4-40 こんなことを
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フミナの死体は魔物に食わせた。
死体と言っても無残なもので、さすがに狂気そのもののリーカを私が止めたがひどい有様だった。
そこまでしてわかったことは、フミナはソニラと連携していて、交渉し、フミナ隊はそのまま精霊教会の神官戦士団の一角になった、ということだ。魔物の領域に置き去りにされた時、ユナ隊から離脱した三名は「帰還の途中で戦死した」とされて消されたようだ。
ソニラがどこにいるのか、と確認すると、イサッラにいるとわかった。
「急いだ方がいいでしょう、ボス」
まだ日の出前の薄暗い平原で、私はリーカの後ろ姿を見ていた。ファドゥーの控えめな声はそれでもリーカにも聞こえたはずだが、彼女は微動だにしない。
魔物が寄ってたかって、フミナだったものを食い漁っているのを、リーカはじっと見ているのだ。
「リーカ、行きましょう」
そう声をかけると、彼女はゆっくりと振り返り、やつれた顔で私を見た。
「こんなことを」
彼女がぽつりと言った。
「こんなことをするために、傭兵になったわけじゃ、ありません」
そうでしょうとも、と笑い飛ばすことも、できたかもしれない。
私だってこんなことをするために、傭兵になったわけじゃない。
人を殺すために、技を磨いたわけでもない。
「抜けたいなら、今、ここで消えなさい」
思ったよりも冷徹な声が、口から漏れた。リーカはうつむき、しばらく黙って立ち尽くしていた。
すみません、というのが彼女の発した言葉で、ゆっくりと歩き出すと彼女はそのまま私とファドゥーの横を抜け、ハヴァスではなく、南のほうへ向かってゆっくりと歩き出した。
ファドゥーが声をかけようとしたのを、私は止めた。
リーカは壊れてしまった。それでも最後の役目、最後の願望を果たして、今、消えていこうとしている。
それを止めるべきではない。
「死なせるべきじゃないんと思いやす」
私に腕を掴まれているファドゥーがこちらを見るが「これでいい」とだけ応じる。ファドゥーはため息とともに、自分の中にあるものを吐き出したようだった。
私とファドゥーはまだ火事の影響で警戒に穴のある明け方のハヴァスに戻り、そこで馬を奪った。
ほとんど強行突破するように北へ走った。追跡されるかと思ったが、さすがに魔物との戦いのための拠点で、馬泥棒を真剣に摘発するには人手はなかったようだ。
そもそも、物資輸送のための守備隊が、馬泥棒など自然と発見、捕捉、追跡すると思ったかもしれない。
私とファドゥーは守備隊が巡回しない地帯を選んで、北へ駆けた。
ただ、これが失敗だとすぐにわかった。
遠くの丘の上に馬が見えた、と思った時には、そこから三十騎ほどが駆け下りてきた。一糸乱れぬ、高い練度を感じさせる動きをしている。
旗はあげていない。
どこのどいつだ?
いい馬を揃えているようで、追いつかれるのはすぐにわかった。
合図もなく私とファドゥーは二手に分かれ、迂回して反転した。
三十騎に二人で突っ込む。
乱戦の中で、私はイレイズで前を塞ぐ相手を消し飛ばしながら、そのうちの一人から剣を奪い、縦横に振り続けた。
馬群を抜ける。ファドゥーは、と思うと、彼は短剣を両手に取り、その切っ先からの光の線で馬上の男たちを輪切りにしていた。
しかし相手も戦い慣れている、散って的を分散させ、波状的にファドゥーに圧力をかける。
私にも同じ攻撃が来る。押し包まれればそれまでだ。
馬を駆けさせるが背後を取られている。
イレイズを乱発して、相手の馬を怯えさせようとするが、うまくいかない。
どこかに活路はないかと敵を見た時、それに気づいた。
離れたところで、一騎だけが立っている。
ソニラ。あの笑い方。不愉快な。
ファドゥーもほとんど同時に気づいたようだ。馬の向きを変え、そちらへ一直線に疾駆する。
止める間もない。
止められない以上、今しかなかった。
私も反転し、矢のように馬を走らせる。
これが狙いだったのだろう、あっという間に私とファドゥーは包囲された。ソニラ自身が囮なのだ。
私もファドゥーも、ファクトを駆使して互角に渡り合ったが、まずファドゥーが馬をやられ、地面に転がり、しかしそのまま地面を蹴ってソニラへ突っ込んでいく。
私の馬も傷を負い、私を跳ね飛ばした。地面に受身を取って転がるが、全身が痛む。
口の中の土を吐き出した時、それが見えた。
ファドゥーの腹部が二本の剣で刺し貫かれる。
雄叫びが聞こえた。
私は手の中の剣を振りかぶり、投げた。
宙を剣が飛ぶ。
その剣を目標として、私は一筋のイレイズの破壊をぶつけた。
ソニラにだ。
しかし距離がありすぎる、ソニラの具足が爆ぜ、それだけだ。致命傷ではない。
その一瞬だけ、ソニラの部下が私を見た。
ファドゥーから目を外した。
光が迸った。
一筋の光線が、ソニラの首を貫き、うねった時には、首は宙に高く舞っていた。
ほとんど同時に、ファドゥーが胴体を引きちぎられた。
ファドゥーの顔が見えた気がしたけど、勘違いだろうか。
でも、どんな顔なのか、わからないのだ。
見えたのに、見えていない。
そばにいた兵士をイレイズで消し飛ばし、その馬を奪って私は駆け出した。
ひたすら北へ。
追跡は運が良かったのか、途中からは無くなった。彼らも指揮官を失ったことで動揺したのかもしれない。
日が沈む。馬が潰れそうだ。
降りて、曳いて歩く。休む暇はない。
ここは戦場だ。休むことなど、元々できない。
それに慣れているじゃないか。
何年も戦場に身を置き続けた。これくらいの苦痛は、今までにも何度もあった。
仲間を失う苦痛だって、あったのだ。
しかし今は一人だった。
この戦場には私一人しかいない。
味方は、いない。
頭の中に浮かんだのは、しかし、リツだった。
あいつは今頃、何をしているんだろう。
もしリツがいれば、私はこんな行動を取らなかったのではないか。
取らなかったら、自分の中にある激情に、内側から潰れたかもしれないけど、でも、死ななくていいものを、私は死なせた。死なせてしまった。
非情な自分を選んだことに、後悔はない。
リツが知っている私を、コルトが知っている私を、裏切ったとしても。
水が流れる音がする。川か。すでに周囲はとっぷりと闇の中に沈んでいた。
喉が渇いていた。
何かを私は欲していた、心の奥底から。
この重圧、息苦しさは、どうやったら、消えるのか。
歩き続けるしかない。
最後の目標を、遂げるまで、あと少しだ。
(続く)




