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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第五部 影を追いかけて
180/213

5-9 焦燥

      ◆



 ルッツェに入り、俺たちはとりあえず神鉄騎士団の様子を確認した。

 俺ですら何年も傭兵として動いているので、神鉄騎士団の中にも知り合いは大勢いる。イリューはイリューで、ルッツェを中心に働く亜人の傭兵たちを当たってくれるようだ。

 もちろん、イリューは亜人たちと再会するのが目的で、俺の頼みはちょっとした雑談に挟まれる程度だろう。

 神鉄騎士団の支部の建物に近づくのは危険と判断して、武具店が並ぶあたりを流して歩いていると、案の定、神鉄騎士団に所属する傭兵と鉢合わせた。

 短い挨拶と、今、どこで戦っているか、誰が負傷して引退し、誰が帰らぬ人になったのか、そんなことを立ち話で手早く済ませる。

「ラーンさんはどこにいるか、聞いている?」

 俺の方からそう水を向けてみると「総隊長? いや、知らん」という答えだった。

 ラーンが騎馬隊とともに動いていることは知らないようだった。ラーンの行動は公のそれだろうが、全体に通達されるような作戦ではない。

 少数でフミナ隊を壊滅させる作戦だろうか。

「リツ、お前、ユナ隊長と仲が良かったよな」

 相手の方からそう切り出してきたので「昔馴染みでね」と答えると、彼はちょっと申し訳なさそうな顔になった。

「何やら揉め事に巻き込まれたらしい。ユナ隊が壊滅という噂が流れている。しかも、味方に裏切られてね」

「味方に裏切られるって、どういうことだ?」

 わざと何も知らないふりをしてみたが、あるいはこの会話自体が俺を誘導する意味合いがあるかもしれない。

 そもそも誰がどこまで筋書きを作り、誰がどこまでその通りに演じているか、すでに俺にはわからなくなっている。いや、最初からわからないか。

 俺の様子に構わず、傭兵が吐き捨てるように言葉を発する。

「フミナ隊というのが、丸ごと精霊教会に寝返った。その手土産という形でユナ隊は潰された。精霊教会とうちはずっとウマが合わなかったが、今度こそ、決裂だな」

 そうか、と俺も落ち込んだふりをして、あとは簡単な言葉のやり取りで、彼はどこかへ去って行った。

 他にも神鉄騎士団の傭兵に二人ほど当たってみたが、新しい情報はなかった。

 ルスター王国軍の軍営に行って、アレヤコレヤと理由をつけて紺碧騎士団の現在位置を知ろうとしたが、さすがに国の軍の事務員だけあって鉄壁の防御で俺の質問には何も答えを与えることはない。

 今は推測の上の推測でも紺碧騎士団に接触するよりないと思うが、どこにいるかわからないのでは、どうしようもない。

 ルッツェのそばにあるルスター王国軍野営地を訪ねるべきかもしれない。それでもやはり警備が厳重だろうことは想像に難くない。

 失われるのは時間だけで、情報は全く手に入らないのは焦れったい。

 イリューはどうしているかと、亜人の暮らす地区を訪ねてみた。すでに日は落ちつつある。夜はまだ冷え込む時期で、無意識に外套の襟元をかき合わせていた。

 亜人地区は独特の建築が並ぶ。様々な意匠が凝らされていて、亜人工芸の美しさがそこここにある。

 俺の姿を見て威嚇するような視線を向けるものもいれば、挨拶をしてくるものもいる。挨拶をしてくれるのは、もちろん俺とイリューの関係を知っているものだ。

 イリューの居場所を聞くと広場にいたと教えてもらえた。

「あんたほどあの方に気に入られる人間もいないよ」

 そんな言葉もくっついてきたが、イリューが俺を気に入っているかどうかは微妙なところだ。

 広場というところへ行くと、亜人たちが二十人ほど円を作るように立ち、中央の方を向いている。

 俺もそちらを見ると、外套を脱いで、亜人たちが好む文様の染め抜かれた着物をなびかせ、イリューが躍動していた。

 亜人の剣術は人間のそれとは系統がある部分では重なり、ある部分では離れる。

 イリューがいくつもの型をつなげ、緩急をつけ、緊張と弛緩が素早く入れ替わる。

 鮮やかな、芸術的な剣舞だった。

 いつの間にか俺も見とれていて、立ち尽くしていた。

 どれくらいが過ぎたか、最上段から落雷のように切っ先が地面に落ち、しかし地面に触れる寸前で停止した時、拍手がわき起こった。

 当のイリューはつまらなそうに、刀を鞘に戻し、そばに置いてあった外套を拾い上げた。

 見るからに若そうな亜人たちがイリューに駆け寄り、何か質問している。亜人たちの言葉なので、俺には何を言っているかわからない。イリューは淡々とそれに堪えているが、どこか嬉しそうでもある。

 俺は彼らの話が終わるのを待った。

 想定外だったのは、亜人たちがどこからか集まってきて、料理を用意し始め、調理が始まるといよいよ亜人が増えたことだ。

 どこからこんなに、と思うほど、広場は亜人ばかりになった。

 そして酒が用意され、料理も出来上がってくる。

 宴席ってことか?

 数人が俺に声をかけてきて、威圧的な態度は余所者は出てけと言わんばかりだが、イリューと組んでいることを話すと、それだけで少しは認めるような雰囲気になる。イリューはそれだけ尊敬されているということだ。

 話が終わり、今度は長老のような雰囲気の亜人たちの輪に加わろうとするイリューに素早く駆け寄る。今度こそイリューは本気の不機嫌を見せた。

「こんなところで何をしている。今日は宴になる」

「見ればわかる。お前が何か情報を拾ったか、確認に来たんだよ。別に宴会に混ぜてもらいに来たわけじゃない」

「当たり前だ。お前の顔があれば、それだけで興が削がれる」

 さすがにカチンときたが、耐えることにした。イリューはこの会話だけでもまさに興がそがれるという様子で「明日には話す。お前はどこかで飯を食って寝ていろ」と恫喝そのものの声で言った。

 別に亜人料理に興味はないので、退散することにした。

 翌朝、俺が懐かしい宿泊所から起き出し、洗面所で顔を洗って身支度を整えて外に出たところでいきなりイリューが視界に入った。

 宿泊所の前で刀を抜き、それを朝日にかざしていた。

 明らかに変人だが、その変人が俺の相棒だった。

 俺に気づくと奴は別に恥ずかしがるわけでもなく、逆に美しすぎるほど美しい動作で鞘に刀を戻した。

 やれやれ、これで何も聞き出していなかったら、一発でも殴ってやろう。



(続く)

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