4-25 夢の中にしかない
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向かい合って、思わず笑っていた。
「いつの間にか大きなったね」
そう言うと、まあな、とリツも笑みを見せる。
前は私とそれほど変わらなかった背丈が、今ではもう私の頭が彼の肩くらいで、彼は十分に長身と言える。
「そんな立派な具足と剣を揃えるなんて、だいぶ儲かっているようだし」
「全部、出世払いだよ。あとは、まぁ、善意の寄付というか」
寄付、というのが何を意味するのか、と思っていると、横合いから歩いてくる男がいる。こちらもリツと同じほど長身で、驚くべき美貌で女性かと思うが男性だ。
彼、イリューも私に気づいた。
「例の小娘か。生きていたようだな」
「お久しぶりです、イリューさん」
イリューはどういうわけか、手に揚げ物の入った包みを持っており、手づかみで食べていた。
いったいここで何をしているんだろう?
そう思った私の心の内を読んだように「ちょっとした買い出しなんだよ」とリツが言った。そして彼がイリューに何かを言おうとしたが、亜人は「私一人で買い物ができないわけがあるまい」と憮然と言った。
「じゃあ、イリュー、俺はちょっとユナと話してから戻るよ」
「勝手にしろ」
イリューは挨拶もなく背を向けて歩き去った。
「まあ、ちょっとは馴染んできたけど、まだつっけんどんなんだよ、あの人は」
そんなことをリツは言うけど、私からすれば前よりも馴染みすぎるほどに馴染んでいる気がする。亜人があんなに親しげに人間相手に喋るのは珍しいことだ。
「食事は済んでいる? あれ? そこにいるのは、お連れの人?」
おっと、リーカのことを忘れていた。
私はリーカをリツに紹介し、リツをリーカに紹介した。
「どこかの有名な傭兵でしょうか、リツさんは」
どこか緊張した様子でリーカが確認した内容は私を笑わせてくれた。リツも笑っている。
「別に有名でもないね。ただの見掛け倒しの傭兵だよ」
「そんなことはないと思いますけど」
「装備が立派なだけだよ。じゃあ、食事に行こう。ルッツェにも良い店が増えた」
そう、昔、リツとルッツェで顔を合わせていたあの頃は、店なんてなかった。食事は食堂で食べるしかなかったのだ。
リツが案内したのは店と言っても小さな店で、ほとんどの客は通りに出された卓に向かっている。
店内に声をかけたリツが戻ってきて、空いている椅子に腰掛けた。隣にリーカ、向かいに私である。
「神鉄騎士団は人材が豊富みたいだな」
時間潰しだろう、リツがリーカを眺めながらそんなことをいうと「そんなことありません」とリーカがしどろもどろで応じる。
「これでも後方を任せる人間が少なくて困っているのよ。うちは戦いが好きな奴ばっかりで」
私が冗談にすると、リツは顎を撫でている。
「大所帯だから、仕方ないんじゃないかな。うちなんて、自分の面倒を自分で見ているよ。まぁ、いろんな伝手があるけどね」
「まだ人類を守り隊にいるんだよね。イリューさんも一緒だったし」
そうそう、とリツが軽く頷く。
「大抵、イリューと一緒に動いているかな。いろんなところでちょっとした手伝いをする。それで日銭を稼いでいる感じだよ。だから本当のところ、武装を整えた時の借金がすごいことになっている」
「なんで剣を三本も背負っているわけ?」
よく見れば腰に刀も帯びている。四本の刃物を同時に使うことはできないだろう。そんな技は聞いたこともない。
「一応ね、これでもファクトを使うようになったから、武器は予備が必要で」
「ファクト? えーっと、リライトだっけ? 違った?」
「違わないよ。リライトというファクトだ」
何も知らないリーカが困惑している。質問しないのはさすがにリーカに常識があるからで、本来的にファクトについてつまびらかにするものは少ない。
「使いこなせるようになったの?」
「そこそこにね」
「例の、拳を強化するみたいに?」
きょとんとした顔になり、魔獣を殴った時の、と私が補足すると、やっとリツにもわかったようだ。
「拳を強化したんじゃないんだけど、まぁ、あんな感じだね」
「例えば、剣で魔獣を倒せるようになったの?」
「もちろん」
今度はリーカがきょとんとした顔をしていた。当たり前だ。はっきり言って何も知らなければ意味不明な会話である。
そこへ料理が運ばれてきて、それは大きな土鍋で、卓の上で蓋が開かれると美味そうな匂いが広がった。豚肉と鶏肉、あとは野菜が煮込まれているようだ。
さ、食おう、とリツが菜箸を手に取り、素早くリーカの分、私の分と取り分けた。
豚肉は薄く切られていて、鶏肉は小さな塊になっている。
食べながら私はリツに、ジュンのことを確認するべきか、ちょっと考えた。
傭兵をやっていれば死ぬ者もいるし、大怪我で再起不能になる者もいる。もちろん、引退するものも。
オー老人のことも気になる。
あの頃、ほんの数年前の一時が、私の中ではどうやら特別らしかった。
けど結局、何も聞くことはできなかった。料理はびっくりするほど美味しく、それを台無しにしたくなかった、と言えればいいけど、実際には私は怖かったんだと思う。
あの時間、あの時代が完全に失われたことを、私はまだどこかで受け入れきれていないのだ。
またあの輝きが戻ってくると信じたかった。
どんな形にせよ。
夢の中にしかないとしても、現実になると信じたい。
食事の間は、ここ最近のルスター王国領内の戦場の状態の話題が多かった。とりあえずのところ人間たちが後退する理由はないようだけど、魔物が後退する理由もないだろう。
「魔物っていうのは、やっぱり普通じゃないよな。仲間が死んで、隣の奴が死んでも、まっすぐに向かってくる。知能がないわけじゃないのに、感情はない。何かが不自然だ」
そうリツが言うと、「人間とは違いますから」とリーカが当たり前のことを口にする。
「ま、人間ではない敵、理解不能な敵じゃないと、こちらもやりづらいとは思うけどな。さすがに人間を殺すのは気がひけるし、相手が例えば愛情とか友情とかで繋がっていると、変な表現だが、申し訳ない」
「申し訳ないって、本気ですか?」
リーカの思わずといった問いかけに、本気、本気、とリツは笑っている。
土鍋の中にはいつの間にか汁だけが残っていて、計ったように店員がやってくるとそこに焼いた石を入れ、小麦粉から作ったらしい麺を入れた。慣れた様子でリツが鍋の中を菜箸でゆっくりとかき混ぜる。石のせいで鍋の汁は自然と煮立っていた。
「これから何か、予定とかあるの? 二人は」
リツの方からそう言ってきたので、別にないよ、と答えると嬉しそうにリツが笑った。
「ちょっと稽古でもしようぜ。まぁ、食後に運動っていうのも、変な話だが」
言いながらリツは煮えた麺を私たちの器に移動させ始めた。
稽古か。
懐かしい響きに、少し心が解けた気がした。
(続く)




