1-14 彷徨
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せっかくの馬は、あまりにも雪が深くなったので、手放すしかなかった。
この僻地で生き延びるとも思えなかったけど、捌いて食肉にするには、あまりに情が移り過ぎていた。もし名前でもつけていれば、もっと大変だっただろう。
とにかく、馬はどこかへ駆け去り、俺は一人で雪の中へ分け入っていった。
斜面を回るようにして北上していくので、極端にではないけれど、雪は深くなっていく。
太陽が出ている日の方が少なく、雪が降り続けるので見通しも悪い。方向を決めるには晴れた夜に星の配置を見るくらいしかやりようがない。
食べ物には困ったけれど、シロが渡してくれた保存食を、本当に少しずつ食べて体力を維持した。
そこはシロもわかっていたのか、干し肉が多く、これは塩気もあるし、とにかく固いので、細く裂いて何度も何度もかみしめて、やっと飲み込むというように工夫した。
ウン族の元を離れて、そうして四週間が過ぎた。
地図の上ではそろそろ目的の峰が見えるはずだった。直線距離なら最初から十日もかからないところだったけれど、直線で移動するのは不可能だ。峰がいくつもそびえていて、そんなところを踏破できるわけがないし、踏破するとしても十日などで済むわけもない。
というわけで、迂回に次ぐ迂回で、時間だけが過ぎたが、それももう終わりのはずだ。
不意に晴れの日がやってきて、久しぶりの日差しは一面の雪の白さに反射され、クラクラするほど眩しい。
周囲を確認した。
確認して、愕然とした。
目印になるはずのひときわ高い峰が見えないのだ。
参ったな、と思ったが、どうしようも無い。
もらった地図を見て、周囲の峰の配置を確認しようとするが、一つも一致しない。俺はいったい、どこに迷い込んだんだ?
そうこうしているうちに日は頂点を越え、傾いてくる。
右往左往して現在地を把握しようとしたが、全くの徒労に終わった。
日が暮れてくると雪が舞い始め、闇がやってくるときには吹雪き始めた。
野営のために雪に穴を掘って、その中で小さく火を起こした。
干し肉をいつもより薄く裂いて、口へ運んだ。
これからどうするべきか。
元来た道を帰ることはできない。足跡も痕跡も何もかもを雪が塗りつぶしている。
かといって先へ進もうにも、このまま進んでも余計に迷うのではないか。
ここでじっとしていることもできないのも大きい。
どこかへ進まないといけない。
でも、どこへ?
震えながら時折、眠った。夜が明け、朝になって雪を溶かして水を作った。まだ吹雪いていて、俺はほとんど雪に埋もれるようにしている。
地面を掘って、土を出し、草を探した。
本当に飢えた時、繰り返し試しをして身につけた食料の調達方法をやる気になった。
土が覗いて、小さな草が出てきた。ほとんどしおれていて、緑なのは小さな部分だけだ。
じっと見ると、すぐにそこに数字が重なって見える。
三、だ。
念じて、十、十、と思考を繰り返す。
数字が十になった。
ぶるっと草が震え、緑を取り戻し、膨れ上がるように大きくなった。
俺の腕ほどの草の束が出現していた。
小さくちぎって口へ運ぶ。うん、どうにか食べられそうだ。
短剣で切って、持ち物の鍋でそれを茹でてみた。
塩を少し入れて、茹で上がった草を食べるが、美味いものではない。塩を無駄にしたかな、と思わなくもないけど、背に腹は変えられない。
本当はこうやって増やした草をずっと持ち歩ければいいのだけど、時間が経つとどういうわけか腐って、溶けて、そのまま消えてしまう。
最初の、レオンソード騎士領での家の裏にできた、巨大な花と同じだ。
そこに俺のファクトの限界があるらしい。
何はともあれ、これで腹は少しは楽になった。
少し高い位置に出て峰の配置を確認する気になった。気力はどうにか回復したわけだ。
斜面を登るのには苦労するだろうけど、それ以外に方法はない。諦めて山を降りるという選択肢もあったけれど、何か、抵抗があってそれは却下した。
身支度を整えて、俺は斜面を登り始めた。
最初こそ順調だったが、すぐにまっすぐに登れない傾斜にぶつかった。横へ横へ移動し、場所を選んで少し上がり、また横へ移送して上がれる場所を探す。
足が何度も滑り、危うく滑落するところだった。
冷や汗さえもが凍りつくような寒さに耐えながら、先へ進む。
雪の中で夜を明かすことを二日続け、比較的高い場所へ出た。
猛然と吹雪いているので、遠くまで見通すのが難しいけれど、俺は目を凝らした。
ひときわ強い風が吹き、俺は顔を手で覆った。手元で息がキラキラと光る。
くそ、まつ毛も凍っている。想像を絶する寒さだ。
手を包む布で目元を擦る。
光が差して、俺は顔を上げた。
そこには絶景が広がっていた。周囲を峰が囲んでいる。やっと位置がわかってきた。どうやら少し、西へ進みすぎたようだ。
いつまでも雲が切れているとは思えない。見える景色を細かく観察し、後で地図と照らし合わせるために記憶していく。
ゴウッと強い風が吹いて、体が揺れた。
無意識に踏ん張る。
踏ん張った瞬間、足元が震え、その揺れに違和感を覚えた時には、足場が崩れた。
雪に飲まれる。いや、雪が俺と一緒に斜面を落ちているんだ。
雪崩。
どうしたらいいのか、考えることもなく、腰の剣を抜いてどこかに突き立つか、引っかかるように振り回した。
手ごたえがない。
体が翻弄される。前後左右上下、何もわからない。どちらが地面で、どちらが空か。
何かが体に衝突し、息が詰まる。そうじゃない、俺の方がぶつかったのだ。
衝撃で剣が手を離れていた。
あとはもう、願うしかなかった。
生き埋めになれば死ぬ。
斜面にある岩か何かに衝突すれば、やはり死ぬだろう。
目をぎゅっと閉じ、歯を食いしばり、俺は体を丸めた。
背中の中心に尖った何かが突き刺さった。
息が止まり、意識が遠のいた。
頭に衝撃があり、それが最後の一撃になり、俺は今度こそ、本当に意識を失った。
(続く)




