4-28 補給
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スラータへ戻ると、事態は一気に進展していた。
「補給部隊を一つにまとめる?」
神鉄騎士団の小隊を受け持つ、男性のパータと女性のフミナ、それぞれの隊長自身が私を待ち構えていてすでにカリルと話を進めている段階だった。
そうよ、とフミナが苦り切った顔で言う。
「ルスター王国軍の補給部隊を中核にして、傭兵が参加して、ついでに精霊教会が人を出す」
「今までのやり方でいけない理由は?」
「ルスター王国内での物価が上がっている」
そう答えたのは三十をいくらか超えた、貫禄のあるパータだった。
「物価の上昇の理由をルスター王国では、戦場へ物資の大半が流れているのが原因だ、としているのさ。今までと何も変わらないのにな」
「不思議なことに、市場から少しずつ米と麦が減っているのが事実よ」
フミナが私を見る。パータも、カリルも、リーカも私を見た。
私は一度、目を閉じ、考えた。
「なんだか危険な匂いがする。神鉄騎士団の物資の備蓄はどうなっているか、誰か聞いている?」
「それぞれの隊で決められた備蓄はされているはずだ」パータが代表して答えた。「どこの隊でも、飢えることだけは避けたいからな」
そう、それが普通だ。
ここで補給部隊の統一に反対する理由は、積極的にはない。むしろここで補給線を統一して、全体の物資量を均一化していくのがいい気もする。
しかし、どこかが分断されたらどうなるのか。
魔物の攻勢による孤立ではなく、人間の怠慢や策謀で、物資が届かない事態になったらどうする?
「ユナ隊は」
私はもう一回、目を閉じた。
言葉にするには勇気が必要だった。
「ユナ隊は、補給部隊の統一とは距離を置くことにする。どうも信用できない」
まぶたを持ち上げると、視線を交わしているパータとフミナが見えた。二人は小さくため息をつき、ほとんど同時に肩をすくめた。
「お前はそう言うと思っていたよ、ユナ。俺とフミナは、うまく中間に立つようにしよう」
「パータがここより西、私はここより東に位置するから、ちょうどいいわね。東西から、いつでも援護できるようにしておく」
この二人は、私の独断を認めてくれるのだ。
ありがとうございます、と頭を下げると、二人は笑っていた。
それから実際的な物資のやり取りの打ち合わせがあり、二人は自分の隊へ戻って行った。さっきの言葉の通り、パータはスラータとバットンの間にある基地、フミナはスラータとイサッラの間にある基地が担当だった。
「サーナーはどこにいるか聞いている?」
私が留守の間、事務を受け持っていたカリルに確認すると、呼び寄せてあります、と彼は微笑みながら答えた。私がサーナーを呼ぶと予想していたのだ。
「明日の朝には来るのではないかと思います」
その言葉の通り、翌朝早くにサーナーがスラータへやってきた。
彼は長身で、いかにも亜人という風貌をしている。整いすぎた顔の作りをしている。しかし亜人らしくないのはその髪の毛で、茶色いのだ。瞳が銀色なのに気付かなければ、長身の人間にも見えるかもしれない。
「とりあえずの物資を運ばせています」
亜人らしくないのは、その口調にもある。私の何倍もの時間を生きているはずなのに、私を立てるような喋り方をする。
サーナーは商人で、私はたまたま彼を知っていて神鉄騎士団ユナ隊と取引するようになった。今では神鉄騎士団が様々な物資を手配するとき、多かれ少なかれ、彼が関与している。
そこは亜人の長命もあってか、彼は様々な人脈を持ち、大勢の人々とつながっている。
「精霊教会の物資の買い入れ先とか、聞いている?」
早朝でも即座に料理が用意され、私はサーナーと向かい合って粥を食べていた。すでにカリルとリーカも同席している。
「精霊教会の取引先は知っています。彼らは銭を渋らないので、商人たちは好んで商いの相手にしますが、ただ、逆に不安に感じるものもいます」
「逆に、とは?」
「あまり信用しすぎると裏切られるのでは、ということです。簡単に言ってしまえ、銭を受け取るより前に物資を渡す、ということが信頼が成立するとまま起こりますが、もしかしたら精霊教会は何らかの理由で銭を出さないかもしれない、という展開もある」
それが現実になる? と私が確認すると、サーナーは柔らかい笑みを浮かべながら「商人は利益を考えるものです」と答えた。
食事の席でサーナーはとりあえず、神鉄騎士団のルスター王国にいる傭兵が不自由しないだけの物資の買い付けは可能だ、と請け負った。いくつかの大商人の協力が必要だが、約束はしていないし、もちろん契約もないのだが、神鉄騎士団という看板にはそれだけの信頼があるという。
「看板に傷をつけられたおしまいね」
私が冗談で応じると、まさに、とサーナーは真剣な顔で頷いた。
「私たちの看板も同じです。どこかで失敗すれば信頼に傷がつき、商人として終わってしまうものもいます。商売にも生きる死ぬがあるということです」
とにかく、これで私はとりあえずの憂いを断つことができた。
サーナーは商売が忙しいと断って辞したが、席を立つ寸前に「リツという傭兵をご存知ですよね」と確認してきた。
「あなたが何でリツの名前を知っているの?」
「いえ、実は亜人の職人で最近、独立した若い者がいまして。若いと言っても、一〇〇年はゆうに生きています。この職人の作った具足を、リツ殿が使っていましてね。ユナさんもどうですか、という売り込みですよ」
そういう商売らしい。リツもいつの間にか、ちゃんとした傭兵、宣伝になるような傭兵になった、ということか。
考えておくとだけ私はサーナーに応じた。
いくつかの事項を議論してから、私はその日の夕方、戦場から戻ってきたファドゥー率いる分隊を出迎え、休息を終えた分隊をカリルとともに引き連れて戦場へ戻った。
数日の移動で、世界は薄暗いものに塗り替えられる。
基地に着くと、嫌な知らせが待っていた。
カンランが負傷した、というのだ。それも重傷で片足を落とすかもしれないという。
現在の指揮は、カンランの副官だったカガンという男がとっていた。
見るからに不安そうで、視線は落ち着かず、顔は真っ青で汗にまみれていた。
戦場は非情なほどに死に溢れている。
鉦が鳴り始める。
カガンはびくりと肩を震わせ、私は彼に同情しながら部下と共に土塁を上がった。
ファドゥーが一時的に指揮を任せた下級将校が不敵に笑っているのを見て、どちらがおかしいのか、誰がおかしいのか、少し疑問に思った。
しかしそれは、戦場には不要な疑問だった。
(続く)




