大規模な商売を展開し、その商売はただの商いではなく、兵士や傭兵に対する物資の供給も兼ねているため、見る見る手を出せない形に展開したようだ。
「ルスター王国はどうやら、この戦争から手を引きたいようです」
そういう亜人の商人に、ずっと無言だったイリューが低い声で応じる。
「戦場はそのままここにあり、兵士は兵士としてしか生きられない。つまり戦争は終わらないし、兵士は死に、やがて全てが困窮し、人は滅びる」
達観、というよりは悲観に思えたが、ないわけではないとも思う。
ついでに言えば、人間は今、俺が直面しているように、人同士で争うことをやめられない。
人間が滅びる間際というのは、それは悲惨なことになるだろう。
俺は、フォウがルッツェに来る予定を確認しておく、とサーナーに答えたが、サーナーは自分の部下をルッツェに常駐させているからそこに伝えてくれ、と応じた。
フォウを紹介するのが、今回の情報提供への謝礼になるだろう。
サーナーが食事を終えて、丁寧に礼を言って去って行き、カミールが居心地悪そうにした。俺もイリューも険しい顔をしているせいだ。
「明日にはイサッラへ戻るぞ。支度をするように連中に言っておけ」
俺の言葉に、大声で返事をしてカミールが駆け去っていく。
俺はグラスの中の酒を飲んだが、いやに苦く感じた。
(続く)




