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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第四部 地獄に向かい、地獄に消える
159/213

4-30 犠牲

      ◆



 私はたまたま他の傭兵隊の指揮官と打ち合わせをしていて、隊をカリルに預けていた。

 休息を取って戻って来たファドゥーが戦闘中で、鉦が鳴らされていたから、自然とファドゥーの分隊からカリルの分隊に入れ替わったはずだと思っていた。

 打ち合わせの場に駆け込んできたのはユナ隊の下級将校で、真っ青な顔をしている。

 さすがに冗談を言える形相ではない。

「何があった?」

「精霊教会が割り込んできて、五人が倒れています」

 私の血の気が引くということはない。

 ただ怒りに思考を漂白され、次には「行く」とだけ低い声が出ていた。

 下級将校と駆け足で陣地へ戻ると、すでに五人の傭兵が寝かされ、負傷者が更に四人はいるようだ。これは大打撃と言っていい。

 負傷者の一人にファドゥーが声をかけていた。

 彼の顔がこちらに向く。怒りのせいでだろう、どす黒くなっていた。

「何があったか、説明しなさい」

 私が促すと、ファドゥーはゆっくりと息を吐き、落ち着いた口調で話し始めた。

 鉦が鳴って、前衛の隊が自然と交代するはずだった。

 しかし今まで通りのユナ隊ならユナ隊、傭兵連合なら傭兵連合、ルスター王国軍ならルスター王国軍という、仲間から仲間への引き継ぎのはずが、唐突にそれが破られた。

 ユナ隊と信徒隊が入れ替わる、という形が出来上がっていた。

 ファドゥーは目を疑ったようだが、すでに鉦は鳴り、全体が交代へと動き出している。

 ここでユナ隊の動きが鈍れば突出したのと同じ形になり、ユナ隊にも、全体にも影響がある。

 そうファドゥーは判断して、信徒隊と交代した。

 信徒隊の行動は雑だった。魔物を完全に押し返してユナ隊が後退したにもかかわらず、まごついて、魔物との間合いは消えた。

 結果、混戦状態でユナ隊と信徒隊が後退し、結果、ユナ隊だけでもこれだけの犠牲が出たという。

「あれはおかしい。信徒隊が勝手に持ち場を変えられるわけがねえ。上が精霊教会に押し切られたんだと思いやす」

 私はファドゥーから視線を、寝かされ、布をかけられている五人に向けた。

 無駄な犠牲だ。

 しかも下らない連中のせいで、死ななくていいのに、彼らは死んだ。

「カガンのところへ行きましょう。ファドゥー、ついてきなさい」

 土塁の上に設けられた指揮所へ歩く途中でも、複数の傭兵が寝かされているのを目にした。

 ただの一度の失敗でこれだけの犠牲が出るのは、戦力の弱体化よりももっと大きな影響がある。

 この人間と魔物の戦争において、人間は常に人的資源に悩まされていた。だからここで倒れた傭兵に代わる戦力はそう簡単には手に入らない。

 手に入らないが、都合しなくてはいけない。そうなると、近場で、まとまった人数を要するところに声がかかる。

 つまり、精霊教会だ。

 今回の件で、また信徒隊が増員され、発言力は増していく。

 指揮所へ着くと、カガンがこちらをゆっくりと振り返り、それからいつからそこにいたのか、アミナの方へ視線を向けた。

 彼女の自然な笑みはやはり異質だ。

「ユナ隊から戦死者が出たと聞いています。残念です」

 声さえもいつも通りだった。精霊教会の助祭ともなれば、何もかもを超越するのだろうか。

「戦死者ではなく、犠牲者ですね」

 私の口から漏れた声は、剃刀を連想させるものだった。それも、首筋にあてられた剃刀。

 カガンはうろたえ、助けを求めるようにアミナ、ファドゥーにさえ視線をやったが、誰もカガンには声をかけなかった。

 冷静なまま、アミナが応じる。

「あれは事故です。事前の打ち合わせが間に合わなかった」

「打ち合わせ無しの行動など、戦場で許されるわけがない」

「カガン殿の判断です、ユナさん。ここの指揮官の」

 カガンを睨みつけたが、その無意味さが理解できた。カガンはもうアミナの傀儡になり、つまりここは、この基地は、精霊教会の持ち場ということだ。

「そんな指揮官の下では働けない、と私が言ったらどうなるんでしょうね」

 まっすぐにカガンに向けた言葉なのに、みっともないことにカガンはアミナに助けを求めている。まるで聖女の笑みでアミナはカガンを落ち着かせると、「お好きになさればいいのでは」とカガンに代わって答えた。

「お好きに、ね。じゃあ、ユナ隊はここから引き上げましょう」

「ユナさん、それは」

 私がきっぱりと決めたせいだろう、カガンは狼狽えている。

 しかしもはや、危険だった。誰も責任を負わない戦場など、地獄の中の地獄だ。

 本当は私の部下五人の命に相当するものを、この無能な指揮官にぶつけたかった。できることなら首をはねたい。八つ裂きにしてもいい。

 それが無意味だと、今、私は悟っていた。

 今は別のことを考え、実行するしかなかった。

「撤収の日程をお伝えするべきですか、カガンさん」

 答えはなかった。口籠り、モゴモゴと発せられた言葉は聞き取れなかった。

「では、明日にでも。失礼」

 私は指揮所を出て、そのまま土塁を降り、ユナ隊の元へ戻った。負傷者のうちの一人が亡くなり、これで死者は六名になった。

 その一角は明らかに殺気立っていて、どうにかしないとこのまま指揮所を襲いそうだった。

 私は全員に、明日には撤退することを伝えた。数人から、このまま逃げるのではなく報復すべし、という意見が出た。

「私たちは人間と戦っているわけではないのよ。いずれ、代償は払わせる。とにかく今は、この危険地帯を離れます」

 納得はしていないようだが、誰もが自分を御する力がある。ユナ隊はその点でも決して惰弱ではないのだ。

 私は負傷者の手当てをしていたロッタを呼び、少し離れたところで話をした。

「え? 俺はここに残るんですか?」

 そう、と頷いて見せるとロッタは呆然として、言葉もないようだった。

「あなたは無霧傭兵隊に移籍しなさい。それでここの状況を詳細に分析して」

「俺は置き去りですか……? 無霧傭兵隊、カガンの様子を把握できなかったから?」

「あなたを信用しているのよ。これは懲罰じゃないの。あなたに任せる重要な仕事です」

 そんなぁ、とみっともない声を出したが、最後には無理やり言い聞かせて、私は自分の伝手で無霧傭兵隊と連絡を取った。

 翌日、ユナ隊は伝令を走らせて呼び寄せた荷車に乗り込み、日が暮れる寸前に撤退した。

 ロッタの姿は、その中にはない。




(続く)

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