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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第四部 地獄に向かい、地獄に消える
147/213

4-18 信徒隊

      ◆



 信徒の兵隊がやってきた。

 武装は統一されていないどころではない。どこで手に入れたのか、怪しまずにはいられないほどの骨董品の剣があったり、具足をつけていないものもいる。年齢も決して若くはない。もちろん、十代のようなひょろひょろしたものもいるが、明らかに老境に差し掛かっているものが目立つ。

 共通しているのは、全員が左腕に精霊教会の紋章が染められた腕章をつけていることだ。

「自殺志願者の集団にしか見えやせんね」

 ちょうど私と一緒にいたファドゥーの感想は、誰もが抱く感想だっただろう。

 指揮しているのは白い外套を着ている若い男で、その装束に私ははっきり言って頭の血管が切れそうなほどだったが、どうにか冷静になろうとした。

 カンランがやってきて、その不愉快な白い外套の奴と話してから、周囲を見回して私に目を留めた。手招きしている。

「呼ばれてやすよ、ボス」

「代わりにあなたに行って欲しいのだけど」

「責任者はボスですから」

 ファドゥーに悪意はないようだが、まさに責任者、隊長である自分が恨めしい。

 仕方なく歩み寄ると、自然と自己紹介になった。

「ソニラ・ハザーランと言います。精霊教会の助祭です」

 白外套の奴、ソニラは何も知らない様子で会釈して、手を差し出してきた。

 私は堂々と無視した。

「何をさせるために彼らを連れてきたわけ? 精霊教会は神だか精霊だかに人間の命を献上するつもり?」

 ニコニコとソニラは笑っている。

「この世界から魔物を駆逐するのが神と精霊の求めるところなら、魔物を倒すために命を落とすのも神と精霊の思し召しです」

 全く意味不明な理屈だった。

 勝手にしなさい、と私はソニラとカンランに背を向けようとしたが、話は終わっていない、とカンランが引き止めた。

 この不愉快な場に一秒もいたくないのだけど。

 自分が責任者、と言い聞かせて、向き直った。

「とにかく、信徒隊に戦闘とは何かを教えなくてはならん。それは全体で行うが、ソニラ殿は戦場で指揮をとった経験が浅いとのことだ。ユナ、お前の隊が様子を見ていてくれ」

 まじまじと当のソニラの方を見てしまったが、彼は満面の笑みのままだ。

 くそったれめ、何がおかしい。ここは戦場だぞ。

「出来る限り努力します」

「あまり死なせたくはない」

 そのカンランの言葉に、思わず奥歯を噛み砕きそうになった。噛み締めた歯が軋み、私は二人を睨みつけて今度こそその場を離れた。

 出来るだけ距離を取ろうと歩いていくところへ、ファドゥーがついてきて、横に並んだ。

「その様子だど、俺らであの観光客の案内をしろってことっすか」

「それもあの世に入り込まないように、ちゃんと案内しろってさ」

「そりゃ無理っすよ」

 無理でもやるしかなかった。

 幸か不幸か、この戦場には休戦というものがない。緩急はあるものの魔物はひっきりなしにやってきて、守備隊は言ってみれば魔物の群れに半包囲されている。それを他の基地との連携で孤立しないようにしているわけだ。

 実戦はすぐだ。

 その実戦で周囲の傭兵どころか兵士さえも見物する中、信徒隊は魔物の前に引っ張り出され、仲間が一人、無残に食い殺されたところで、あっさりと精神的均衡を失い、混乱し、勝手に戦線を離れた。

「こりゃ何かのコントですかね、ボス」

 短剣とその先の光の鞭で魔物を切り刻みながら、イレイズのファクトで魔物を次々と消し飛ばす私にファドゥーが声をかけてくる。

 信徒隊が犯した常識はずれの戦場の放棄を、二人を中心にユナ隊で必死にフォローしているのはもはや滑稽だった。

 後方で何があったかを知る前に、私と部下たちは獅子奮迅、余計な仕事を必死にこなし、どうにか戦場を落ち着かせ、今回も基地を守り抜いて、土塁の陰に滑り込んだ。

「失礼しました、ユナさん」

 歩み寄ってきたのはソニラで、私が眉をひそめたのは、彼の白い外套に赤い染みが無数にあるからだ。

「そちらの素人のせいで、私たちは不愉快な立場になった」

「申し訳ありません」

「私はあなたの首を飛ばしたいのだけど?」

 本気でそう口にしたのだが、ソニラの嫌な笑い方は少しも変わらなかった。

 その笑顔のまま、彼はまるで何事でもないように平然とそれを口にした。

「神と精霊を裏切ったものは処断しましたので、次はもう少しマシでしょう」

 反射的に立ち上がって、彼を突き飛ばすと私は精霊教会の者たちに割り振られた区域を目指した。例の小さな懺悔用の幕舎のそばだ。

 それが見えた時、私は息を飲み、足を止めていた。

 人の首が槍に貫かれて、立てられている。

 残酷すぎた。

 信徒隊の者たちはそれを遠巻きにして、うつむき、真っ青な顔で震えていた。

 酷えことをする、とファドゥーがいつの間にかそばに来て言った。

 片付けましょう、と私は勝手にその槍を引き抜き、首をどうするべきか迷い、適当なところに穴を掘って埋めた。そばにいる信徒隊の男にどういう素性の人間か聞いたが、答えらしいものがなかったからだ。

 信徒隊は明らかに恐怖に支配され、縮こまっている。

 休息の間、私はあの首だけになった男のことを考えていた。

 神だの精霊だのを信じちゃいない私だけど、あの男は信じていたのだ。

 信じていたがため、ソニラなどという男に殺された?

 神か精霊に殺されればまだマシだろうが、あの名も知らない男は、人間に殺されたのだ。

 鉦が鳴り始めた。

 戦いのときだ。

 信徒隊は果敢な戦いを通り越し、無謀な戦いを始めた。

 敵から逃げれば味方に殺される。その一念で、数人が魔物の中に突出して、そのまま帰ってこなかった。

 ユナ隊に死傷者はいなかったが、ユナ隊に限らず、他の傭兵や兵士には不穏な空気が漂い始めていた。

 親しくはなくとも、同じ戦場に立つものが何の必要もなく死んでいくことは、そう簡単に認められるものではない。

 そうして、信徒隊の参戦から五日目に、信徒隊の代表と他の傭兵たちの指揮官、ルスター王国軍の指揮官が話し合うことになった。

 戦場の真っ只中で、戦闘の最中に話し合いとは、悠長なことだった。

 しかしそれでも、命が無駄になるよりかはいいと、誰もが思っていた。

 そのはずだった。




(続く)

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