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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第一部 彼の別れと再会
15/213

1-15 悪夢


      ◆



 急に意識が覚醒した。

 目の前には、光。ぼやけている。違う、吹雪だ。

 俺はどこにいる?

 寝かされている。

 上には、岩。張り出していて、屋根のようになっている。

(起きたか)

 低い声のようだが、声ではない。幾重にも反響した、風の唸りのようだった。

 首をひねり、上体を起こそうとして、今度こそ俺は絶句した。

 そこにいるのは、巨人だった。

 巨人という生物は、おとぎ話で聞いていた。

 大きさは家よりも巨大で、その体は岩石や鉱石でできているという話だった。

 目の前にいるのは、その巨人としか思えなかった。

 赤茶色の岩石の塊に見えるが、手足があり、今は足を畳み、腕を組んでこちらに顔のような部分を向けている。

 顔のような、と表現するしかないのは、のっぺらぼうだからだ。

 座ってかがんでいるはずの巨人ののっぺらぼうの顔の頭は、俺の身長の三倍くらいの高さにある。

 逃げなくては。

 反射的にそう思ったが、後ろへ這うしかない。足に力が入らない。腰が抜けたか。

 岩同士が擦れ合う音がして、組まれていた腕が解け、その巨大すぎる手がこちらに伸びてくる。指の一本が俺の胴体の太さくらいあるのは、自然、恐怖を呼び起こした。

 に、握り潰される!

 剣は。

 ない。

 そうか、雪崩で、手からもぎ取られた。

 短剣は、短剣は、ある。

 反射的に引き抜いた。

 岩の塊のような手がすぐそこ。

 短剣に数字が重なって見えた。

 数字は十五。もっと大きく。一〇〇、いや、二〇〇、いや、いや。

 どうとでもなれ。

 二〇〇〇だ!

 数字がめまぐるしく変わり、一九九〇まで上る。

 その時には俺の体は岩の五指に包まれかけていた。

 短剣を本能的に、その人差し指に叩きつけた。

 爆発が起きた。

 そう、爆発だ。

 何かが耳元をかすめて飛び去っていく。

(やるな)

 巨人の響くような複雑な声。

 人差し指はえぐれている。えぐれているが、吹き飛んではいない。

 一方、俺の手元にあった短剣は刃が根元から砕け散っていて、そして、手の中で塵になって柄さえもがバラバラに消えた。

 俺はついに岩の指に捕まえられて、軽々と持ち上げられた。

 死んだ。

 殺される。

(奇妙な技を使うものだな、少年)

 巨人の頭の前に持ち上げられる。殺される。

 岩の中に六つの光る宝石が見えた。のっぺらぼうではなかった。ギラギラと輝く粒自体が光を放っているのが理解できたが、しかしそれで絶望がどうなるものでもない。

 ぎりっと締め上げられ、息が止まる。内臓が全部、口から出そうだ。

(名は?)

 問いかけられても、答えられるか。

 息ができないんだぞ。

(言え。名は)

 ヤケクソだった。最後の息で「リツ」とだけ言ったが、それがために肺の中から空気はなくなり、俺は昏倒したのだった。

 昏倒した、その次には夢を見ていた。見ていたが、俺は一人きりで、周囲は何も見えず、まあ、昏倒した後に内臓を撒き散らしてすり潰されるなら、苦しくなくていいか、と思っていた。

 生きながらに潰されるのは、きっと痛いだろうし、苦しだろうし、正気でもいられないだろう。

 もっとも、すぐに死ぬのなら正気じゃなくなってもいいはずだが。

 そこまで考えたところで、体が揺れた。

 揺れた?

 急に意識が戻った。

 俺はやっぱり寝ていて、上には張り出した岩盤があり、視線を横へ向けると吹雪が何もかもを覆い隠している。

 そして巨人はいない。

 なんだ、全ては夢か。

 そう思った時、また地面が揺れた。もう一度、さらにもう一度、と繰り返され、しかも近づいてくる。

 最悪だ、夢じゃない。

 これは、足音だ。

 起き上がろうとしたが、全身が痛む。雪崩だけのせいではないだろう。つまり、俺は巨人に握り潰されなかったものの、その寸前まで行って、なぜか巨人はそれをやめた。

 やめてどうする?

 吹雪の中から、ぬっと巨体が現れ、身をかがめて岩盤の下へ入ってきた。頭がつかえて、岩盤と擦れて岩のかけらが落ちた。巨人も怖いが、それよりも何かの拍子に張り出した岩が崩落すると俺が死ぬ。

 巨人など、岩に埋まっても死にはしないだろう。

 巨人の頭がこちらを見る。宝石が光っている。

(これを食え)

 その言葉の後、目の前に何かが押し寄せてきた。巨人の手が押し出したのだが、最初、それが巨大すぎて何かわからなかった。

 何かの木なのだが、冬のせいか葉は一枚もない。長くて太い幹ごと根っこが引っこ抜かれていて、その根にいくつもの膨らみがあるのが見えた。一つひとつが俺の頭くらいはあるだろう。

 唖然としている俺に巨人が首を傾げる。

(食え。腹が減っているだろう)

 食えも何も、食べられる根っこなのか知らないし、生で食べられるかも知らない。何より土まみれで、洗ってあるわけでもない。

「あ、ありがとう」

 そう言って俺はとりあえず立とうとしたが、足が動かなかった。

 やっと理解が及んだ。

 腰が抜けているんじゃない。

 動かそうとすると背筋を痺れが走り、それが一気に電流のように足先まで走っていく。痛みだけは強すぎるほど強いのに、感覚は曖昧で、力など少しも入らない。

 みっともなく悲鳴をあげる俺に、巨人はじっと視線を注いでいる。

 起き上がれない、でも、どうしてだ?

 記憶を遡ると、巨人と邂逅する前、雪崩に巻き込まれた時、背中を強打した。

 あれで体が壊れたか。

 医学の知識はないが、背筋を走っている太い骨を痛めると、手足に痺れが出たり、動かなくなったりするのはわかっている。

 こんなところで動けないとは。

 起き上がれない俺に気付いたらしい巨人が、手を伸ばしてきた。

 逃げることもできない。

 ゴツゴツとした岩が俺の体に触れる。

(私の指に傷をつけた)

 感情を読み取りづらい巨人の発音に、どこか柔らかいものがあった気がしたのは、気のせいだっただろうか。

(それを認めてやろう)

 その声の後、俺はいきなり全身が硬直し、一瞬の後には肉という肉、骨という骨、血管という血管、神経という神経、何もかもが爆発したような痛みに、完全に意識を失っていた。

 もう何度目かの気絶かは、わからなかった。



(続く)

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