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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第四部 地獄に向かい、地獄に消える
141/213

4-12 食事

       ◆



 秋風の中を突っ切ってスラータにたどり着いた日は、比較的、静かな一日だった。

 紺碧騎士団の三分の一が戻ってくるのも、神鉄騎士団ユナ隊の三分の一が戻ってくるのも、翌日だった。

 私とカリルはリーカと入れ違いにスラータに戻っていたファドゥーと顔を合わせた。

「のんびりできやしたか、ボス」

 ユナ隊のための幕舎で、書類を片付けていたファドゥーが座ったまま、チラッとこちらへ視線を向けて言った。いかにも、事務仕事をやらせないでくれ、と言いたげだった。

「こちらの休暇はほとんど移動だったわね。ファドゥー、あなたの仕事はカリルが引き継ぐから、すぐに戦場へ戻れるわよ」

「それは嬉しい命令っすね。書類は血も流さないし喚きもしないが、静かで手応えがなさすぎやす」

 食事にしようか、とカリルが声をかけて、ファドゥーは「先に行ってもらって構わねっす。こいつを片付けたら行くから」と書類の位置を直した。

 カリルと二人で食堂へ向かいながら、視線を周囲に巡らせ、後方へ下がって休息を取っている傭兵たちを確認した。

 どの傭兵も明るい表情をして、決して重たい雰囲気などは帯びていない。

 戦場には何の問題もないのだろう。

 食堂に入ると、知り合いの傭兵が声をかけてくる。ここのところ見なかったな、とか、休暇でも取ったのかい、とか、誰かの葬式かね、とか、そんな軽い調子の言葉である。私はおざなりに応じて空いている席に着いた。

 料理はカリルが取りに行って、彼が戻ってくるまでに、私の隊の下級将校格の二人がやってきた。短い話で、やはり損耗はないとわかった。

 ユナ隊は三十余名で構成され、私が隊長、副長がリーカとなり、その下で将校としてカリル、ファドゥーがいる。下級将校が今、話をした二人だけで、この二人は隊員の間で意見をまとめたり、揉め事を解決するような立場だった。

 実戦では私、リーカ、カリル、ファドゥーが指揮をとることになる。三十人しかいないので、四人が同時に戦場にいると、六名程度の小隊を指揮するが、そんな事態は今のところ起こってない。

 カリルが戻ってきて、「何も問題はないようですね」と料理の乗った皿を卓に並べた。私の表情から読み取ったのだろう。

「とりあえず、負傷者が三名出ているだけで、戦死者は出てないみたいね」

「紺碧騎士団の事情は聞きましたか?」

「それはファドゥーから聞きましょう」

 しばらく二人で食事を進めて、ゆっくりとした歩調でファドゥーがやってきた。

「何から話せばいいっすか」

 自分の料理を手にやってきて席に着くと、すぐにファドゥーが切り出した。

「紺碧騎士団の状態を知りたい」

「ああ、あいつらっすか。最後に見た書類では、最初にいた五十名のうち、死者が八名だったはずっす。負傷者は十名を超えていたかと。スラータへ下がって治療中が半分で、残り半分は使い物にならないと思いやす」

「えっと、つまり三十名は動いているのね?」

「隊を三つに分けて、二十ほどが常時、戦場にいて、十名がスラータにいます。交代で戦闘、戦闘、休息、戦闘、戦闘、休息です」

「間隔は?」

 五日です、と言いながら音を立ててファドゥーが麺を啜った。

 三十人か。半数近い人員が欠けているが、エミリタはどう解釈しているだろう。クミンの意見も気になる。

 実戦なのだから脱落者は出る、という程度の乾いた感想なのか、それとも変な幻覚でも見ていて、まともな兵士が育ちつつある、と勘違いしているのか。

「本隊はなんて言ってやしたか?」

 食事をしながらのファドゥーの問いかけに、いつも通り、と答えながら、私は器の中の汁に沈む具をかき混ぜた。ファドゥーは問いを重ねた。

「紺碧騎士団を調練するっていう、ボスの考えは追認された?」

「そういうことになる。見返りとして、私たちは彼らの補給網を使えるし、ついでに言うと彼らの物資も正当な対価を支払って買い取ることもできると思う、推測だけどね」

「うちってそんなに兵站に困ってるんでしたっけね」

「もしもの時のためよ」

 備えあれば憂いなしっすね、とファドゥーが低い声で言った。

 あとはファドゥーとカリルの間で事務仕事の引き継ぎ事項の確認が行われ、私は食事をさっさと済ませてお茶を飲んでいた。お茶の味で、スラータが拠点として確立されたことが理解できた。

 質の悪いお茶は不快なだけだ。このお茶は美味い。

 即席の拠点、一時的な前進基地に、まともなお茶があるわけがないという理屈である。

「これはボスの耳に入っているかもしれやせんが」

 三人ともがお茶を飲んでいて、そろそろ解散かというところでファドゥーが小さな声で言った。

「スラータで、寄進を求めているアホヅラの神父の集団がいます」

 思わずファドゥーを見ていた。

「そんな怖い顔、しないでくだせえ。俺だって精霊教会を信奉しちゃいねえが、むやみやたらに神と精霊に守られていると主張する奴を殴り倒すわけにもいかねえんだ」

「私だったら、殴り倒した後に適当な木に逆さ吊りにしてやるけどね」

「冗談でしょう?」

 私は無言で目を丸くして見せてやった。どう解釈したか、ファドゥーは首を振った。

「とにかく、精霊教会がまたぞろ、ルスター王国に現れていることは伝えやしたから。少し事情を聞きましたが、ルスター王国に住む神と精霊を信ずるものの生活を守るため、というのが建前のようっす」

「わかった。本隊からも噂は聞いていたしね」

「それを最初に言ってくだせえ。探りを入れるのは、カリルの方が向いている」

 承りました、とカリルが微笑んだので、この件は終わりになった。

 解散になり、私はファドゥーと共に幕舎に戻り、そこで書類を深夜まで確認していた。ファドゥーは断って宿泊施設へ去っていき、私もほんの短い時間、宿泊施設で休んだ。ユナ隊の幕舎で寝泊まりすることはできるが、いつからか書類が溢れ、他にも予備の武具などなどが山積みになり、寝台は寝台としての役目を奪われていた。

 早朝、目が覚めて身支度を整え、外へ出ると新鮮な空気が私を出迎えた。

 ここからほんの少し南へ行けば、曇天と湿った空気と腐臭で構成された戦場があるとは、すぐには想像できない。

 私は食事を取り、自分の部下の三分の一と紺碧騎士団の三分の一が戻ってくるのを出迎えた。

 彼らは無数の荷馬車でやってきて、ふらつきながら荷馬車を降りてくる。その動きだけで誰が兵士で誰が傭兵かわかってしまうほどに動きが違った。

 入れ違いに次に戦場へ向かう隊が荷馬車に駆け込んでいく。ユナ隊ではファドゥーが指揮官として出て行った。

 紺碧騎士団の男たちが項垂れて意気消沈した様子で歩いていく最後を、堂々とクミンが歩いている。私が手を掲げると、彼女もこちらに気づいた。

 ちょっと痩せたかな、と思いながら、私は近づいてくる彼女を出迎えた。




(続く)

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