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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第五部 影を追いかけて
183/213

5-12 曖昧

      ◆



 俺とイリューは一度、ルッツェに戻り、今後について話をした。

 と言っても、イリューはガツガツと久しぶりの食事を進め、次々と酒の瓶を空にしていて、ちょっと意見を言う程度だ。会話という感じではない。

 一方の俺は食が進まなかった。

「ここにいても仕方ないな」

 何故か結論をイリューが口にして、俺は勢いをつけて酒の瓶を傾けた。

 話し合いの結果は、ルッツェにいても仕方ないし、もちろん、スラータにいても仕方がない、ということだ。

 ユナはどこの意思にも従うつもりがないと思うしかないのだ。

 神鉄騎士団が止めても聞かないとなると、ユナはもう神鉄騎士団との接点に大きな意味を見出しはしないだろう。そうなると、ユナは自分で考え、独自に行動する。むしろ神鉄騎士団の動きに同調すると、動き自体が大きくなり、相手に露見する。

 俺がユナと接触するために必要なもっとも重要な要素は、ユナの所在だ。

 紺碧騎士団が保護しているのはわかる。それは間違いない。しかし数日前ののエミリタやクミンの様子を見ると、紺碧騎士団の野営地は常に変わり、その移動範囲は広すぎるほどに広い。

 手当たり次第に野営地を探すのは不可能。そもそも野営地を特定できない。

 なら、ユナが来るだろうところで待ち伏せるべきだ。

 おそらく今、スラータあたりにいるとして、ユナは何を狙うのか。

 精霊教会へ意趣返しをして、同時に裏切り者に報復する。

 精霊教会は今、ルスター王国の南部に教区を設け、神官戦士団も組織されれば、信徒隊と呼ばれる兵力も相当な数に上る。

 誰を狙うかはわかりづらいが、このルッツェ教区の実質的な頂点はルティアという司祭で、このルティアは俺とユナにもやや因縁がある。例のコルト隊の惨劇に関係するのだ。

 つまりユナは最終的にはこの一連の陰謀と過去の因縁を清算するために、ルティアを狙う。

 そのルティアは今、俺たちがいるルッツェにある精霊教会の支部にいるのかは、わからない。立場からして逃げも隠れもしないだろう。

 問題はユナがどういう順番を選ぶかだった。

 真っ先にルティアを処刑する、ということがあり得るだろうか。

 しかしルティアを最後にするのは、ルティアを抹殺できない確率をかなり高くさせる。

 それでも実際の裏切り者を狙うのではないか。

 フミナ隊、もしくは隊長のフミナという傭兵。

 フミナ隊が拠点にしているのは、ルスター王国の東、その南方に張り出すハヴァスだと思われる。今までの様々な情報を加味すると、フミナ隊はユナ隊とともにハヴァスから西へ向かい、そこでユナ隊を置き去りにした。

 自然、フミナ隊はハヴァスへ戻ったはずだ。

 俺とイリューの結論は、ハヴァスを目的地にして、とりあえずはフミナ隊の動向を探る、ということになった。

 食事を終えて俺は宿へ戻ることになり、イリューは亜人の地区へ向かうようだった。自然と途中で別れるが、別れ際にイリューが金貨を何枚か投げつけてきて、危うく夜の闇の中に消えそうになった。

 文句を言おうとすると、亜人が鋭い視線で俺を見た。

「ジュンの奴に土産でも買っておけ」

「こんな大金で買うものなんてそうそうないぞ」

「お前には気遣いってものがないのか、間抜け」

 言い捨てて、亜人は背中を向けると離れていく。気遣いも何も、自分で買えばいいじゃないか。

 結局、俺は翌朝早く、開店したばかりの呉服屋で比較的高額の着物を手に入れ、次に酒店でその場にある最も高額の酒を手に入れた。ウェッザクラフトほどではないが、バガーゲン騎士領産の葡萄酒、赤の一一二年という銘柄は、コレクションにもちょうどいい。

 待ち合わせた食堂へ行くと、すでに店の前にイリューが突っ立っていて、俺に気づくとさっさと食堂に入っていった。俺は足早にそれを追って、自然、二人で同じ卓を囲んで遅い朝食になった。

「なんでそんな不機嫌そうにしている?」

 食事を前にしても渋面を作っている相棒に確認すると、鼻を鳴らされて、それで終わりだった。

 触らぬ神に祟りなし、という言葉も東方にはあるようだが、今がまさにそんなところかもしれない。亜人の機嫌をとるのはまだ俺には荷が重いが、普段はなんとかなる。

 ここが戦場なら、選択肢も限られれば、極限状態で反射的に行動するよりない。

 こんな些細なことでも平和な世界というものに馴染めない自分が、どこか滑稽で、どこか不自然に思えた。

 食事を終えて、馬で東へ走る。

 途中の休憩の時、足を止めた宿場でイリューが古びた建物の雑貨屋に入っていった。

 まさかそこでジュンへの土産を買うわけでもないだろう、と思っていると、すぐに出てきた。その表情にはいくつかの感情が混在していた。入り組んでいるので、解剖するのが難しい。

「何かあったようだが、何があった?」

 念のために確認するとイリューは低い声で「ヴァンもイサッラへ向かっているようだ」と返事があった。

 俺は思わず「へえ」と声が漏れていた。

「ヴァンが来るのか。珍しいね。会うのは、一年ぶりだ」

 人類を守り隊の隊長のヴァンは、ほとんど休むことなく各地を歩き回っている。国をまたいでいるし、それは魔物との戦闘が行われる大陸中部に限らず、北部の国にも及ぶ。

 何のためにそんなことをしているのかは俺にはよくわからないが、人類を守り隊の傭兵たちはヴァンが自ら探し、選んだ人物である。

 総数は把握していないが、実は大勢いるのかもしれない。

 宿場を出て、さらに東へ。

 太陽の日差しが柔らかくなり、風もどこか温もりを帯び始めた頃、俺たちはイサッラに到着した。

 馬をそばの牧に預けたところで、フラッとジュン本人がやってきた。

 今は長い髪の毛は結ばずに背中に流している。着物もそれほど豪勢ではない。しかし腰に剣はあった。

 穏やかな表情で微笑むと「久しぶり」と彼女は軽く手を挙げた。

 俺が歩み寄ると、彼女は眩しそうに俺の顔を見上げる。

「どんどん立派になるじゃないの、あの坊やが」

「ジュンこそ、ちゃんと食べてる? 少し痩せたんじゃないの?」

「仕事で若造を叩き潰してばかりで、運動には事欠かないからね、食べても痩せるのよ」

 いつの間にか俺の背後にイリューが立っていた。ジュンの視線がそちらへ向く。

「子守り、ご苦労様」

「面倒ばかりで敵わぬ。こうしてここに来たのも、その子守りのせいだ」

「だったら、自分だけで戦場にいればいいじゃないの。あなたもだいぶ、甘くなったわね」

 そっぽを向いたイリューに笑みを見せてから、行きましょう、とジュンが歩き始めた。

 彼女が少し右足を引きずっているのを、俺は見ないように努力した。




(続く)

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