4-37 鞍替え
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川を渡ってすぐに、紺碧騎士団の装備の騎馬隊が迎えに来た。全部で一五〇騎ほどになり、さらに北へ。
しかし、スラータには入らなかった。
それほど北へ向かわぬ先に、柵で囲まれた野営地があり、そこに入ったのだ。その野営地にも五〇騎ほどがいて、こちらは魔物の襲撃を防いでいる。
柵の開閉可能な部分から中に入ったが、かなり広いし、柵自体も頑丈に作られているのが見て取れた。訓練用の拠点ではなさそうだ。物資の山も見えてきた。
全騎が停止し、紺碧騎士団の男たちは馬の手入れを始めた。
私も自分の部下と共に荷台を降り、自分の足で地面に立った。今も揺れているような感覚があり、どこか頼りないが、しかし私は立っている。
すぐに水が運ばれてきて、全員が十分に喉を潤す量があった。炊き出しが始まり、肉が焼かれる匂い、米が焚かれる匂いも漂ってくる。
少ししてやってきたのはクミンで、ちょっと話しましょう、と私を誘った。そのまま柵に沿って歩き始める。柵が五重にも構築されているので、柵沿いに行くとほとんど誰もいなくなる。柵に取り付いている守備を受け持つ兵士も幾重もの柵の向こう側で少し離れている。
「まず、なんであなたたちを紺碧騎士団が助けたか、気になるでしょう。そこから話します」
クミンはどこか遠くを見て話していた。魔物の襲撃を警戒しているのだろう。
「神鉄騎士団から通報があって私たちがユナ隊の救援に向かった、そう公には記録されるでしょうけど、実際にはそれより前から動きはあった。精霊教会が補給を一本化したことにルスター王国軍内から反発があり、これが精霊教会とルスター王国の間の交渉ではなく、商人が首をつっこむ事態になった。それに八大傭兵団もね。神鉄騎士団はルスター王国に味方したけど、精霊教会は譲ることもなく、一時的に膠着した」
「一時的に?」
「精霊教会の内部工作で、ルスター王国は精霊教会寄りになったのよ。その結果、一部のルスター王国軍で補給に困難が生じてね。ルスター王国はルスター王国としてまとまっているようで、すでに分裂寸前ってことね」
元々から分裂していたようなものだけど、と言おうかと思ったが、きっと事態は分裂より破裂という感じなんだろう、と思い直した。
「それであなたたちがどうして神鉄騎士団に手を差し伸べる?」
「紺碧騎士団は運悪く、精霊教会と袂を分かった。うちのボス、エミリタ団長が拒絶したのよ。珍しく長々と、ハキハキとしゃべってね」
「団長? それってつまり、彼が紺碧騎士団で一番偉いわけ? 前は中隊長だったでしょう?」
「出世欲があるとも思えないけど、結局、そういう立場になった」
まったく、何が起こるかわからないものだ。
「とにかく、我らが団長のご英断により、紺碧騎士団は干されかけた。そこへ手を差し伸べてくれたのが、神鉄騎士団のラーン総隊長だった。独自の補給網から、私たちに物資を用意してくれた。銭を貸してくれもしたわね」
「ありそうなことだけど、でもそれじゃあ、紺碧騎士団はルスター王国軍を離れたの?」
「今回の件で、やっとそうなる。今の今まで紺碧騎士団はここで野営して、まともな任務も与えられず、意味もなく魔物を狩っていただけよ。神鉄騎士団に恩義を返したとはいえ、ルスター王国としての方針を無視しているんだから、逆に討伐されるかもしれない。というわけで、近いうちに紺碧騎士団は、紺碧傭兵隊か、紺碧騎馬隊か、そんな名前に看板を変えて傭兵に鞍替えよ」
あまりの大胆さに、少し言葉を失ってしまった。
ルスター王国はカンカンに怒るだろうが、人間同士で争うような余地もないだろう。いや、あるかもしれないが、このクミンの様子では紺碧騎士団の方が相手にしないだろう。
「あなたたちを助けたのは私たちの恩返しと思っていて。そうでなければ、友情の証、信頼の証とね」
「味方になってくれると心強いと思う。あれだけの騎馬隊は、傭兵にはほとんどない」
「いずれは自分たちで馬を用意するか、場合によっては育てないと騎馬隊は維持できないから、ま、頑張ることにする。戦いっていうのは本当にいろいろあるものね」
そう言ってちょっと笑みを見せてから、クミンが真剣な顔になった。
「あなたたちが毒にやられるというのも、実はわかっていた。警告を出したけど、無理だったみたいね」
「わかっていた……?」
急な言葉に、理解が追いつかなかった。
「どうしてわかるわけ? 神鉄騎士団からの通報?」
「いえ、スラータからの通報よ」
スラータ?
