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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第五部 影を追いかけて
173/213

5-2 迷い

      ◆



 タターラの建造に向けて、それより南に大規模な土塁が作られていた。

 そこを防波堤にして拠点が作られていくが魔物が手加減するわけもない。

 この戦場は今、ホットな戦場の一つで、俺とイリューもバットンで数日休んだだけで、また戦場へ戻っていた。バットンを拠点にする三つの傭兵隊を中心にした三色連合と契約しているということもある。

 戦場はうんざりするほど、いつも通りだった。

 人間の掛け声と雄たけび、魔物の吠え声と断末魔。

 どこまでも広がる曇天と、降りしきる雨、湿った空気が立ち込めている。

 その中に漂うのは、死体を焼く匂いだ。

 土塁を迂回しようとする魔物に対処する隊と交代し、俺とイリューは切り込んでいった。

 俺は右手にアオサギという刀鍛冶の打ったホオズキという銘の剣を持ち、左手には三代目常陸守という東方の刀鍛冶の打ったツクヨミという剣を取っていた。

 どちらも使い込まれてきて、しっくりと馴染む。

 その上、俺のファクトが作用すれば、大抵のことは可能だ。

 リライトというファクトの可能性は無限ではないかと考え直して、ここ数年、修練を積んだ。

 物体に現れる数字を自在に書き換えられるが、この数字は多岐にわたる。

 打撃力、切れ味、耐久性、重量まで、数字として俺には見え、俺はその数字を変えられる。

 やりすぎれば耐えきれなくなった物体が砕け散るが、加減すれば、どこまでも万能だった。

 今もホオズキとツクヨミは切れ味を本来よりわずかに底上げし、重量をわずかに軽くしている。

 体力がついたので、重さは変えなくても片手で一振りを縦横に操れるが、重量の変化を組み合わせることで、斬撃に緩急をつけられるのだ。

 さらに言えば、俺はイリューの厳しすぎる薫陶を受けた結果、亜人の剣術さえも身につけつつあった。あと五年あれば一つの壁を超えて次の段階だろうと思っているが、あと五年も無事に過ごせるかはわからない。

 戦いながらイリューの動作を見るが、彼は彼で技の精度が増し、冴え冴えとした剣を繰り出す。

 亜人が打ったという名刀の戦姫ラクラは一撃で魔物を両断する。イリューの技は力に頼るわけではなく、自分の重心やそこまでの動き、さらには魔物の突進の勢いさえも瞬時に加味して、軽々と相手を破壊してしまう。

 一撃必殺の刃が魔物の死体を量産していく。

「見物とは余裕だな」

 魔物の攻勢が途切れたところで、イリューが嘲笑ってくる。討ち取った数は、ほぼ互角のはずだが、俺は動きに無駄があるせいで息が切れている。

 魔物が近づいてきた、と思った時にはイリューが足元の石を蹴り上げ、刀の柄で弾き飛ばすと、礫となった石が魔物の眉間を砕く。

「そういう手品は、どこかの街で披露しろよ」

「できないならはっきりそう言え、小僧」

 確かにできないが、練習したらできる、はずだ。

 子どもっぽいことを考えているうちに魔物がいよいよやってくる。また戦闘だ。

 数時間を戦い抜いて、守るべきものは守った。

 一度、交代して土塁の後ろに隠れる。大量の物資が用意され、先に引き上げた傭兵たちが炊き出しをしていた。

 相棒の分も手に入れて持って行ってやると、亜人の剣士は刀を砥石でなぞっていた。その動作さえもが堂に入っているのは気にくわない。この亜人は何をやっても様になるのは、認めざるをえないところだった。

「ほら、飯。亜人でも食わないと死ぬぞ」

 砥石を腰の袋に戻し、イリューは鞘に刀を素早く戻した。不愉快なことに、それさえもどこか舞踏の様な優雅さがある。

 並んで腰を下ろし、器の中の粥をすすっているとイリューがぼそりと言った。

「技が鈍っているぞ。貴様、女のことで動揺しているのか」

 俺は危うく箸を止めそうになったが、動かし続けた。

「いや、気のせいだろう。別に動揺はしていない」

「剣は正直だ。お前の口よりな」

 横目で亜人の顔を見るが、つまらなそうに、さして美味そうでもなく粥を口に入れていた。この亜人は戦場の料理に文句をつけることはない。後方へ下がると文句も言うが、場所をわきまえているところはある。

 傍若無人で自分勝手だが、俺のことを指摘しているのは、二割は思いやり、八割は自分の相棒がヘマをして面倒をかぶるのが嫌なだけだろう。

「実は、全く気にならないわけじゃない」

 俺が言葉にすると、亜人は鼻で笑った。

「正直は美徳だが、愚かさを露わにするのには反吐が出る」

 容赦ない言葉に、かもしれないな、と俺は笑っていた。

 どうしたらいいか、よくわからない。それが今の俺の心理だった。

 ユナを探しに行くべきなのか。仕事を投げ出して? どこにユナがいるかもよく知らないのに?

 もしくは、既に死んでいるのに?

「この戦場は、手は足りているようだ」

 粥の最後を口に流し込み、イリューは乱暴の口元をぬぐった。

「貴様が暇なら、休暇を取るのも悪くあるまい」

 どうやら俺は相棒に気を使われているらしい。

「イリューはどうするの?」

 他意はない問いかけだったが、不機嫌そのものの顔で「休暇だ」と返事があった。

 どうやら付いてきてくれるつもりはあるようだが、ちゃんとお願いしろ、ということか。

「じゃあ、イリュー、同行してくれないかな。もしかしたら、魔物の群れの中に飛び込むかもしれないし」

 よかろう、とイリューが立ち上がった。器を返しに行くようだ。

 俺は自分の器の中に残っている粥を、一息に口に入れて、飲み下した。

 休暇、か。




(続く)

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