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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第四部 地獄に向かい、地獄に消える
156/213

4-27 可能性

       ◆



 歩きながら、簡単にリツは説明してくれた。

「どうも精霊教会が主導権を握りたがっている。ルッツェはそうでもないが、東のイサッラはでかい建物を建てていてね、僧服の奴らがうじゃうじゃいる。一応、ここをこの辺りの教区の中心にしてはいるが、実際には東から来るはずだ」

「ウェッザ王国はもうダメってこと?」

「傭兵が食い込みすぎたな。精霊教会はやりづらいだろう。どちらも拝金主義者だが、傭兵は実際的な暴力装置でもある。一部の領地は噂だと、傭兵が経営してだいぶ治安も良くなったし、税も軽くなったと歓迎されているらしい」

 精霊教会はルスター王国に新しい居場所を求めつつ、同時に力をつけようとしているのか。

 不自然なことだが、ウェッザ王国が傭兵に蚕食されたのを繰り返すように、ルスター王国を精霊教会が蚕食する、ということか。

「今、人類を守り隊はイサッラにいるのね?」

「いると言っても、三人、四人程度だな、俺とイリューを除いて。まったく戦力とみなされていないから自由に動けるが、何に対しても影響力は発揮できない」

 そのリツの言葉には思わず彼の顔を見るように引きつける力があった。

 彼は不敵と言っていい笑みを浮かべている。

 なるほど、そういうことか。

「神鉄騎士団の影響力を発揮して頭を押さえておけ、とリツは言いたいわけだ」

「できるかな、できないかな」

「できるとは簡単には言えない。こっちでも厄介ごとが持ち上がっているの」

 聞きたいね、とリツが言うので、本当に? と確認すると、「ぜひ」と返事があった。変に力のこもった声だった。

「南の戦場で、信徒隊と呼ばれている精霊教会の信者に偽装した素人の隊が運用されている」

「素人?」

「精霊教会で募集しているという形だけど、実際には信者から人を駆り集めて、戦場で戦力にしようとしている」

「素人が魔物と戦えるわけがない」

「だいぶ殺されている。生きていてもまともじゃないものもいる。ついでにその信徒隊が、悪さをする。物資を盗んで焼き払ったりね」

 そいつは問題だ、と言いながら、リツは顎を撫でていた。

「私たちはその件で事実確認をするためにルッツェに来たんだけど、ルティアっていう男、覚えている? 精霊教会の、例の白い外套を着ている神官戦士の一人。例の事件が起きる前に会ったはずだけど。ほら、食堂で」

 えーっと、とリツが首を捻る。記憶がつながったようだ。

「そう、食堂で喧嘩みたいになった奴がいたな。もう名前も顔も忘れたが、そいつが、問題なのか? いや、いや、ちょっと待てよ。例の事件の時に神官戦士っていうことは、例の報復に巻き込まれなかったのか?」

 コルト隊とともに多くの傭兵が戦死した例の事件の後の、傭兵たちによる神官戦士団への遠回しな意趣返しはこの辺りでは報復と仲間内では呼ばれることが多い。

 誰もおおっぴらに「報復」とは明言しないが、あれは意図的な行動で、神官戦士団の破滅は、まさに報復なのだ。

「そうみたい。どうやって切り抜けたかは知らないけど、とにかく、そいつが生き延びていて、当時は助祭だったはずだけど、今は司祭としてこの街にいる」

「ルッツェ教区を統括しているってことか。今まで何も知らなかった。俺たちが相手にするのは末端の連中だからな」

 うぅむ、とリツが唸り、ちょっとだけ天を見上げた。

 すでに夏が近い。日差しは強い。

「うちでも様子を見てみる。信徒隊とは遭遇したことがないけど、イサッラだと志願兵を少数の神官戦士隊が調練をしているんだ。連中からはあまり嫌な雰囲気もないが、警戒はしておくよ」