ますますわからない。
……いや、そうだ、スラータには彼がいる。
「ロッタがあなたたちに通報したの?」
「正確にはロッタが使っていた人夫が直接、紺碧騎士団に通報した。私たちは神鉄騎士団本部に事後承諾という形で、動き出したってことよ」
何から何まで異例ずくめじゃないか。
しかしロッタがいい仕事をしたわけだ。やるじゃないか。
「ロッタからの通報で毒が仕込まれること、さらに何の毒かまでがわかった。それによって解毒剤も用意できた。だいぶギリギリだったけどね、あなたのあの様子を見ると」
正直、死にかけていたと今ならわかる。毒で死ぬ前に、魔物に殺されそうでもあった。
「感謝しかないわね。命の恩人だわ」
私の言葉に「なら傭兵同士になったら仕事を融通しなさい」とクミンがちょっと口角を上げた。ただどこか、影のある笑みだ。
「そのロッタだけど、残念だけど、もういないわ」
心が一瞬、静止した。
音が消える。
……どういう意味だ。
クミンが眉間に皺を刻んだ。
「ロッタは殺された。精霊教会の暗殺部隊みたいだけど、何も痕跡はない」
「……首でもかき切られた?」
「まさか。毒を少しずつ飲まされていた。あなたたちが飲まされた毒よ。ロッタの場合はもっと薄くて、体調が少しずつ悪化して、最後には手のつけようがなかった」
そうか。
苦しかっただろうか。
私が彼に命令したのだ。精霊教会の様子を探れと。
それでロッタは自分を犠牲にして、私たちを救ったことになる。
「精霊教会は妙な方向に走り出している。やることなすこと、強引で、無理があるわ」
話題を変えるように、クミンが話し出した。正直、私にはありがたかった。
「ルスター王国は精霊教会の独走を認めるように動いている。これは兵力、軍事力の問題じゃなくて、経済力、銭の問題になりつつある。この戦争もいよいよ、解決はしないのかもね」
どう答えることもできず、私はただ、クミンに続いて歩いていた。
自分はどうするべきだろう。
やはり、ルスター王国を捨てるべきなのか。
傭兵が傭兵らしくいられる場所、命を賭けるのにふさわしい場所を求めるべきなのか。
前も同じことを考えた。あれは、いつだったか。
やはり、誰かが死んだ時だったか。
少しここで休めばいい。遠くでクミンが言った。
私のところへ、負傷していた部下が六名、そして毒に侵されていたものが五名、合わせて十一名が死んだという報告があった。
死者の中に、カリルの名前があった。
生き残っているユナ隊は、ただの十名だった。
紺碧騎士団の野営地で、私は今後について熟考した。すでに伝令として送り出した六名、フミナ隊についていった三名は死んでいると見るよりない。十名はこのまま神鉄騎士団の本隊に向かわせるのが正しいのか。それとも、しばらく姿を隠しておくべきなのか。
はっきりしていることは、フミナ隊は寝返った、ということだ。
まずは情報を集めないといけない。そのためにはハヴァスに潜入するか。
伝手があるかといえば、ほとんどない。サーナーの筋から物資の売買を行う商人とか、その護衛に化ける手もあるが、フミナはサーナーを知っている。勘づくのではないか。
そもそも今、私やユナ隊がどこかで目撃されるのは危険ではないか。
フミナ隊、あるいはハヴァスで指揮権を持つ誰かは、ユナ隊を見殺しにし、おそらく全滅したと思っている。
なら死んだと思わせておく方が、都合がいい。
結局、動けないのだ。
私は冬が終わり、春がやってくるのを、この野営地で見守るしかできなかった。
(続く)




