4-31 激闘
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スラータへ戻り、本隊のラーンに事情を説明する書状を送った。
しかしそれより早く、本隊から命令書が届いた。
ユナ隊が戦闘に参加した基地より東側にある基地を受け持っている、フミナ隊の援護に向かえというのだ。
それも可能な限り早くだ。
状況を説明する書状も付いていたが、それは信じられない内容だった。
フミナ隊に大きな犠牲者が出て、半数ほどに減っているという。詳細は不明だが、魔物の攻勢が激しく戦線の維持に支障が出ているようだ。
魔物の攻勢が基地を一つ壊滅させるのはここ半年ではなかったことだ。あったのはさらに南へ進出するための前進基地の建設が失敗したくらいである。
「どこから魔物が湧いてくるのやら」
状況説明の書状を眺めながら、リーカがつぶやく。
「明日にはまた移動するしかないわね。サーナーからの物資は十分でしょう? リーカ」
「物資は揃っています。ただみんな疲れているでしょう」
「それが傭兵ってもんよ」
そんなやり取りもありながら、翌日にはスラータを出て、ひたすら東へ街道をかけ、イサッラに到着すると、今度は荷馬車で南へ向かう。街道などすでに朽ちているし、塹壕や土塁、空堀などが複雑に存在するので、一直線に基地へ向かえないのがもどかしい。
それでも補給路が確保されているので快適な方だった。本当に建造直後の前進基地だと、移動経路などあやふやなこともある。
その基地に辿り着いたのはスラータを出発して十五日ほどで、遠くから見た限り、基地は他のそれと同じように魔物の死骸が焼かれ、人間の遺体が焼かれる煙が立ち上っているので、まだ機能しているようだった。
塹壕に新しく土塁を積み上げて付属させることで構築された基地で、柵が何重にも巡らされて安全地帯が作られている。
そこへ入ると、真っ先にフミナが来たが、全身が泥で汚れている。魔物の血のような真っ黒いシミも多い。
「イサッラで状況は聞いたよね」
フミナの方からそう確認してくる。
「聞いています」私は少し顎を引いた。「信徒隊が主戦力になって、他がそれの補助に回っているとか」
「あの素人連中を守るのが仕事になっている。このままだと、ここは使い捨ての訓練基地になるかもしれない」
「うちでも同じような感じでした」
私がそう言うと、話を聞いていなかったらしいフミナが目を丸くし、教えて、と低い声を出した。
私がおおよそのところを話すとフミナは嘆かわし気に溜息を吐き、「もうルスター王国から足を洗うべきかもね」と漏らした。
「私もそう思いますよ。で、まずは何をすればいいんです?」
「ここの基地を支えるのを手伝って。負傷者を後方へ送るのにも苦労していて」
「精霊教会にやらせる、という手はないんですか?」
「連中は自分たちの負傷者を下がらせるので精一杯なのよ」
思わず私は天を仰いでいた。フミナが、ふざけた話だけど、と話を続ける。
「連中、どんどん数が増えるけど、負傷者も死者も減らないのよ。むしろ増える。でも数だけはもっと増える。ユナには見えなかったかもしれないけど、本当にここら一帯は精霊教会のものになりつつある」
くそったれの精霊教会め。
すぐにユナ隊とフミナ隊の間で受け持つ時間帯が決められた。
この基地の指揮官はハッターという初老の男で、ルスター王国軍の軍人だった。階級はないという。退役軍人なのだと、彼は情けなさそうに答えた。
ただ、決して投げやりでもないし、真面目な雰囲気だった。
「精霊教会と神鉄騎士団は水と油、と聞いているよ」
ハッターの言葉に、そういう過去があります、とだけ私は答えた。そんな私の様子にハッターは特に気にした様子もなかった。
「とにかく、今は魔物が多い。どういうわけか、東から流れてくる」
この基地の最大の防御だろう塹壕は東側にあった。指揮所は大きな櫓で、そこから見ると遠距離攻撃系のファクトを持っているらしいものや、弓矢を装備したものが多く配置されているようだった。
「切り込み隊をフミナ殿には任せていてね、想像以上の魔物の集中があった」
なんでもないように言うハッターの正気を疑ったり、非情と判断する理由はない。
どこかカンランを思い出させるところがある。どこか全てを突き放し、しかしどこかで信用している。
細かなことに心を動かされず、大局を見ようとする姿勢。
私はハッターの指示に従って、ユナ隊から切り込み隊を編成した。後方に事務仕事をさせるためにカリルを置いてきたが、リーカ、ファドゥーがいるので戦力としては十分だ。
鉦の音の連続が何を示すか、細かなことを聞いて即座に頭に入れる。その説明はフミナ隊の傭兵の一人がして、ユナ隊全員が真剣に聞いた。合図を把握するだけで意外に細かな連携もできる。
最初の戦闘から、激闘になった。
切り込み隊が二つ編成されて、魔物の群れを塹壕の方へ押しやってく。そこで切り込み隊と塹壕にいる兵との間で魔物を挟撃して、殲滅する。
仮に塹壕に入り込まれたり、そこが突破されると大惨事だが、ハッターはそれを気にしていないようだ。
戦闘の最中、白い外套が何回か見えた。腕章をつけた男たち、信徒隊を指揮しているようだ。
その段になって、またあの不愉快な助祭、ソニラと同じ戦場に立っていることに気づいた。
しかし今は戦闘のことを考えるしかない。
鉦が打ち鳴らされる。次に魔物の群れが来る。移動して、また誘導だ。
傭兵の間で声を掛け合い、私たちは大地をかけ、異形の怪物に向かって行った。
どれだけの魔物を倒したのか、塹壕へ戻る鉦の音で、次の隊と交代した。すぐに負傷者と未帰還者の確認があり、負傷者が一人で、欠落は一人もいなかった。
隊に休息を命じ、視線を感じたのでそちらを見ると、ソニラがやはり安全地帯に立ってこちらを見ていた。私と視線がぶつかると、彼は不愉快な笑みを見せ、すぐに仲間の方に向き直った。
余計なことで神経を使いたくない。
ただ魔物を倒したい。
不意に心に浮かんだ言葉に、私は危うく失笑しそうだった。
私は魔物を倒して、人間を自由にしたいのだ。
戦場のない世界に、大きなものを、途方もなく大きなものを、導きたいのだ。
一人でできることではない。全人類が協力しても、できないかもしれない。
夢か。理想か。
どちらにせよ、形のないものだ。
私は気持ちを切り替えるために、部下の間を歩いて声をかけて回った。
まずはこの戦場だ、と思うしかない。
(続く)




