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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第四部 地獄に向かい、地獄に消える
138/213

4-9 計画

      ◆



 私は一度、後方へ下がった。

 土塁の守備隊に混ざる形で、紺碧騎士団の半数は今も調練を続けているだろう。

 戦場から解放された彼らの半数は、私と一緒に荷馬車に揺られていたけど、完全に心の緊張を失い、喋ることもできない有様だった。荷台にぎゅう詰めになり、しかし雑談もせず黙り込み、肩がぶつかっても文句も言わず、ただ無表情でいる。

 分からなくはないが、さすがに実際の戦場と戦闘を体験すると、最初のやる気もどこかへ吹き飛んだようだ。

「こうしてみると、冗談ではないとわかりますね」

 私に同行しているカリルが言うのに、まさしくね、と私は笑いながら答えていた。

 兵士になる気持ちがあり、魔物を倒す気持ちがあり、あるいは華々しく死ぬ気持ちもあっただろうが、それら全てが空想の産物であり、ついでに願望で派手に虚飾されていたことを、紺碧騎士団の男たちは理解しただろう。

「まだ使えますかね」

「使えなかったら困るわよ。まぁ、半分が残ればいい」

「エミリタさんはどうするでしょう」

「それこそ、私には知ったことじゃない。今頃、スラータでリーカが本隊とやりあった結果が出ているでしょう。このまま紺碧騎士団に付き合うか、それとももう放り出すか」

 答えは見えている気もしますけど、とカリルは苦笑いしていた。

 荷馬車は休息を挟んで、一直線にスラータへ戻り、紺碧騎士団の男たちは土塁と柵によって完全に防御された地帯に入ると、ぞろぞろと荷台を降りた。不意に座り込むものもいれば、泣き出すものもいるし、呆然としているものもいる。

 とにかく彼らはこれから、自分が生きていることに安堵し、次にもう一回戦場に立つかを真剣に吟味することだろう。

 傭兵はそんなことを考える必要はない。

 生きていることに感謝し、次の戦場でも生き延びる支度をするだけだ。

 カリルと一緒に、神鉄騎士団の幕舎が集まっているところへ行くと、ユナ隊の面々が私達を見つけ、仲間の安否を訊ねてくる。

「大丈夫、誰も死んでいない。安心しなさい」

「あのデタラメ騎士団はどうです」

 傭兵の一人の質問に、クスクスと笑い声が起こる。

「デタラメ騎士団も、いつかはデタラメじゃなくなる。いつか、背中を預けるかもね」

 本気ですか、という声もあったが、本気よ、と答えてからリーカの場所を確認した。

 幕舎の一つに入ると、書類が山積みになっている卓が二つあり、三つ目の卓でリーカが何かの書類を作っていた。

 私とカリルに気づき、顔が上がる。

「早いですね」

 口調からして皮肉でも嫌味でもなく、どうやら彼女は時間の感覚がずれているようだ。荷車は予定通りだったから、遅くも早くもなかった。リーカは昼夜を問わずに仕事に打ち込んでいるようだ。

「ちゃんと休んでる?」

「もちろんです。休まずに働ける人間がいますか? そういうファクトってあるんですかね」

 ないんじゃない? と言い返して、彼女が書いている書類を覗き込むと、何かの計画書だった。「紺碧騎士団の調練の計画を立てろと本隊から言ってきました」

「へぇ、じゃあ、私の思いつきは実際の仕事になるわけだ」

「隊長が変なことを言うからです。今頃、他の方面でもややこしくなっていますよ。ここで調練の計画を立てて、それを各地で計画の基礎として採用するようです」

「うちだけが紺碧騎士団と共同するの? うちというか、神鉄騎士団が?」

「まさか、そんなことはありません。他の傭兵団にもこの計画書を配布するんです。ただ、計画書が完成するのはユナ隊で紺碧騎士団を鍛えた結果を書き加えた時です」

 なにやら、本当にややこしい事情になったな。

「食事に行きましょう、リーカ。計画書はまだ間に合うでしょう」

「私は書類作りよりも、魔物を倒す方が合っています」

 ゆっくりと立ち上がり、リーカが腰を反らせるとゴキゴキゴキっとすごい音がした。

 ユナ隊ではどうしても戦闘に特化してしまい、書類仕事や作戦の実行のために必要な物資の管理など、事務関係を行うものが少ない。

 コルトが隊長をしていた時は、三人の隊員が戦闘をこなしながら、協力して事務を引き受けていた。その三人も最後の戦闘に参加して死んでしまった。

 三人で食堂へ歩きながら、リーカは紺碧騎士団の事情を説明してくれた。どうやらクミンとリーカは仕事上の交流を持ち、ある程度の情報の共有があった。

「そこはさすがにルスター王国軍で、物資の補給は完璧です。鎧も、騎兵槍も、剣も、馬も、食料も、その他もろもろも、彼らは困ることはないでしょう」

「ルスター王国軍の肝入りなんだから、それくらいはあるのが普通です」

 カリルがそう言うと、傭兵とは基盤が違う、とリーカが低い声で言う。

 食堂に入り、席に料理を運んで食べ始めた時は、カリルがリーカに戦場の様子を伝えていた。今は副長も隊長もおらず、カリルさえもこうして後方にいるので、隊の指揮はファドゥーが一人で取っていた。

「さっさと戻るべきじゃないですか。さすがにあそこの守備隊が全滅することはないでしょうけど」

 リーカの指摘に、「ちょっと本隊と話をしたいと思ったのよ」と肉の塊を切り分けつつ答えると、彼女の視線がこちらをまっすぐに見たのが分かった。

「何か大きな問題でも?」

「いえ、特にはないけど、どうも紺碧騎士団に関する認識を共有した方がいいかな、というところ」

「どういう認識ですか」

 私はカリルを見て、カリルは私を見て、二人でリーカに向き直ると彼女は食事の手を止めてこちらを見据えている。

「今は言えない。あなたの仕事にはこれといった支障も出ない」

「隊の指揮官が直接報告する事態は重大です。重大ということは支障が出るのでは?」

「気にしなくていいって。とにかく、私とカリルはラーンさんに話をしに行く。どこにいるか、聞いているよね?」

 気にくわない、と書いてある顔でリーカはため息を吐いた。

 さすがに彼女も、紺碧騎士団が外見だけは立派な、促成部隊とわかれば何も言えないだろうが、黙っておいた方がいいこともある。

 まぁ、いずれ、彼女も知るだろうけど。

 やけに力強く、リーカがパンを引きちぎった。




(続く)

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