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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第五部 影を追いかけて
179/213

5-8 推測

       ◆



 ルッツェの二つ前の宿場で、俺とイリューは夕食にした。

 宿場と言っても小さな食堂が数軒あり、あとは形だけの宿泊所がある以外は、いかにも戦場のそばという気が沈む光景をしている。

 歩いているのも傭兵が多く、疲れ切っているというほどではないがどこか鬱々として見えた。

 食堂の外の卓で二人で食事をしているのは、風が冷たくてもさすがに室内で話をする気になれなかったからだ。

 ラーンと別れてすでに数日が過ぎている。今になってみると、あのなんでもない場所へラーンが顔を出したのは異例だろうとわかる。ラーンとしては可能なかぎり早く、事態を収めたいはずだ。俺たちの説明など二の次で済んだはずである。

 意見交換をしても、俺もイリューも答えにはたどり着けそうもない。もっとも、イリューはほとんど黙っていて、俺が自分の意見を口にしているだけだったが。

 整理しよう、と俺が言うと、イリューは「勝手にしろ」と酒の瓶の栓を弾き飛ばし、ぐっと煽った。

「一つ、ユナ隊は実際に壊滅した。二つ、フミナ隊は精霊教会に寝返った。三つ、神鉄騎士団は自分の手で報復しようとしている。四つ、何故かラーンは俺たちに接触した。四つ目があまりにも荒唐無稽だ。理由が思い浮かばない」

「案外、素朴なものかもしれぬ」

 酒瓶の中身を半分にしたイリューがこちらに視線を向ける。

「ユナがお前と接触したか、それを知りたいのだろう」

「俺と接触する? いや、だって、俺たちはたまに文のやり取りはしたけど、お互いにマメでもない。何より、俺とユナは、活動していた場所が離れすぎている。自然に考えれば俺とユナが接触したり、意思疎通を図るのは無理だ」

「それでも念のため、というのもあるだろう」

 念のため、と言われても、何を念を押したいのだろう。

 しばらくお互いに酒を飲み、食事をしながら黙って考えた。俺は考えていたが、イリューは料理の味について考えているそぶりだった。故郷の亜人料理が懐かしいのかもしれない。俺も何度か食べたが、手の込んだ亜人料理ほど口に合わなくなる、奇妙な料理なのだ。

 酒の最後の一滴を飲み、俺は視線を上にあげた。

 もう一度、考えよう。

 俺とユナが接触したかを、ラーンが探りたい理由。

 俺がユナの居場所を知っているか、ということを確認した筋はない。どうやらラーンはユナの居場所を知っているどころか、救助したいようでもある。

 なら、ユナの所在が問題ではなく、ユナが何を考えているかが問題なのか。

 俺がユナだったら、ほぼ間違いなく、自分の部下を破滅させた奴らをただじゃおかない。せいぜい残酷なやり方で殺すだろう。破滅には破滅で答える。残酷でも、非情でも、そうするはずだ。

 そうなると、ラーンはユナが報復に出るのを止めたいのか。しかしラーンが、変な表現だが「正式に報復する」わけだから、ユナによる私怨による私刑だろうと、神鉄騎士団による報復だろうと、結果は同じだ。

 結果は同じでも、そこへ至る筋道の問題だろうか。

 ただ、その程度のことなら、ラーンがユナと歩調を合わせればいい。共同で作戦を練り、最後の一撃をユナに任せれ、自分たちがお膳立てをしてもいいわけだし。

 それができない理由とは、なんだろう。

 ユナの意思がわからない、ということか。

「なるほど」

 思わず声が漏れていた。店員を呼びつけて酒瓶を追加で三本、持ってこさせていたイリューが、一本の栓を抜きながらこちらを見る。

「何に気付いた?」

「これは全くの推測だが、ユナは神鉄騎士団の指揮系統を無視しているんじゃないかな」

「無視できるものか。あの女は神鉄騎士団が助けたのだろう?」

「実際はそうじゃないかもしれない。神鉄騎士団が推測していた通りに事態が進んでいれば、ユナ隊が壊滅するはずがないんだ。ユナ隊に降りかかった悲劇は、神鉄騎士団の想像を超えていた。だから、ユナはきっと外部の誰かに保護されている」

「神鉄騎士団とつながりのある傭兵か?」

 どうかな、と俺は手元にあるフォークをいじりながら考えた。

 傭兵だと横のつながりがかなり強い。情報も流れる。今はあまりにも情報が少なすぎる。

 なら傭兵が保護したわけではない。

 そもそも遭難地点はスラータとハヴァスの中間地点と聞いている。あまりにも南で、そう簡単に救援部隊を送り込める地域ではない。荷馬車で移動することも困難だろう。道など、大昔のその痕跡がある程度のはずだ。

 それなら、限られた存在だけが、ユナを救出する条件を持つ。

「傭兵ではなく、おそらく騎馬隊で構成されている。機動性が高く、ある程度の人数を要する」

「ふざけたことに、一つ、思い当たるな」

 酒瓶の一つを空にして、しかし少しも酔った様子も見せず、頬を上気もさせずにイリューが言う。

「ついこの前、設立された部隊があっただろう。訓練であまりにも多くの犠牲を出して問題になった隊だ。ルスター王国軍の肝入りの、新兵部隊」

「紺碧騎士団か」

 紺碧騎士団は俺もよく知っている。というより、何度となく手を貸していた。

 ルスター王国の牧童や馬匹をやっていたものが集められた即席の騎馬隊で、しかし装備が独特だった。全身を鎧で覆い、馬も馬甲を装着する。馬も上等なものだ。これが一塊になって突進して魔物を轢き殺す、という戦法を使う。

 最初期から犠牲が続出して、当初の計画よりだいぶ数が減ってしまったが、しかし今では相応に使える部隊になっていたはずだ。頭数が減ったのがよく作用したとも言える。柔軟性と機動力の均衡が整った。

「紺碧騎士団がユナ隊を救出し、そのまま保護した。ありそうなことだと思えるけど、紺碧騎士団がなんでこの件で動いたのか、そこがわからない」

「簡単なことだ。紺碧騎士団と神鉄騎士団とが協力関係にあるのだろう。しかし我々が詳しく知るわけがなかろう。実際に話を聞けば、それで済む」

 イリューが言っていることを理解して、ちょっと笑ってしまった。

 イコルからも、ラーンからも神鉄騎士団のやっていることに首を突っ込むなと、言葉や態度で警告された。

 しかし紺碧騎士団に接触するな、とは言われていない。

「どこに本部があるんだったかな」

「知らぬ。ルッツェに行けば、ルスター王国軍の軍営があろう」

 どこまでも真っ直ぐに進むのも、たまにはいいだろう。

 イリューが気むずかしげな顔で酒瓶の三本目、最初の一本も含めると四本目を平然と飲み干したので、「あまり酒を飲むなよ」と言っておいた。酔える酒ではないな、とイリューの反応は平常通りの様子だった。

 むしろ俺の方が、ただ一本だけで酔いそうだ。

「ルッツェか。久しぶりに同胞と再会できる。それで貴様を護衛してやっていることは大目に見よう」

 イリューが不敵な笑みを見せるが、俺を護衛していたとは、知らなかった。まさかこんなところで魔物が出てくるわけもなく、もしかして人間と切り結ぶのを想定していたのだろうか。

「酔っ払っているんじゃないか、イリュー? おかしなことを口走ったぞ」

 そう指摘してやると、亜人は憮然とした表情でそっぽを向いていた。

 口ではなんとか勝てる俺だった。

 低い低い、低すぎる勝率だったが。



(続く)

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