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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第四部 地獄に向かい、地獄に消える
153/213

4-24 地獄を見たもの

      ◆



 ルッツェはやはり立派になった。

 建物が並び、幕舎は減っている。建物も当初は倉庫くらいだったものが、商店さえもある。

 私とリーカは真っ先に精霊教会のルッツェ支部に乗り込んだ。

 この建物も腹が立つほど立派だった。二階建てで、さまざまな意匠が凝らされ、金がかかっている。神だか精霊の威光を形にしているつもりかもしれない。

 入り口にいた受付の女性、尼僧服を着ている中年女性が「こんにちは、どのような御用件でしょうか」と進み出てきた。

 私は自分の服を摘んで見せる。

「傭兵が信仰に目覚めたように見える?」

 女性はぽかんとしてから、何か言おうとしたようだが、私はそれを言わせなかった。

「ルティア・シルバウムに用があって来たのよ。戦場から、直接」

 はあ、というのが返事で、構っているのも時間の無駄なので、私は彼女の横をすり抜けた。お待ちを、などと止めてくるが振り払った。

 建物の玄関を入った広間にはほとんど人がいなかったが、私たちの喧騒を聞きつけてだろう、武装した白い外套が数人で、歩み寄ってくる。

「ルティア司祭に精霊教会の犯罪行為を問いただしに来た、神鉄騎士団のユナだ!」

 私は腹の底から声を出した。壁が震えるほどの大声は、出すと気持ちがいい。

「戦場において、

精霊教会の配下の者が、傭兵や兵士の物資を破却する蛮行を起こしたのはご存知か! これは傭兵に対する害に留まらず、ルスター王国、あるいは全人類への害と思うが、いかがか!」

 さすがに神官戦士たちが黙っていなかった。

 数は八人、それが一斉に押し寄せてくる。

 風が私の周囲を吹き荒れた。

 長柄の戦鎚を振り回しながら、リーカが彼らを遠ざける。しかしさすがに八人ともが、剣を鞘から抜いた。

 一触即発だ。

 まぁ、構うことはない。

「ルティア司祭! 精霊教会の誠意を見せるなら、話を聞かせていただこう!」

 八人が間合いを計り、隙を伺う。

 それに対して、リーカは素早く目を配り、私は泰然と槍を手に立っていた。

「ルティア司祭!」

「上がってこられよ」

 声と同時に、吹き抜けの上に進み出た男がいる。

 見上げる私の視線と、彼の視線がぶつかった。

 見覚えのある顔だ。あれはまだ、コルト隊が輝きの中にいた時の記憶だ。

「では、話を聞かせもらおう」

 私は堂々と階段へ歩を進め、神官戦士たちは距離を取った。リーカも背中に戦鎚を背負い、私に続く。

 二階の一室に通され、しかし立派な部屋ではない。狭く感じるのは、壁一面の本棚が天井近くまでぎっしりと書籍で埋まっているせいだろう。

 椅子に腰掛けて、悠然と司祭を示す帯を肩にかけた男がこちらを見た。

「神鉄騎士団のユナ、というのは、あのユナかな。コルト隊の後継の隊長の」

 なるほど、挑戦的だ。傲岸不遜を体現しているらしい。

「あんたたちのくだらないお遊びで全滅した、あのコルト隊のね」

 私が言い返すと、男はゆっくりと必要以上にノロノロと頷いた。それも挑発かもしれない。

「私のことを知っているようだが、どこかで会ったかな」

 視線がぶつかる。何も読み取らせないし、読み取れないが、駆け引きをしたいことはわかる。

「どこかで出くわした気もするけど、今は関係ない。そちらの信徒隊の一部が物資を焼却した、と証言している。その隊を率いているのはソニラという助祭で、あなたの部下でしょう。ただ、どういうわけか、あなたたちは私たちが確保している当の信徒は自分たちの名簿にないと主張している。どういうことかしら」

 フゥム、とルティアが頷く。

「その報告は受けた。調べもした。やはり名簿に名前はない。傭兵が、信徒隊を騙ったんじゃないかな」

「傭兵だって名簿くらい作るわ。調べてもいいけど、どこの傭兵隊もその二人を雇ったり、戦場に配置した記録を持っていないでしょう」

「では、流れの傭兵で、自暴自棄になったのでは? 何せ戦場は魔物が溢れ、人が死に、つまり、まともじゃない」

 リーカが何かを口走りそうになったが、私はそれを身振りで制した。

「あなたは戦場にいた経験があるのよね。だから司祭などという地位にいる。そうでしょう」

「あの悲惨さは筆舌に尽くしがたい。まぁ、コルト隊の生き残りなら、ご存知だろうが。本当に酷い、凄惨な戦場にいたはずですからね」

「それはあなたもでしょう。魔物と一緒くたに、傭兵たちに蹂躙されたあなたですから」

 沈黙。

 ルティアは私を見ている。私も彼を見ている。

 駆け引きではなく、探り合いでもなく、純粋な殺意がこの時は交換されていた。

 間違いなくこの男がコルトたちを罠にはめた。

 そして傭兵は、この男にしたたかな仕返しをして、間違いなくこの男は傭兵を憎んでいる。

 どこまでいっても妥協点はない。

 どこまでいっても、代償はない。

「行きましょう」

 私は身を翻し、リーカは私を睨んでいた。

 部屋を出る寸前に、私は足を止めた。肩越しに振り返ると、まだルティアは私を見ていた。

「戦場で待っていますから、お好きな時に、お好きなように、なさりたいことをなさればいい、司祭さん」

「肝に銘じておこう。そして私からは、気を抜かないほうがいい、と助言しておく」

 そりゃどうも、と私は今度こそ部屋を出た。

 吹き抜けから階段を下りていく時、その階段の下の広間で白い外套の男が四人ほど、こちらを睨みながら立っていた。剣は鞘の中。呑気なことだ。私を威圧したいなら、剣を抜いておくべきだ。

 何も起きないまま、私とリーカはその四人の間を平然と抜けて、外へ出た。

 昼過ぎだ。今から南へ戻っても、スラータへ戻ると深夜になりそうだ。

「どこかで何か食べて行きましょう」

 リーカにそう言おうと振り返る途中で、何かが視界の端を掠めた。

 そちらに視線を向け直すと、相手も動きを止めてこちらを見ていた。

 黒と銀の具足をまとっていて、背中には三本の剣という目立つ装備をしている。

 上背があり、髪の毛は長くしてひとつに結んでいた。

 視線がぶつかり、お互いに目を丸くしていた。

「リツ?」

「ユナ?」

 声がすれ違い、お互いに一歩を踏み出していた。



(続く)

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