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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第五部 影を追いかけて
174/213

5-3 聞き込み

      ◆



 バットンへ戻って、そこで事務処理が統合されている三色連合の詰め所で、断りを入れた。

「なんだ、リツ、休暇にしちゃ最適な季節でもないぜ」

 窓口にいた若い男が嬉しそうにそういうのに、「冬の旅も悪くないさ」と無意味な返答を返しておいた。イリューも何か言われていたが、彼は返事をせずに視線だけで男を黙らせた。

 荷馬車で戻ってすぐに手続きしたので、食事がまだだった。

 バットンのことはよく知っているので、安い定食屋へ入り、麺料理と野菜の揚げ物、肉を蒸したものをさっさと腹に収めた。俺は麺を大盛りにして、肉も二倍にしてもらったが、イリューは三人前の定食を平然と食べていた。

 次に向かう場所は、神鉄騎士団の支部だ。バットンはタターラが出来上がれば、安全地帯で、より発展するだろうけど、現時点でも大手の傭兵団は支部を設置している。

 神鉄騎士団のバットン支部は中央に近い位置にあり、しかし金貸しと同じ建物に入居していた。

「前から思っていたが、傭兵と金貸しとは、相反するな」

 イリューが冗談のようなことを真面目な口調で言う。本気か冗談か、よくわからない。

 建物に入り、受付で「ちょっと知人がどうしているか知りたいんだけど」と声をかけると、そこにいる女性には満面の笑みで「奥の、三番の窓口へ」と言われた。その視線がイリューに向き、彼が俺についてくるのを目の当たりにして、女性はやや表情がぎこちなくなっていた。

 美男子というのは様々なところで得をするものだ。

 三番窓口でも、女性が対応したが、視線はほとんど常にイリューを見ていた。

「ユナ、ですか。姓は何でしょうか? 出身地は?」

 受付の女性はとんちんかんなことを言ったが、俺は「姓は知らない。出身地はルスター王国」と応じた。彼女は家名をそう簡単には言わないはずだ。

「どちらに配属されていたかは、ご存知ですか?」

「元はコルト隊です。コルト隊が全滅してからは、ユナが隊長になったんじゃなかったかな」

 そこまで言うと、受付の女性が目を見開いた。驚愕という感じだが、そこまで驚かないと俺を真っ直ぐに見ようとしないのがちょっと悲しい。

「お客様がお知りになりたいのは、ユナ隊長のことですか?」

「たぶんね」

 女性は少し考えてから、「上司に確認してきます」と奥へ消えた。

 イリューがあくびをかみ殺す表情をして、何かを漁るように周囲を見ている。女を探しているのではなく、腕の立つ傭兵がいないかを探すような目つきだった。

 俺はといえば、他の窓口にいる女性を意味もなく眺めていた。みんなきれいな服装をして、体格からして戦闘とも戦場とも無縁なようだ。体には傷一つなく、掌にマメの一つもないだろう。代わりにペンだこはできているかもしれない。

 だいぶ待ったが、女性が戻ってきて「奥でお話があるそうです」と言い出したので、さすがに俺とイリューは視線を交わしていた。

 窓口で話せない内容なのか、それとも長い話になるのか、どちらかだろう。

 もしくは両方、か。

 俺とイリューは案内されるがままに建物の二階にある応接間に入った。

 そこでは一人の男性が待っていて、イリューは平然としていたが、俺は思わず足を止めていた。

 小柄だががっしりとした体つきをしていて、頬に傷跡がある。

「ダーナです。リツさんとイリューさんですね?」

 ダーナと名乗った男性が手を差し出すのに、どうも、と握り返す。イリューは無視して、椅子に近寄ろうともせず、壁際に立った。誰かが扉をぶち破って突っ込んでくるとでも思っているのかもしれない。

 俺はダーナと向かい合って腰を下ろした。机の上には地図が広げられている。

「ユナ隊は、悲惨な結果になりました」

 開口一番、ダーナがそう言ったので、俺は地図に落としていた視線を彼へ向けた。

「全ては権力闘争なのです、リツさん。ルスター王国、精霊教会、神鉄騎士団の」

「権力闘争?」

 そんなものが南方の戦場に持ち込まれているとは、俺もつゆと知らなかった。

 しかし、そうか、例の大惨事の時も精霊教会の陰謀があった。あの一件で精霊教会は締め出されたはずだが、もう長い時間が過ぎている。失地を挽回し、また力をつけた、ということか。バットンはルスター王国の中でも西寄りだから、精霊教会の影響力は小さいと見える。

「どこで何があったのです?」

「調査中ですが、ユナ隊はフミナ隊と共にイサッラの南に建造されたハヴァスという拠点から南西に行った地点で、橋頭堡を確保する任務を帯びていました。それが罠だったようです」

「そのフミナ隊というのも一緒に消えた?」

 何気ない問いかけのつもりだったが、ダーナは黙った。

 沈黙の後、ゆっくりとダーナが息を吐いた。

「フミナ隊はおおよそが帰還しました。今は、精霊教会の一部に編入しています」

「……いろいろと分からないが」

 何から話せばいいだろう。

「フミナ隊はユナ隊を裏切った?」

「わかりません。調べようがないと聞いています。今は精霊教会の部隊の一つですから、事情を聞こうとしてもはねつけられる」

「そっくりそのまま、寝返った?」

 無言でダーナは頷いたが、不快感は隠そうともしない。

 そうか、また、裏切りか。

「ラーンさんはどこにいるのかな」

 こちらから確認してみると、ダーナはいっそう難しい顔になり、「この件は神鉄騎士団の問題ですから、外部の方には、あまりお教えできることはありません」と苦しげに言った。

 今ままでに伝えたことが全て、ということか。

 地図にもう一度、視線を落とす。

 指でなぞるが、どこにユナが消えたか、分かるわけがない。

 俺は思わずため息を吐いた。



(続く)

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