4-10 総指揮官の言葉
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神鉄騎士団の中心部である中核部の隊はバットンの北、ジャースに駐留していた。
私とカリルは馬を走らせ、スラータからルッツェへ向かい、そこから街道で北西に駆けて、ジャースには戦場を離脱してから十日も経たずに到着した。
ジャースはさすがに戦場から遠いこともあり、民間人の姿が多く、市も開かれているようだ。通りを挟むように建物が並び、それらがおおよそ全て商店であるのは今の私には異境のようにも見える。
神鉄騎士団はそのジャースの街から少し離れた野原に野営していて、私とカリルはそこへ向かう前にジャースの街にある屯所で、ラーンの居場所を確認した。
「総団長は調練の最中ですが、ちょうど野営地にいるはずです」
屯所にいた若い事務員は、書類を確認しながら言った。
「計画では夜襲の調練の後に今朝方に一度、野営地に戻って、次には夕暮れに出動する予定です」
時計を見ると、まだ正午を超えたあたりだ。
礼を言って野営地へ向かう。
野営地と言ってもそれほど大規模ではなく、幕舎が並んでいるだけで、その周囲で傭兵たちは露営しているようだ。
普通の傭兵のやり方ではなく、これはどちらかという軍隊の調練に近い。
いつもこうしているわけではなく調練としてやっているだけで、大半の傭兵には自由が保障されるが、神鉄騎士団の傭兵の矜持というのは並々ならぬものがある。
彼らを見ていると、どうして私が神鉄騎士団に紛れ込み、その上、一つの隊の隊長などをしているのか、不思議になるし、疑問に思う。
もっとふさわしいものがいるのではないか、という疑念は、今でも時折、頭をよぎるのだ。
野営地でも、昼間なのに歩哨が立っている。その歩哨はちゃんと仕事をして、私たちを誰何し、私もカリルも身分を示す札を出した。
神鉄騎士団は装備を統一していないので、この身分証がないと相手にされず、追い返される。最大手の傭兵団、烈剣傭兵団は武具から服装から全てを統一しているようだ。
とにかく、私とカリルは馬を降りて野営地に入り、団長旗がはためいている幕舎に近づいた。私たちに気づいた傭兵たちが、目礼や身振りで挨拶をしてくるのに応じながら、幕舎の前に辿り着いた。
そこではラーンの副官が立っていて、しかしたまたまタバコを吸うために出てきたようだ。
私たちに気づき、姿勢を改める。タバコの吸い方は、ちょっとだらしない感じだったが、見咎めるほどでもないな。
「総団長はいる?」
「はい、ユナ隊長。何かご用でしょうか」
「それは直接、話す」
そこまでやりとりしたところで、入ってきて、と幕舎の中で声がした。副官がこちらを見て、私も視線を返してやる。副官は一礼して離れた。
「タバコをのんびり吸っていて」
そう言ってやって私はカリルと幕舎に入った。
窓のように一部が開いていて、中は日の光が十分に差し込んでいる。
卓に向かってラーンがいて、他に中核部の将校が三人いた。何かの話し合いの最中だったらしい。
「お邪魔でしたか?」
思わずそう言うと、気にしないで、とラーンが笑った。
「僕は人を邪魔と思ったことはないよ。久しぶりだね、ユナ」
「二ヶ月ぶりです。それほど久しぶりでもありません」
「また一層、髪の毛が白くなったようだ」
ええ、と笑いながら、手が無意識に髪に触れそうになり、さりげなく止めた。
例の事件で生き残った後、私の髪の毛は徐々に白く染まっていき、昔は金色に輝いていたのが今では真っ白になっていた。
精神的なものなのか、もっと別の何かなのかは、よくわからない。
悲しみが髪の毛の色を抜いた、と言った人もいたし、恐怖が体に影響した、と言った人もいた。
誰も答えなんて知らないのだ。
私は咳払いをして、その場で紺碧騎士団の実際について話した。事前にリーカが報告していなかったことで、ラーンは真面目に話を聞き、同席していたままの将校は眉間にしわを寄せ渋面を作っていた。
「つまりあの騎士団は、即席の、大した実力のない騎士団だということ?」
ラーンのざっくりした表現に、「ええ、まあ」としか答えられなかった。
「ユナはそれを知っていて、うちと共同歩調を取らせる、と決めたわけじゃないようだけど、最初から何かに気づいていた?」
「最初はあまりにも場慣れしていないと思っただけでした。それが、彼らの中隊長の一人と交流がありまして、そこで実際を知ったのです。もしかしたら、紺碧騎士団としても、こちらの手を借りたいのかもしれません」
「教導隊のようなことをして欲しい、と?」
あるいは、と私が頷くと、将校たちが意見を言い、検討が始まった。すぐに一人が「担当を呼んできます」と幕舎を出て行った。外でラーン付きの副官が何か言ったか言われたような気もしたけど、よく聞こえない。
私が考えていたのは、エミリタが自分たちの正体を私に教えたのは、まさに今、こうして神鉄騎士団が議論し、何らかの決定を見出す、その最初の一石を投じる行為なのでは、ということだった。
あの初老の軍人は、無能なふりをして、実は神鉄騎士団を誘導したのではないか。
もちろん、神鉄騎士団が動かない場合もある。それなら別のところで話をすればいい、という腹づもりか。
これがエミリタ一人の算段なのか、それとも紺碧騎士団、もっと大きくなるとルスター王国軍の巧妙な策謀なのかは、見当がつかなかった。
ルスター王国として傭兵に依頼しても、特に問題はない気もする。
ここで重要なのは、新兵を戦場へ連れ出した、という要素のような気もしてきた。
紺碧騎士団は実力に見合わない死地に追いやられたが、生き延びればそこそこ使える兵士が残る。そこで紺碧騎士団を再編すれば、まさに促成栽培で経験を積んだ兵士を量産できる。
となると、紺碧騎士団の結成と無謀な任務は、ルスター王国の兵士の不足、純粋な人的資源の不足を解消するための、窮余の策か。それも実際的な数を減らしながら質を上げる無謀な策だ。
ルスター王国がそこまで追い詰められているとすれば、だが。
各地にまだ、兵力になりうるものは大勢いるはずだが、さて、どういうところに本心があるのか。
将校が四人を連れて戻ってきて、さらに副官も三人を連れて戻ってきたので、幕舎の中は急に狭苦しくなった。
ややこしいことだ、と誰かが呟き、罠かもしれないな、と誰かが呟き、誰かが否定し、そんな風に議論は少しずつ熱を下げていき、ラーンが結論を出した。
「紺碧騎士団に、貸しを作っておこう。うまく、彼らの補給線に相乗りさせてもらうくらいは許されるだろう」
了解です、と声が重なり、頷きが連なる。
ラーンが私に微笑み、「食事でもしていきなさい」と言った。
(続く)




