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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第五部 影を追いかけて
188/213

5-17 無駄

      ◆



 俺たちに出来ることは、フミナがどこへ消えたのか、それにユナが関与しているか、それを調べることだけだった。

 フミナの行方はわからないが、精霊教会の様子ではまだ見つかっていないし、彼らの動きを観察すると、死体を探しているようではない。

 一度ならずも、神官戦士の一人でも捕まえて教えを請おうかと思ったが、余計な揉め事になると考え直して、どうにかこらえた。

 ユナの動向に関しては、適当な傭兵に確認したが、聞き出せる情報はユナ隊は魔物の中で孤立して全滅したらしいということだけだ。

 総合的に考えれば、ユナは独自に行動し、少数でハヴァスに忍び込み、フミナを急襲、そのまま拉致した。

 でも、なぜ。

「見せしめにでも使うのかもしれぬ」

 ハヴァスに滞在して三日目、イリューが食事の席で行った。

 席にはカミールもいる。連れてきた傭兵の中で、自然とリーダー格になっているのだ。剣術も馬術も平凡だが、明るい性格で、人がいい。

「イリューさん、見せしめって、誰に対する見せしめですか」

 イリューは無言、カミールが構わずにお茶を飲みながら言葉を続ける。

「精霊教会に対する見せしめだとすれば、これは俺だったらですが、フミナとかいう人を惨殺して、精霊教会の連中の前に捨てておきますよ。残酷ですが、さすがに連中もビビるでしょう。つまり、精霊教会に対する見せしめではないのですね?」

「他にもな」俺は別の、現実にならなかった可能性を口にする。「例えば、神鉄騎士団を裏切った者への見せしめだとすれば、やっぱり死体をどこかで大勢の前にさらさないといけない。しかしそれがない。何故だろうな」

 人間の残酷さには敵わぬ、とイリューが呟いた時、料理がやってきた。とても食事の前にふさわしい話題でもなかったか。

 特に気にした様子もなくカミールは食事を始める。俺とイリューに認められて、小隊長気取りなのだ。まぁ、自信があるのはいいことだ。勢いで突破できる場面もある。

「見せしめではない、とすれば、私的な報復ということになる」

 俺の言葉に、口を閉じていろ、とイリューが睨みつけてくるが、カミールが嬉々として応じる。

「私的な報復は、ユナさんという方には理由がありますよね。裏切り者のフミナという人を殺す理由がある。でも拉致した理由はなんなのか。拉致してやることといえば、一つですが」

「拷問か? でも何を問いただす?」

 イリューがそう言うのに俺も続く。

「誰が自分たちを罠にはめたか、とか?」

「それは気になるでしょうけど、おおよそはわかっています。フミナという人が実際の裏切り者で……、ああ、そう、精霊教会の窓口は知りたいかもしれないですけど、窓口は窓口でしょう、首謀者とは遠いはずです」

 そうなのだ。

 ユナは誰を狙っているのか。

 ユナは何を考えているのだろう。

 まさか一人で精霊教会を相手取って、死ぬまで戦うつもりか。

 それが叶わないことは誰でもわかる。冷静さを失い、憎悪に支配されたユナにも、わかるだろう。

 なら、狙う相手は選ぶのか。

「カミール、調べて欲しいことがある。フミナを精霊教会に引き込んだのは、誰だ? 誰が決定した?」

「それはもう調べがついています」

 あっさりと返事があったので、俺は思わず目を見開いていた。先読みしていたのだろうか。

「ここら一帯はソニラという助祭の管轄下でした。ルティア司祭がルスター王国の南方を担当する司祭で、そのルティアの直接の部下の一人がソニラです」

「どこにいる?」

「ルッツェじゃないですか。ハヴァスにはいないと思います。もしいたら、今頃、無事じゃ済まないんじゃないですか。ユナっていう人が放っておくわけもないし。この混乱したハヴァスでも、さすがに潜伏するのは非常識ってもんです」

 ガツガツと料理を食うカミールを思わず凝視してしまった。

 意外に考えているじゃないか。

 そこまで話したところで、若い傭兵が二人やってきた。俺たちに気づき、報告を始める。

「フミナという方の着物がハヴァスの外で回収されました。魔物に食われようです。精霊教会は、混乱しているようです」

 一人がそう言って、もう一人が「精霊教会の指揮系統が混乱している可能性があります」と続けた。

 俺はイリュー、カミールと視線を交わす。

 二人にはこの場で卓に用意していた酒瓶から、一杯だけ酒を飲ませ、また情報収集に向かわせた。

「フミナはやはり死んだ、ということですか。しかしなぜ、魔物に食われたのか」

「そういう処刑か、拷問なのだろうな」

 あっさりとイリューが口にする。さっきまで食事中の話題にこだわっていたはずが、乗ってくるじゃないか。

「魔物に生きたまま食われるのは、想像したくないですね」

 カミールの言葉に「軟弱者の末路だ」とイリューがあっさりと答える。

 俺は話を先へ進めた。

「わかったことは、フミナは拷問を受け、殺された。何をしゃべったのかは、想像するしかないが、ユナが裏切りに関わったものを処刑して巡っていくつもりなら、次はおそらく、ソニラとかいう助祭だろう。居場所を調べよう」

「仲間が調べてますよ。とりあえず、今日の夕方にはハヴァスに本当にいないか、それは確認できるはずです」

 意外にカミールの手は長いし、その目は細かいところまで見逃さないようだ。

 俺とイリューはそれぞれ、食堂を離れ、念のためにハヴァスをもう一度、確認した。カミールには食堂に残って情報をとりまとめるように言ってある。

 イリューの様子では亜人の地区へ向かったようだ。ハヴァスは新しい拠点ということもあり、亜人の数はそれほど多くない。

 俺は何も収穫がないまま、夕日が差す頃、食堂へ戻った。

 するとカミールは前と同じだが、見知らぬ男がイリューと共に立っていた。

 茶色い髪をしているが、亜人のようだ。

 俺に気づくとニッコリと笑い、頭を下げた。

「失礼、初めてお会いするはずですが」

 そう声をかけると「ええ」と澄んだ声で彼が答えた。発音にやはり亜人の気配がある。

「俺はリツといいます。イリューの知り合いですか」

「いえ、イリュー殿の武名は聞いておりますが、私はユナさんの知り合いです。サーナーと申します」

「サーナーさんは、その、傭兵ではないですよね」

 腰に剣があるが、具足は身につけていないし、どことなく商人の表情だった。雰囲気にも戦場に立つもの独特の緊張がない。

 嬉しそうに頷き、「傭兵の方を相手に商売をしています」と返事があった。

 とりあえず座ろう、と促し、四人で卓に着いた。すぐにカミールが食事を注文した。

「時間もあまりないようなので、率直をお話しします」

 サーナーが酒が運ばれてくるより前に口を開いた。

「精霊教会のソニラという助祭を探しているようですが、それはもう無駄なことです」

「無駄?」

 一度、サーナーが頷いた。

「そう、無駄です。ソニラは死にました」

 死んだ?




(続く)

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