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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第四部 地獄に向かい、地獄に消える
151/213

4-22 裏をかく

      ◆



 目を白黒させるソニラの前で、荷箱は掘り出され、中身が確認された。

「まあ、三日はいけやすね」

 近づいてきたファドゥーがそう言って、ちょっと笑みを見せる。それから「精霊教会の世話にならねえで済む」と声をかけたが、声を向けられたソニラは事実が理解できないようだった。

 私の指示で、ユナ隊の物資の一部を地中に埋めておいたのだった。念のためだったが、精霊教会はこちらの物資をあらかた奪い尽くしたので、この保険が役に立った。

 もちろん、こんなことをしないで済めば一番いいのだけど。

「というわけで、精霊教会の助けははいりません」

 理解が追いつかないソニラは、何度か頷くと「もしもの時は援助しますので」などと言って去って行った。

 神鉄騎士団の炊き出しが始まり、物資の見張りを増やすことにした。実はまだいくつかの荷箱が埋めてあるのだけど、それは隠しておきたい。信徒隊が取りうる選択肢は二つで、一つはおとなしくしているか、もう一つは物資を今度こそ根こそぎにするか、だ。

 どう考えても前者の方が危険は少ない。だが、後者が成功すれば状況は圧倒的に有利になる。

 私としては神鉄騎士団の物資が正体不明の何者かに繰り返し奪われた、という悪い評判を立てられたくないところで、つまり信徒隊が物資を奪うことは、ただ傭兵が飢える以上に、ユナ隊、もしくは神鉄騎士団のメンツに関わる。

 ややこしいこと、と思わず呟かずにはいられなかった。

 それから私は口の堅いメンバーで、半日以上を拘束されていた男の尋問をした。こいつはちょっと趣向を変えてずっと目隠ししておいたので、不憫なことに自分が置かれた状態を全く認識できず、このまま魔物に食べさせてもいい、と言ってやると、みっともないことに失禁した。

 聞き出せた内容はやはり信徒隊の一員で、ソニラが糸を引いている、ということだった。

 念を入れて喋らせたが、やはり証拠はなく、証言だけしか手に入らない。

 その男も袋に入れさせ、すでに明日にはやってくる交代の隊の荷馬車に載せることにした。

 ユナ隊の面々が休んでいる地区へ行くと、ファドゥーが俯いていた顔をゆっくりと上げた。

「私も一度、後方へ下がるわ」

「それがいい。ボスは働きすぎっすよ」

「問題が大きすぎるのよ。あの精霊教会の陰謀好きどもが好き勝手をするから私が忙しくなる」

「ボスも大概、陰謀好きに見えやすが」

 そうかな。あまり自分では意識していないけど、もしかして物資を秘密裏に隠して、ソニラの裏をかいたことを言っているんだろうか。

 それから二度の戦闘の後、休息を終えた隊が戻ってきた。連れてきたのはカリルだった。

「何やら問題があったようですね、隊長」

 傭兵の最後に降りてきて、戦いに疲れた気配の傭兵が荷馬車に乗っていくのを見ながら、カリルが声をひそめる。

「問題も何も、精霊教会の妨害が酷い。連中はここを人間同士の闘争の場にしたいらしい」

「それで隊長は、舞台を魔物との戦場ではなく人間の世界に移したい、ということですね」

「まあね。兵士や傭兵が迷惑を被るのは無駄なことよ」

 そうでしょうね、とカリルは真剣に頷いた。

「とりあえず、ここはファドゥーとあなたでどうにか押さえておいて。物資を奪われないようにして。あとは細かな犯罪も起こるかも。信徒隊は本人たちの意思が奪われていて、それもあって恐慌状態に陥る場面が多い」

「できる限りは助けます」

「なんとかうまく彼らの心理的呪縛を解いてやって。もし余裕があればだけど、うちに引っ張ってもいい」

 カリルが目を丸くする。私もわざと目を丸くしてやった。

「まさか隊長、彼らを部下にするのですか」

「それこそまさかよ。後方で、安全な仕事がいくらでもある。神鉄騎士団にも人は必要だし、私にも人は必要なのよ。リーカもあなたも、ファドゥーだって、戦闘の方が好きでしょう。文官という奴が一人か二人は欲しいかな」

「そういうことですか。なら、様子を見てみます」

「何が起こるかわからないし、連絡もそう頻繁にはできないでしょう。あなたの即興の脚本に頼って、悪いわね」

 お構いなく、とカリルは穏やかに笑っていた。

 荷馬車に全員が乗ったと声がかけられ、私はカリルに念を押して荷馬車に飛び乗った。

 春の気配が微塵もなく戦場を離れ、徐々にその華やかさ、和らいだ空気が周囲を包み始める。

 スラータに着くまでに数日を要し、到着してから、こそこそと袋に放り込まれていた二人の捕虜を荷馬車から下ろした。異臭がしているのは、移動の間、彼らをずっと袋に入れっぱなしにしたからだ。

 こういうのを捕虜の虐待というのだろうけど、もはや手段が選べなかった。

 償いでもないが、袋から半死半生で出てきた二人は、川に連れて行って全身を洗わせ、ついでに髪の毛を全部剃り落とした。これでちょっと人相が変わる。伸び放題の髭はそのままにした。

 これで昔の馴染みに露見しないといいのだけど。

 二人の男が清潔な着物を着せられて、私とリーカの前に連れてこられた時、そっとリーカが耳打ちした。

「体つきからして、戦士ではありません」

 私は黙って頷いた。

 それから私は二人から改めて話を聞き、それをリーカが紙に書き付けた。精霊教会の現地指揮官であるソニラの指示で物資を奪い、魔物の死体を焼くのに混ぜて燃やしたことを二人は認めた。

 書類が出来上がり、私は二人に署名させ、血判も押させた。二人が自分の名前を書いたその筆致があまりにもガタガタで、まともな教育を受けていないのがわかり、虚しくなった。

 二人は軟禁することにして、外部との接触を厳密に禁止した。横槍を入れられるのは好ましくない。

 私は作った書類の一部を神鉄騎士団の本隊に送る手続きをした。書類は全部で三部が作られ、神鉄騎士団、私が一部ずつは保管する。

 三つ目の書類を手に、私は、スラータにある精霊教会の支部に顔を出した。

 後方なので、武装しているものはいない。僧服を着ているものが何がそんなに忙しいのか、慌ただしくしている。小さな幕舎だが、そばには簡単な作りの倉庫もあり、どうやらそこにある物資の在庫管理が忙しいようだ。

 何人かは私とリーカに気づいたようだが、声をかけてくることがない。

 あまりにも無礼で、なるほど、精霊教会の腐りっぷりがわかるというものだ。

 私は奥に入っていき、この段になってさすがに止めようとする者もいたが、突き飛ばして幕舎の一番奥の大きな机に向かっている男の前に立った。

 その男は白い外套を着ているが、顎の下には肉がたるみ、全体的に弛緩していた。

 戦場なら魔物が喜んで味わって食べるような、格好の餌という感じ。

「そちらさんが、責任者?」

「助祭のハンマと言うものですが、あなたは、どちらの傭兵ですかな」

 声がどこか甘ったるく、気色が悪いったらない。

 私は彼に「こういう事実があるのですが」と持っていた書類を差し出した。

 さすがにソニラほどの頑丈は笑顔はこの男にはないようで、不審そうに書類を受け取り、目を通し始めた。

 その目が細くなり、少しだけ豊かな頬から血の気が引いた。



(続く)

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