4-17 厄介者
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春がやってきた時、事態には様々な着色が施されていた。
まず第一に、紺碧騎士団が再編されると告知があり、エミリタは私やカンランに礼を言って、生き残っていた兵士を連れて基地から去って行った。生き残りは二十六名。全員が瘦せこけ、まるで獣のようだったが生きていることには生きている。
第二に、亜人たちと傭兵の間で衝突があり、危うくお互いに剣を抜いての刃傷沙汰になりかけた。これにはカンラン、私、居合わせたファドゥーが必死になって止める必要があった。ファドゥーなどはレイのファクトで怒りに駆られた傭兵の耳をすっ飛ばしかけた。もうちょっと狙いが外れると頭に大穴が開いたはずだ。
この問題は基地の中でも亜人だけの地区を作ることで、形だけは収拾された。しかし傭兵たちが亜人の地区から魔物が押し寄せたらどうするか、と言い出し、火種は残っている。
神鉄騎士団の傭兵はそんなデタラメな主張もしなければ、そもそも亜人に不寛容でもないのだけれど、ユナ隊はほんの二十名しか現場におらず、それの何倍もの傭兵が守備隊として常駐しているので焼け石に水というよりなかった。
第三の問題は、私にとっては不愉快極まる、火薬庫での火遊びじみた事態だった。
精霊教会の神父が時折やってきては、兵士や傭兵と交わるようになった。精霊教会でおなじみの「告解」という奴で、自分の罪を神父の前で告白すれば救われる、という行為が頻繁に目撃されるようになった。
その時はまだ私の中の理性が容認していたが、精霊教会のための小さな幕舎が用意され、そこに兵士や傭兵が出入りし始めると、さすがに私も懸念を伝えるよりなかった。
どんな信仰を持とうが、何を信奉しようが個人の勝手だが、ここは戦場で、魔物を倒すのは神でも精霊でもなく、人間なのだ。
そしてその人間は統率され、少数で大きな威力を発揮することが求められる。
精霊教会がその統率を乱すようなことがあれば、破滅しかない。
もちろん、そういうのが当たり前の理屈だけれど、根本的には私は精霊教会をよく思っていない。よく思っていないどころか、最悪の集団だと思っている。
いくら苦情を並べても、精霊教会の神父たちは、戦場にいる信徒を精神的に支えて救うの我々の役目だ、という趣旨のことを繰り返している。
それも腹が立つ。神父どもは戦場のそばにいながら、剣を取ることはない。ただ話を聞いて、慰めてやっているだけだ。しかもいやしない神だの精霊だのをダシにして、ありもしない救いだの許しだのという言葉を使って。
ユナ隊はコルト隊の後継という立場上、精霊教会には反発が強いのだが、これも不愉快なことに神父たちはカンランを通して私たちへ釘をさしてきた。
過去の遺恨をもとに融和を乱すことは本意ではないはず。
そんな表現だったが、もしかしたらこれは、精霊教会からの挑発だったのかもしれない。
過去の遺恨などというものは、どう考えても精霊教会が悪い。それは神鉄騎士団だけではなく、他の傭兵たちも聞いてはいるだろう。
しかしここで私たちが何らかの行動に出たり、意見を口にすれば、それこそ融和を乱していることになる。
結局、この件については黙っているしかない、と私の周りが決めた。
私の周りとは、リーカ、カリル、ファドゥーだ。
守備隊の数は紺碧騎士団がいなくなったことで少なくなり、しばらく、各傭兵隊は人員を増員した。亜人たちは数を増やすことを許されず、まだ隅に追いやられている。
魔物の数は増えない。
橋頭堡は出来上がらない。
増えていくのは死者と死骸。異臭で構築されたそれらが焼かれる煙の数。
「悪い知らせがある」
季節が逆戻りしたように冷え込んだ日、私は久しぶりにスラータから基地へ戻り、カンランに挨拶に行ったが、出迎えたのは彼の苦り切った顔だった。
「どれくらい悪い知らせですか?」
「お前が俺の首をはね飛ばすんじゃないか、と本気で心配している」
そういう状況になる知らせは、そうそう多くはない。なのですぐに見当がついた。
「あの精霊教会の不愉快な連中がここへやってくる?」
「信徒兵を五十、ここへ出すと言っている。おいおい、そんな顔をするな、ユナ」
「私、どんな顔してます?」
言葉こそすらすらと出たが、私は自分の表情に関して、なるがままにしておいた。
「信徒兵というのは、神官戦士とは違いますよね」
「精霊教会で調練を受けたものが神官戦士だ。信徒兵は、精霊教会の信者で志願したものから構成されている。要は一般人だ。もともとは農夫とか、そんなところだろう」
やれやれ、この基地は呪われているのか。
紺碧騎士団という名前の素人集団がやってきたかと思えば、今度は信徒兵という名前の素人集団を受け入れるとは。
「私は面倒を見ませんし、むしろ、その信徒兵とやらが死んでいくのをぜひ見たいところです」
「そういうことを言うな。兵力は兵力、数は数だ」
「私は自分の隊をその兵力だか数だかを守るために差し出したくありません」
「ここは戦場だぞ、ユナ。どこかの学校ではない」
それもそうだが、学校では命を失うことは滅多にないが、戦場ではそれが日常だ。
「信徒兵について、伝えておけと言われたことがある」
「なんですか? 一応、聞いておきます」
カンランがため息を吐いた。
「信徒兵は今も徴募されていて、五十名が死ねば、五十名、新たに送り出すそうだ」
……それはまた、最悪なことだ。
あのくそったれどもは、自分たちにすがろうとする人間を魔物に、そっくりそのまま差し出すつもりか。
「だから私に、彼らを守れ、そうおっしゃる? 無駄な血を流さないために」
「そういう意味もある」
「なら戦場に来るべきじゃない。死にたくないのなら」
そう伝えておくよ、とカンランは話を打ち切った。
仕方なく彼に背中を向けたところで、疑問点に思い至った。
「伝えておけ、と誰に言われたんですか、カンランさん」
向き直って問いかけると、今度こそカンランは言葉につまり、なかなか言葉を発することができないようだった。
「誰です? 私が知っている相手ですか?」
「ルティア・シルバウムという司祭だ」
……ルティア?
理解するのに時間がかかった。
生きていたのか。
てっきり、例の悲劇の後、魔物の群れに押しつぶされたと思っていた。
「その司祭はどこにいるのです?」
「ルッツェにいるそうだ。ここら一帯の、精霊教会の元締めだよ」
観念したらしいカンランの投げやりな言葉に、「どうも」とだけ言って私はその場を離れた。
一歩、二歩、三歩。
なるほど、生きているのか。
後悔させてやるぞ。
私の絶望の全部とは言わない、一部での背負ってみればいい。
神も精霊も存在しない、地獄の責め苦を、味わってみればいい。
(続く)




