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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第五部 影を追いかけて
177/213

5-6 三つの刃


       ◆



 バットンで馬を借りた。

 馬を貸す商売は国家を横断する形で盛んになり、しかし大陸中部では魔物の心配があるため、割高な料金を取る。

 そもそも戦場で使うために質のいい馬が高額で取引されている影響で、民間の移動に用いられる馬は概して質で劣る。しかもこの世界に安い馬というのも珍しい。馬は常に品薄で、牧を経営するものは莫大な財を持っている。

 とにかく、俺はイリューとともにルッツェへ向かった。

 イコルが会いに来たその日、イリューは口を聞こうともしなかったが、翌日には「あの不愉快な女の鼻っ柱を折るのも悪くない」と言い出し、自然とユナを探すことになった。説得する手間が省けた。

 バットンからルッツェまでは街道が整備されている。ここ数年で、西のバットン、中部のルッツェ、東のイサッラの三つの拠点を結ぶラインは、おおよそが安全となっている。

 そのことを思うと、人間は実に大幅に、魔物から領地を取り返したことになる。

 移動の間に考えたが、やはり精霊教会はこのルスター王国南部に勢力圏を作り出す計画なのではないか。

 はっきり言って無謀に近い。言ってみればルスター王国と魔物の緩衝地帯を切り取るわけで、どこにも利益がない。

 ルスター王国は戦場から解放される代わりに、この新教会領に何らかの支援、露骨に言えば支出をするのだろうが、そうなるとルスター王国は意図的に教会に領地を割譲するということか。

 全く全体像が見えないし、誰が絵図面を書いているかも、定かではない。

 いくつかの宿場を通り抜けたところで、前方に騎馬隊が現れたが、俺とイリューの前で半円の陣形を取ったところで、さすがに俺たちは馬の脚を止めた。

「こういう歓迎の仕方が人間にあるとは知らなかった」

 ボソッとイリューが呟く。 

「俺も知らない。もっと明るく楽しく、心和むもののはずだけど」

 どう見ても騎馬隊の男たちは物騒な雰囲気を発散している。全員の具足も着物も、武器も統一されていない。共通点は、と眺めても、何もない。

 妙だ。神鉄騎士団なら、共通の紋章をどこかに見せるだろう。なら別の傭兵、例えば傭兵隊を集めて作った即席の騎馬隊? その割には統一感がある。

 嫌な想像だが、身元を隠しているのかもしれない。

 ここまでの筋から考えれば、神鉄騎士団の秘密の騎馬隊ということだ。

 最悪だが、まだ交渉の余地はあるだろうか。

「駆け抜けても構わぬな?」

 イリューがいきなり言ったので、これには俺が慌てた。

「馬鹿、死ぬつもりかよ。ここは馬を降りる場面だ」

「駆け抜けて死ぬか、押し包まれて死ぬか、貴様はどちらを選ぶ?」

「どちらも選ぶかよ。話し合うんだよ、ここは。斬り合いをするんじゃないくて」

 俺が馬を降りると、不服の極みという様子で、渋々、イリューも馬を降りた。

 騎馬隊が進んできて、俺とイリューが包囲される。誰も剣を抜いていないのが、俺としてはありがたいが、殺気の圧力は強すぎる。

 まさか、ここで消されるのか。

「どこかで見た顔だな」

 騎馬隊の奥から馬が一頭、進み出てきた。その上には人の良さそうな笑みを浮かべる男性がいる。

 どこかで見たもなにも、俺は忘れちゃいない。

「お久しぶりです、ラーンさん」

 俺がそう応じると、騎馬隊の男たちがより一層、空気を張り詰めさせる。

 ラーンはといえば、落ち着いた様子で、素早く馬を降りて俺の前に歩み出てきた。

 ファクトで具足の防御力を底上げしておく。いきなり切り捨てられたのではたまらない。

 イリューも身構えるようでもなく、しかし油断なく姿勢を作っている。

 展開は前触れもなく始まり、一瞬で終わった。

 ラーンの高速の抜剣。

 イリューの超高速の居合。

 俺も剣を抜きざまに繰り出す。

 ラーンの剣がイリューの刀を跳ね返し、返す一撃で俺の首を狙ってくるのを、俺の剣が受け止める。

 その時には翻ったイリューの刀がラーンの首を落とす。

 はずだった。

「愚か者め」

 忌々しげにイリューが唇の隙間から声を発する。

 俺の首筋にラーンの剣が食い込む寸前で停止している。その剣を受けたはずの俺の剣は絡め取られて、弾き飛ばされていた。

 今、地面に落ちて、突き立った。

 イリューとラーンは互角だが、俺は二人には及ばない。

 イリューがラーンに勝ったが、ラーンが俺に勝ったため、イリューの勝ちは無意味になった。

「話し合いという選択肢を選ばない人間も珍しい」

 俺は首筋の剣の冷ややかさをどうにか忘れようとしながら、言葉を発してみた。

 すっとラーンが剣を押し込み、首筋に痛みが走る。

 ほとんど同時にイリューが刀の先でラーンの首元に一筋の血の流れを作るが、さすがに騎馬隊の全員が剣を抜いてこちらに突きつけてくると、亜人も舌打ちをしている。

「冗談だよ、二人とも」

 やはりいきなり、ラーンが身を引いた。剣が鞘に戻る。

 騎馬隊の全員が剣を下げ、距離を取った。

 イリューが火の出るような視線で俺を睨んでから、納刀する。俺も自分の剣を回収した。

「ふざけた遊びの理由を知りたいものだ」

 腕組みをしたイリューの問いかけに、「ここは落ち着かない。少し移動しよう」とラーンが歩き出した。馬は部下に預けていた。俺たちの馬も預かってくれそうだ。

 季節は春にはまだだいぶ早いが、ここ数日は日が照っていたせいか、雪は残っていない。

 街道を外れ、丘の上に立った。騎馬隊の様子が見えた。臨戦態勢ではないようで、みな、馬から降りている。

「秘密など好かん」

 イリューが最初に口を開いたが、その一言だけだ。まるで会話を拒絶するようだが、牽制にはなるかもしれない。それでラーンが話をしないという選択をするのなら、神鉄騎士団との協力はなくなる、ということだが。

 ラーンは空を見上げるようにして、小さな声で言った。

「僕にも読み取れないことがある。人の心という奴だ」

 すっとこちらを見るラーンの表情は、穏やかだが、どこか諦めの色が見え隠れした。



(続く)

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