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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第一部 彼の別れと再会
17/213

1-17 別れの痛み

      ◆


 日が暮れると周囲は真っ暗になった。

 日を起こせれば、と思ったが、火打ち石さえも喪失していた。

(寒かろう)

 そういったフォルゴラが、腕を伸ばし、俺を囲むように肘を曲げた。

 それだけでだいぶ暖が取れるのだから、不思議なものだ。

 いつの間にかうつらうつらし、気づくと夜は明けていた。日が昇っているはずだが、外はまだ轟々と吹雪が唸っている。

 木の球根をとりあえず一つ、腹に収め、念のために二つを引きちぎって、引きずって外へ出た。

 先に待っていたフォルゴラが俺に手を伸ばし、そっと握りこむと肩に乗せてくれた。

 巨人と言っても全く生物的な滑らかさがないので、肩にある不規則な出っ張りの隙間に球根を押し込み、俺も一つの出っ張りにしがみついた。

(いくぞ)

 ゆっくりとフォルゴラが立ち上がり、いきなり視点が高くなったのでちょっと混乱する俺である。

 巨体は吹雪を物ともせずに進み始める。巨大なのだが、そうとは思えないほど非常に機敏だ。全力疾走されたら、さすがにしがみついてもいられないだろう。

 俺が雪にまみれていたからだろう、途中でフォルゴラの片手が俺を覆うようにして、雪を遠ざけてくれた。

 半日ほど進んだところで、「あそこがお前が登っていた峰だぞ」とフォルゴラが言った。言われても俺の視力では激しい雪の幕の向こうに霞んで、よく見えない。

 そう思った途端に、不意にはっきり見えるようになるのだから、訳がわからないが、生きた岩とやらは俺をまるで人間じゃなくしてしまったらしい。

 フォルゴラは歩き続ける。俺は彼の肩の上で、球根を一つ食べた。

 日が暮れてくるのが、周囲が薄暗くなるのでわかった。巨人は歩き続ける。

(我らが人と関わるのを、愚かだと思うか)

 急にフォルゴラが言った。

「愚か? どうしてですか?」

(人間よりも頑丈で、全く違う時間を生きる我らが人と関わるのは、残酷だろう)

「別に、そうとも思わないけど」 

 そう言ってから、ちょっと言葉を探した。

「俺は少なくとも、フォルゴラのおかげで生きているわけだし」

(いつか、私を恨むかもしれない)

 いや、ついさっきもちょっと恨んではいたけど。そこまで深刻ではないし、忘れておこう。

(いつか、と表現しても、人間にとっては例えば人生の半分でも、私にとっては明日のようなものだ)

 その巨人の言葉に、この岩の塊は、明日にも人間が去っていくということを恐れているのではないか、と思えた。気のせいだろうか。

 どんな存在でも、意思を持つものには共通する感覚があるのかもしれなかった。

 別れは、どんな形であれ、辛いのだ。

 俺の中の、父や母、シロ、そしてユナとの別れのように。

 もうフォルゴラは何も言わず、俺も黙って、定間隔の揺れに身を委ねていた。

 周囲は真っ暗になり、月も出ない。そしてやがて明るさが戻ってきて、それが朝の存在をささやかに主張した。

 まだ巨人は歩き続ける。

(着いたぞ)

 低い音に、俺は前方に目を凝らした。

 吹雪の向こうに、崖がある。そこに穴がいくつかあるように見えたが、違う、崖がくり抜かれて何かが建造されているのだ。

(遥か昔、巨人と人が争った時代の遺構だ。ここにルッコ・トライアドがいる)

 ゆっくりと巨人が膝を折り、俺は腕を伝って地面に降りたが、雪が深い。ほとんど腰までいっぺんに埋まった。

 雪崩に巻き込まれる前もこんな有様だったが、しかしそう思うと、フォルゴラに運んでもらったのは全てにおいて都合が良かった。

(待っていろ)

 フォルゴラがそう言うと俺の横を抜ける。足が巻き上げた雪が俺に覆い被さってくる。

 次には巨人が妙な動きで雪を踏み固めていき、崖の下までに押しつぶされた雪の道ができた。

「ありがとう」

 礼を言う俺に、気にするな、と巨人は答えた。

(いずれ、また会おう。その時を楽しみにしている)

 やっぱりどこか巨人の声は悲痛なものがこもっている。

「絶対に、また会いに行くよ。いや、会いに行きます」

(私に対しての口調に気を使う必要はない。そうだろう、我が友)

「かもしれないな」

 俺は巨人の横を抜ける時、その足に拳をぶつけた。

 巨人の手が俺の頭をかすめるように通り過ぎ、思わず俺が身をかがめると、フォルゴラが地鳴りような音で笑った。

 俺は一度、手を振って崖の方へ歩いていく。

 崖には階段が彫ってあり、そこで上へ上がれるようだ。

 高い位置までくると、巨人が去っていくその背中が見えた。

 やはりどこか切なげだが、俺にできることはない。

 階段を上がりながら、人の気配を探したが、すぐには見つからない。

「誰だ?」

 急な声がしたのは、壁に彫られた穴を覗きこんでいたところで、穴の奥に明かりが見えたのだ。

 その明かりに影が差しかと思うと、一人の男性が進み出てきた。

 精霊教会の僧服のようなものを着ているのがわかった。

「ルッコ・トライアドさんですか? 俺は、その」

 感極まるというほどではないが、やっとここまで来たと思うと、胸にこみ上げてくるものがある。

「俺は、ルン・グザの息子で、リツ・グザと言います」

「ルン? 奴は死んだはずだが」

 男が首を傾げかけて、その動きが止まる。

「アン・グザから書状が来ている。息子のリツはここにいるか、という文だった」

「アンは、俺の母です。俺がその、リツです」

「文の内容では、冬が厳しくなる前に辿り着いているはずだ、とあった。つまり二ヶ月以上、遅れている。この雪の中で、どうやって生き延びた? どうやってここまで来た?」

 それは答えづらい質問だった。身ぐるみをはがされたところから話すべきだろうか。

「長い話になりますけど……」

「私はこれでも気が長い男だが、要点をまず言え」

 気の長い男の発言じゃないな。

「巨人に、助けられました」

 ほう、と男は低い声で言い、「よかろう」と身振りで俺を招いた。

「話を聞こう」

 どうやら俺は、受け入れてもらえられたらしい。

 これはどこまでも、フォルゴラに感謝だな。

 穴の奥へ行くと、リビングのような場所だった。暖炉があるが、レンガを積んだようなものではない。壁そのものに暖炉が作られていて、継ぎ目が一つもない。

 明かりと火の暖かさを前にすると、何か、生き返ったような気がした。




(続く)

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