4-21 始末
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傭兵たちが口々に、ここに転がされている三人が物資を盗んでいた、と喚くと、ソニラはちっとも迷惑そうな顔をせず、ニコニコと周りを見回し、「どうすれば良いかな」などと言っている。
ここで傭兵が激昂するとややこしい。
「首をはねりゃいいかもしれねえな」
ピタリと、場が静まり返った。
言ったのはファドゥーで、特に大きな声でもなかったが、冷ややかで、凍えるような声にさすがの傭兵も息を飲んでいた。
「罰は受けさせなくてはなりませんね、ファドゥーさん」
笑顔を少しも変えないまま、ソニラが腐臭のする言葉を口にする。
いいや、とファドゥーも笑みを見せた。
「あんたの首をはねりゃいい、と俺は言っているんすよ、助祭殿」
「は? 何故、そのようなことをお考えになる?」
いきなりファドゥーが屈み込んだ。
倒れている三人は猿轡を咬まされていたが、ファドゥーの短剣がそれを切り落とす。
本当に一瞬の出来事だった。
人垣から飛び出したのは全部で六人の男たちで、全員が剣を抜いていた。正確には、飛び出したところで抜いたのだ。
その切っ先が倒れている男たちをえぐった時、光が瞬き、そして私の槍が翻り、不愉快なことにソニラの剣も走っていた。
倒れたのはやはり六人で、三人はファドゥーのファクトで輪切りにされ、二人は私が倒していた。一人はソニラの剣が首筋を断ち切って、今も倒れた体の下に赤い水たまりが広がっていく。
問題は、拘束された三人もまた、瀕死ということだ。
「今度こそ説明していただけますね? ソニラさん」
私がため息まじりに問いかけても、この助祭は平然としていた。
周囲にいる傭兵たちは突然のことに武器こそ構えているが、誰がどういう立場か、自分がどういう動きをすればいいか、迷っているようだ。
その傭兵たちを自分の側へなびかせるように、ソニラが言う。
「そこに倒れている六人は、信徒隊の一員です。残念ながら先の三人も信徒隊の一員ですから、信徒隊の中で何か、犯罪行為があったのでしょう。三人から真実が漏れるのをきらって六人は襲いかかり、そしてこうして、死んだ」
「不愉快なこと。片付けてやって」
私の言葉に進み出てきたユナ隊の面々が、九人分の体を片付け始めた。ソニラは何も言わない。何も手がかりは残していない、ということか。
片付けられていく様を見ながら、私とソニラは型通りの真相の究明に関するやりとりをして、結局、ソニラが信徒隊の中で調査を行い、物資の行方不明に関しては責任を持つ、と表明した。
不愉快なほどの予定調和だった。
「しかし物資がないとなると、困ったことになりますね、ユナさん」
ソニラの笑みには、ずる賢いものがある。
これで私たちから物資を奪い、実行役を死なせることで口を封じ、結局、私たちは飢えるか、飢えたくなければ精霊教会に借りを作らないといけない、となったわけだ。
「どうでしょうか、必要なら我々が物資を手配致しますが。今回の件には我々にも落ち度があります。信徒隊に犯罪行為を働く者がいるのには、忸怩たる思いです。これは本心です。どうか、ご容赦を」
いけしゃあしゃあと、よく回る舌だこと。
「ま、一晩、考えさえてもらいましょう」
私はそう言って、集まっている傭兵たちを解散させた。
鉦が鳴らされるまではもう少しある。
神鉄騎士団に当てられた区画に行くと、傭兵たちがニヤニヤと笑っていた。
「さすがに隊長は演技がうまい」
「褒めても何も出ないよ」
地面に転がされている男は、本当の恐怖に顔を歪めていた。全身が赤く染まっているのは、まさに頭から血をかぶったせいだが、それもそうだ、惨殺死体と一緒くたに運ばれたのだから必然である。
さぞ、不快だっただろう。
猿轡のせいで声は発せられないが、呻きも喚きもしないということは、短い時間にうちの隊員にだいぶ恫喝されたと見える。涙の痕跡があるが、すでに枯れきったとようでもう涙は流していない。
