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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第一部 彼の別れと再会
16/213

1-16 我が友

      ◆


 目が覚めた。

 またここだ。

 岩盤の張り出しの下て俺は寝ている。巨人は、いた。

 外へ通じるところで座り込み、こちらに背中を向けている。

 どうとでもなれ、と上体を起こそうとした。

 起こそうとして、体の状態が普通に戻っていることに気づいた。手足のどこにも異常はない。電気が走ることもない。

 立ち上がってみると、普段通りだった。

 俺の気配に気づいたようで、緩慢に岩でできた体を軋ませながら、巨人が振り返った。

(体はどうだ、我が友)

 我が友?

 どう答えればいいか、すぐにはわからない。ただ、威圧的な巨大な存在を前に、迷っている余裕もない。

「まあ、どうも、戻ったらしい、いや、戻りました」

(なら良い)

 巨人が完全に向き直り、いつかのようにあぐらをかいた。

(ここまで何をしにやってきたのだ、リツよ)

 何で俺の名前を、と思ったが、そうか、俺の方から言ったのだ。

「人を、訪ねてきた」

(深き谷へか?)

「そういう奇人なんだ、違う、奇人のようです」

 低い音がしたが、それが徐々に大きくなる。体がビリビリと震える。巨人が笑っているらしい。

(ここらに人で住んでいるものは、ほんの少しだぞ。皆、我らが友だ)

 ほんの少し? 一人じゃないのか?

 俺が困惑しているのに、ゆっくりと巨人が頭の位置を下げた。

(刀というものを打つ職人がいる。我らの知恵を借りたいというものたちだ。どの人間も、奇人と呼べるだろう)

 はあ、としか言えない。

 なるほど西域に分け入った人間でも、生きているものはいるのだ。

(お前が探しているものの名は?)

 その質問に、少し記憶を整理する必要があった。あの小さな家、レオンソード騎士領を離れて、多くのことがありすぎた。

 名前は……。

「ルッコ・トライアド、です」

 ふむ、と巨人が言ったようだが、まるで地響きだった。

(あの者を訪ねてきたにしては、回り道をしたものよ)

「知っているのか? あ、いや、知っているのですか?」

(友の一人だ)

 そう言ってから、巨人の手が唐突に地面を打った。体が少し浮き上がるほどの振動で、やはり天井の崩落が怖い。

 しかも巨人は何度もをそれを続ける。なんだ、何をしている?

(これを見よ)

 巨人が手の動きを止め、太い指で地面を示す。

 見ると、地面の上で細かい粒の石が複雑な文様になっている。最初、それが何を意味するか、わからなかった。

 ただよく見れば、それは地図だった。

 立体的な地図で、大陸中部の西域が表現されている。

(ここが今、いるところだ。深き谷の入り口になる)

 巨人が指先で触れたのは、いくつもの山脈に囲まれている窪地だった。

「俺はどうして、ここへ?」

 そうなのだ、そもそもそれが、問題だ。

 巨人は平然と答えた。

(大規模な雪崩があった。たまたま私はその場に居合わせた。そこでお前を見つけた。それで助けた)

 巨人が人を助ける?

 ありえないことだ、とは言えないのは、俺が助かっている事実があるからだ。

 だけどそれより、巨人と人の交流は断絶しているはずで、それで、つまり、そもそも巨人が人と接触することがありえない。

 でも俺は助かっていて、えっと、どういうことだ?

(どうせ死ぬと思ったが、生き延びた。そして私に傷をつけた)

 傷? 短剣の一撃のことか。

 今も巨人の指にはえぐれた部分が見えた。

「普通、傷をつけられたら、怒るんじゃ……?」

(巨人を傷つけるものなど、そうはいない)

 とんでもないことを言われてしまった。

 巨人を傷つけたのは俺で、しかし、自覚がない。

(人間の持つファクトというものも面白いものだ)

 そんな唸り声の後、腹が減っていないか、確認された。

 ずっと何も食べていないが、食事よりも何か、自分のことを考え直すべきではないか。

(その木の根には、汁気がある。凍ることもない。食べてみろ)

 巨人が勧めてくるので、迷ったが、空間の奥に突っ込まれている例の木に歩み寄り、手で根の玉、球根を一つをちぎろうとした。

 するとあっさりと引きちぎることができたが、何かおかしい。

 俺が掴んだ根の太さは、俺の腕くらいある。枯れているわけでもなく、まだ生の木なのにこんなに簡単に引きちぎれるものだろうか。

 それでも一応、球根を持って元の場所へ戻る。抱えているが、足取りが乱れないのが逆に体感として不自然だった。

 巨人が外から雪の塊を引っ張り込んだので、俺はその雪を使って球根の泥を落とした。綺麗になると白い表面が露わになり、意外に美味そうだ。

 いただきます、と一応、声にしてからかじりついた。

 硬いかと思ったが、柔らかい。汁が溢れて、唇の端から滴った。

 袖で口元を拭って食べていくと、手が止まらなくなった。

 一つを食べ終わると、もうそれだけで腹一杯になった。よくひと抱えの球根が体に入ったものだ。

 腹が満ちて、気持ちに余裕ができた。

「あなたの名前を聞いていないのだけど」

 巨人はこちらを見下ろしながら、堂々と答えた。

(我が名はフォルゴラだ。若き巨人なのでな、ここにいる)

 若き、などというけれど、巨人の年齢というのは、人間とはまるでスケールが違うに決まっている。

(明日には、ルッコの元へ向かうとしよう)

 頷きかけて、確認することがもう一つあるのだと、思い至った。

 非常に重要なことだ。

「俺は重傷だったはずだけど、今は何ともない。フォルゴラが何かをしたのか?」

 そうだ、と平然と巨人は応じた。

(「生きた岩」をお前に定着させた)

 生きた岩?

「それは、どういうもの?」

(巨人を巨人たらしめるものだ)

 ……安堵が一瞬ですっ飛んだ。

「人間にそれを定着させるのって、普通じゃないよな、違う、普通じゃないですよね?」

(長い歴史では前例もあろうが、ここ数百年ではお前だけだ、リツ。安心しろ、決して危険ではない。少し人本来より頑丈になるだけのことだ)

 ……なんか、いつの間にか俺は普通じゃなくなったらしい。

「元に戻せって言ったらどうなる?」

(元に戻す? 人が地に還るように、岩もまた土に還る。元に戻せば、お前は土になるだろう)

 何か、事前に意思を確認してほしかった。

 こうなってはどうしようもない。

(気にするな、我が友。見た目は人のままだ)

 人じゃなくなったら、大問題だ。 




(続く)

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