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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第一部 彼の別れと再会
18/213

1-18 話したい相手

      ◆


 暖炉の火にあたりながら、俺はルッコに自分の身に起こったことを伝えた。

 父はおらず、母と小作人として生きたこと。奇妙なファクトと、今になって見ると不自然なほど決然と俺を送り出した母の姿。

 身の回りのものを全て奪われ、ハガ族の中の部族に拾われたこと。

 西域の山脈に分け入り、雪の山に登ったところで雪崩に巻き込まれ、気づくと巨人がそばにいたこと。

 その巨人が何故か俺を認めて、大怪我を治療したこと。

 そして今、すぐそこまで俺を連れてきてくれたこと。

 とにかく話すことは多かったし、俺はどこかで話をする相手を探していたようだ。言葉は次から次へと口から出て行った。

 話しているうちに、認識も変わってきた。

 話をする相手を探していたのではなく、ルッコに会って話をしよう、と決めていたのだ。

 だからこうして目的の相手を前にして、俺は話している。興奮して、急かされるように。

 ルッコはただ椅子に深く腰掛け、時折、視線を暖炉へ向け、あるいは足元を見て、ほとんど黙って聞いていた。実際には気が長い性格なんだろう。

 途中で一度、休憩があった。

 お茶でも出そうと言ってルッコが出してきたお茶は、驚くべきことに紅茶で、しかもミルクがついていた。牛も羊も、ヤギもいそうにない雪山の中で、どうやって調達したのか、それを訊ねることもできたけれど、何かが邪魔をして、その質問は飲み込んだ。

 菓子も出てきたが、こちらは素朴なもので、麦の粉と砂糖を練ったものを焼いたようだ。焼きたてではないのは、どこか湿気っていてそうとわかる。

 お茶を飲み、菓子を食べ、俺がまた話し、やっと話終わったところで「食事だな」とルッコが席を立った。

 俺の話について、何か感想か意見を言うと思ったので、肩透かしだった。

 ルッコは少し離れてから振り向くと「お前も来るんだ」と顔をしかめて、唸るように言う。なるほど、俺にも料理をさせるつもりなのか。

 席を立って後についていくと、台所があり、かまどが二つ、すぐに見えた。やはり古い遺構、遺跡のそのままで生活しているらしい。

 干した野菜と干した肉を、これくらいの味付けで煮て、米をこれくらい入れて炊け、そんなことを言って、ルッコ自身は別のところへ行ってしまったので、俺はまた何か、つっかえ棒を外されたような気持ちになった。

 俺に何かを教えたり、確認するつもりはないのだろうか。

 しかし食事を作らないわけにはいかないし、指示されたのだから、その通りにやるように努力するよりない。

 何も言わなかった、ということは、何も止められなかった、と判断して、棚を漁って計量する道具を見つけ出した。それで言われたままに味をつけて炊き込んだ飯を用意できたのは、結局、指示されてから二時間後だった。

 器も見つけ出して、それに鍋の中身を全部入れてリビングのようなところへ戻ると、椅子に座ったルッコの背中がまず見えた。

 テーブルの上に器を置くと「ご苦労」と声があった。

 乱暴な物言いだが、何かに集中しているようである。

「食べないのですか?」

 椅子に回り込みながらそう訊ねた時には、自然とルッコが何かの書物を読んでいるのが見て取れた。ちらりと見たところでは、ボロボロの本に見える。端々が切れていて、そこだけが暖炉の火の反射で輪郭を目立たせていた。

 俺の質問にも顔を上げず、「先に食べておけ」とルッコは言う。

 はあ、と思わず声が漏れたが、それにもルッコは無言。

 仕方ないと諦めて、俺は自分のための小皿を用意して、飯を食べ始めた。

 調理の間に何度か味見をしたけれど、香辛料がよく効いていて、舌がピリピリする。しかし決して不味くはないし、食べ進めると体の芯が温まってきた。

 ルッコが席を立ち、お茶を用意して、そのカップを片手にまた椅子に座って書物を眺めている。ページを繰る動作の間隔はだいぶ長い。

 俺が料理を食べ終えても、ルッコはまだそのままだった。

 じっと座って待っているけれど、何も動きがないので、やっぱり諦めて俺は自分の使った器を洗いに行った。

 岩肌むき出しの壁から水が流れているところがあり、その水で器を洗う。米を炊くのにもここの水を使ったが、湧き水のようなもので、清水である。

 食器を片付けて元の部屋へ戻ったところで、やっとルッコが俺の作った飯を食べているのを見た。

 ルッコは匙を動かしながら、こちらを上目遣いにみる。

「お前のファクトは、リライト、だったな?」

 咀嚼をしながらなので、モゴモゴとしているが質問はよく聞こえた。

「はい、そうです」

「精霊教会の司祭は、そのファクトを、オートクチュール・ファクトと言った?」

「はい」

 そいつは間違いだ、と匙の上の飯を口に含み、口から出てきた匙がこちらに向けられる。

「すでに失われつつある記録だが、巨人と争ったものの中に、そういう使い手がいた記録はある」

「巨人と争ったというと……」

「八百年は前だ。魔物はまだ封じこめられていた時代だよ。巨人もまだ多く生きていた。まぁ、人間自体ももっと数が多かったんだが。巨人の攻勢に抵抗し、それを押し返し、逆襲するまでに人間の四割は死んだ」

 何の話だ……?

 とにかくだ、とルッコは次のひとすくいを匙で持ち上げる。

「言って見れば、記録からも失われたファクト、ロスト・ファクトなんだよ」

「えっと、それで、何か解決するのですか?」

「しないな」

 ルッコが飯を口に含み、ゆっくりと噛んでいる。その間、俺は黙って彼を見ていた。ルッコもこちらを見ているので、端から見ていれば睨み合っているようでもあっただろう。

「私も少しは興味がある。そこでだ、しばらくお前と試行錯誤しようと思う。精霊教会も、だいぶ資料を散逸させているようだしな。お前の母親に文を届けるか?」

「それは、必要ありません」

「よく母親のことがわかっているじゃないか。今のはカマをかけたんだ。お前の母親は文に、返事はいらないと書いてきていた。もっとも文は一度しか来ていない。不安の表れで、今頃、もう諦めているだろう」

 俺が怒るかどうか、試されているのかな。

 目の前の男の言葉に、俺が真っ先に感じたのは、ここにはいない母への謝罪だった。

 俺のことはもう忘れてもらうしかない。

 二度と会うことはできないだろうし、別れはあのなんでもない朝、済ませている。

 それでもいつか、どこかで、俺がどういう旅をしたか、それを伝えたいとは思う。

 その時まで、俺の心の片隅では謝罪が続くだろう。

 あるいは、いつまでも。

「飯を作る才能はあるらしい」ルッコがニヤッと不敵に笑った。「ファクトの才能もあればいいんだが」

 努力します、と思わず答えていた。

 ルッコはただ黙って、器を持ち上げると残っていた飯を勢い良くかき込んだ。




(続く)

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