「他の奴は?」
「いえ、死んでいます」
答えたのは私の横にいる隊員だが、転がっている男に見えない位置で、別の隊員が身振りで「もう一人も生きています」と伝えてきた。
あの三人を六人が襲った時、私はファドゥーが派手に三人を殺すのを目くらましにして、捉えた二人を打ち倒すだけで済ませておいた。さすがにソニラも実際を把握することはできなかったようだ。
一人はどうしても間に合わないので、犠牲にしてしまった。歯がゆいが、完全など現実には存在しない。
私は槍を地面に突き立て、腰から剣を抜くと、哀れな男のそばに屈み込んだ。
「喚けば殺す、叫んでも殺す。お前は一度、死んでいるのだから、別にこちらとしても構いはしない」
できるだけ怖く聞こえるように言ってやったが、周りにいる傭兵たちの一部が本気で嫌そうな顔をしていた。私を軽蔑しないで欲しい。本気で言っているわけじゃない、そういう演技だから。
果たして、男はカクカクと頷いた。
私はさっと猿轡を切ってやるが、同時に男の頬も浅く切っておいた。さすがに悲鳴をあげそうになるのを、ぐっと口元を押さえてやる。さすがに男はわめいていたが、動きがこわばり、眼球がこぼれ落ちそうなほど両目を見開いて、こちらを見た。
「喚けば殺す、叫んでも殺す、そう言ったはずだ」
男は何度も頷いた。
「静かにしていなさいね」
私が手を離すと、男はすすり泣きながら、「話す、話す」と繰り返した。
こうして私たちは信徒隊における陰謀のおおよそを把握することができた。ソニラが指示を出して物資を盗ませ、秘密裏に破棄し、そうして傭兵たちにつけ入って物資のやりとりという形で関係を強要したのである。
その男は信徒隊の証の腕章はないし、身分証も持っていなかった。ソニラは当たり前の判断はできるようで、指示書なども出していない。どれだけ探っても、手に入るのは証言だけである。
男が全部を喋ったことで落ち着きを取り戻し、次にはソニラがやってくるのではと怯え出し、今にも暴れそうになった。当て身で昏倒させることになったのは不幸なすれ違いだが、命がなくなるよりかはマシと思ってもらうとしよう。
「次の交代は明後日ですが、都合がいいことっすね」
ファドゥーが近づいてくる。私は肩をすくめてみせるしかなかった。これからもう一人を取り調べるのは面倒だし、疲れる。時間からすれば、取り調べは戦闘をこなしてからになりそうだ。
「絶対に他所に見えないように、拘束しておいて」
私が指示を出すと、数人の傭兵が意識のない男を袋に押し込め、どこかへ運んで行った。
「死なせちゃだめよ」
思わず声をかけていた。
死にたくなるほど怯えさせた私が言うことじゃないか。
それから戦闘の順番が来て、戦いが終わるともう日も暮れていた。
夕食の炊き出しが行われており、私たちが戻ると、ソニラが待ち構えていた。
「物資をお譲りしようと、お待ちしていました」
私は彼に笑みを見せてやった。これだけの気力を戦闘の間にも残しておいたのだから、誰か、私を褒めて欲しい。
「強がりなど言わず、ぜひ、お納め下さい」
「いや、物資は足りている」
私の言葉に、ソニラが不審げな顔になる。
それもそうだ。彼の手配で、私たちの物資はもうほとんど残っていないように、奪われ、焼かれたはずなのだ。
さすがのソニラも、言葉に迷ったようだ。まさか自分がユナ隊の物資の状態について詳細に把握しているとは言えないし、口が裂けても、物資は破棄したはず、とも言えない。
「みんな、食事にしましょう」
私が言うと、傭兵たちが返事をして、しかし武器を置くのではなく、手に取り直した。
何か勘違いしたらしいソニラが怯えた表情を見せ、次に、傭兵たちが何か声を掛け合い、地面を掘り始めたのには困惑し始めた。
私は突っ立って様子を見ていた。
地面から物資の入った荷箱が掘り出されていく様を。
(続く)