「どう、神官戦士隊は精強なの?」

「意外にやるよ。指南役もいいのが揃っているし、やる気があるしな。ただちょっと、傭兵に性質が近い。俺はそれに違和感を感じるが、傭兵の中には自分たちと近しいと見て親しくする奴もいるな」

 思わず私が睨みつけるのに、そんな顔するな、とリツが私の肩を叩く。

「例の事件のことは、誰も忘れちゃいない。過去のことにしようともしない。とにかく、今は事を荒立てるべきじゃない。ユナ、無理はするなよ」

 すでに大通りに出て、自然と馬を繋いでおいた食堂の前に来ていた。

 リーカが小走りで店に入り、馬を繋いでおいた分の料金と、スラータへ戻るまでの間の食事を買いに行った。

「髪の毛、真っ白になったんだな」

 何かを確かめるように私の頭を見てニタニタとリツが笑うので、私はちょっとムッとした顔を作って見せた。

「別に白くしたくて白くなったんじゃないんだけどね」

「分かっているよ。ちょっとからかっただけさ」

 思わずそっぽを向くと、リツが真面目な声で告げた。

「綺麗な髪じゃないか。俺は嫌いじゃないよ」

 反射的に彼の顔を見上げていたが、平然としていて、憎たらしいほどいつも通りだ。まったく、何も変わったところはない。

「どうした?」

 問いかけられても正直、困る。

 どうしたもこうしたも、まったく、こいつは……。

「なんでもない」

 ちょうど店からリーカが出てきた。包みを抱えているから、食料も手に入ったのだろう。

「じゃ、私は行くから。リツ、くれぐれも気をつけてね」

 何気なくそう言葉にしていたが、リツは笑っている。

「気をつけるも何も、俺たちは傭兵で、戦場で生きているんだから危険しかないな」

「くだらないことで失敗しないように、ってこと」

「了解、了解。そっちもな。気をつけてやってくれ、ユナ隊長」

 私がムスッとしているのに対し、リツは明るい表情をしている。

 ただ一瞬、両者が真面目な顔になり、強く掌を打ち合わせた。

「またな、ユナ」

「うん、また、リツ」

 彼は背中を向けると、そのまま振り向くことなく去って行った。何か用事があるのだろうし、イリューも待っているはずだ。

「なんか、凄い人ですね、リツさんって」

 私のそばに寄ってきたリーカが感心し切った様子で言う。思わず私は顔をしかめてしまった。

「自由人でね、まぁ、気楽なのよ。ただちょっとは剣を使うし、ちょっとは周りも見えているみたいね」

「うちにスカウトすればいいじゃないですか。まぁ、武闘派ばっかりなのは変わりませんけど」

「あいつにはあいつの仲間がいるから、誘う気はない」

 答えながら、どこかで私も人類を守り隊に入る可能性があったのか、ということが思考の隅でぐるぐると巡っていた。

 あったかもしれないけど、今は少しもない可能性だった。

 今は部下を持つ身で、指揮する身で、責任を負っている。

 今更それを放り出すことは、許せなかった。私が私自身を許せない。

「ほら、行きましょう。精霊教会の野郎どもが何をしているかはわからないから」

「なんか、今回はほとんど無駄足でしたね。リツさんに会えたのは良かったですけど」

「そういう冗談を言っている暇があるなら、どうやって精霊教会を黙らせるか、有効な意見を考えて言葉にしなさい」

 馬を引いて拠点を抜け、素早く騎乗すると私たちは駆け出した。

 無駄足か。確かにそうかもしれない。

 しかし、精霊教会が組織ぐるみか、そうでなければ、ルッツェ教区では何らかの不正を行っている。不正でなければ、事実を隠蔽している。

 それがわかれば、どこかで何かを引きずり出せるかもしれない。

 神鉄騎士団の本部に頼る部分も大きいが、私に何ができるか、考えるとしよう。

 太陽はあっという間に低い位置に来ていた。



(続く)

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