4-4 不機嫌
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土塁の柵の中に戻るとさすがの傭兵たちも血走った目を周囲に向け、守備隊の男たちと睨み合い、そうしてから肩の力を抜いた。
俺は今、死にかけたぞ、と言いたげな視線に対し、俺はいつもそういう場所にいるよ、それもど真ん中に、という視線が返されるやり取りには、その次に肩から力を抜く効果がある。
私はリーカの分隊の方へ行き、損害を確認した。
私の方の分隊からは一人が足首を少し挫く程度で済んでいる。一人も欠けていない。二人がそれぞれ剣を一振りどこかに置き去りにして、あとは歪ませて三振りがダメになっただけだった。
リーカはすでに状況を把握してこちらに来ているところで、向かいからやってくる彼女の表情の険しさが何かを物語っていた。
目の前に来て、リーカが目を細める。
「一人、足をやられています。抉れていて、ちゃんとした治療が必要です」
「なら後方へ送ってやって。馬には乗れそう?」
「一人が付いていれば。護衛として五騎はつけたいと思いますが」
なら都合がいい、と私が言うと、カーリは怪訝そうな顔になった。
「すぐそばに馬は唸るほど待機している。五騎くらいは都合がつくでしょう」
「まさか、紺碧騎士団から馬を借りるんですか?」
「彼らも歩兵の戦闘のなんたるかを再確認したいだろうし、その調練は悪くないと思うけど」
バカな、と言いかけたようだったけど、リーカはもごもごと口籠り、結局、ため息を吐いて私の提案を受け入れた。
正確には受け入れようとしてくれたけど、その前にもう一段階、行程を経る必要があった。
つかつかと歩み寄ってきたのは、例の紺碧騎士団の指揮官の副官の女兵士で、怒り心頭といった様子でカッカしていた。
「ちょっといいですか、傭兵さん」
傭兵さん。怒りが表に出るタイプらしい。
「ええ、こちらからも話をしたいところでした、兵隊さん」
舌打ちの後、彼女が食ってかかってくる。
「私たちの仲間が、四名、行方不明です。そして五名が意識不明です。この責任をどなたが取るのですか?」
責任ときたか。
「間違いなく、それは隊を指揮していたあなたの上官、例の男性が負うとしか思えないのですが?」
女兵士は私の丁寧な説明がお気に召さなかったようで、眉をピクピクさせながら、ぐっとこちらに顔を近づけた。
傭兵と違ってさすがは兵士、香水をつけたりはしていないようだ。
「エミリタ中隊長に責任があると? あなた方の不手際なのに?」
これにはリーカが割って入った。
「それを言えば、そもそも紺碧騎士団のやり方に不手際がある。敵中に突撃し、孤立し、逃げ帰る。どこかに合理的な要素がありますか? 副官さん」
「私にはクミンという名前があります」
オーケー、クミンね。覚えておこう。
リーカは相手が名乗ったことには全く触れず、というか、意図的に無視したようだった。
「副官さんの名前よりも、紺碧騎士団エミリタ中隊のお粗末さを検討したいですね」
「神鉄騎士団が補助してくれなければ、成立しません」
「これからも傭兵頼みの運用をするつもり?」
辛辣なリーカの様子は、逆にクミンを落ち着かせたようだ。
「補助部隊は今後、早急に設立されます。歩兵中心で、重装騎馬隊を効率よく運用するための」
「つまり今回の神鉄騎士団の役目は、試金石だったと?」
これにはクミンが黙る。リーカはそれを容赦なく睨み据え、両者が膠着した。
「有意義だったとしましょうか」
私が妥協点を示すべく言うと、二人ともがこちらを睨む。
元気なこと。
私はリーカをなだめ、次にクミンに「負傷者を後方へ下げたいのですが」と切り出した。クミンは明らかに、なぜ自分たちが傭兵に手を貸すのか、という顔をした。
「エミリタ中隊長殿はどちらに?」
「中隊長はお疲れです。私が手配します」
やれやれ、あの初老の男は最初から疲れているように見えたが、本当に疲れているのか。
これは先が思いやられる。
「紺碧騎士団の損害への補充はあるの?」
念のために確認すると、そちらには関係ありません、と突っぱねられた。
首を振りそうになるのを私が耐えたけれど、リーカは小さくため息を吐いた。ここは少しでも穏便にしなくてはね……。
「紺碧騎士団との契約において、共同訓練の色合いもあると聞いていますが」
私の方からそう切り出すと、それにはリーカがちょっと目を見開き、それ以上にクミンが驚愕の表情をした。
私は誰が見ても見間違えないように、友好的な笑みを見せた。
「戦場にいるのです。敵には困らないし、あなたたちがちょっと手を貸せば、ここを守る守備隊はちょっと楽になるから感謝もするでしょう。それで紺碧騎士団の印象もだいぶ変わる」
クミンは何かを考える、それも想定外の事態を思案する表情になった後、「中隊長と協議します」と答えた。
負傷者の後送の件もよろしく、と彼女を送り出すと、リーカが私に顔を寄せてきた。
「共同訓練って何ですか? 私は何も聞いてませんよ」
「当たり前じゃない。デタラメよ」
無駄な嘘を言って、とリーカが苦々しげな声を漏らすが、私は「意外にうまくいくかもね」と本音で答えておいた。理解できない、という様子でリーカは不機嫌そうだけど、私は本当にうまく行きそうな気がしていた。
あのエミリタという男は、ただの疲弊した兵士、というだけではないのではないか。
そう思っているのだが、まぁ、実際のところはすぐにわかる。
「馬を借りられなかったどうします?」
話を思い出したリーカに、「それこそ紺碧騎士団の負傷者の移送に相乗りすればいい。向こうはさすがに荷馬車くらいは用意するでしょう」と答えると、嫌な人、と聞こえるか聞こえないかの声でリーカがつぶやく。バッチリ聞こえていたが。
「とにかくここで、紺碧騎士団と神鉄騎士団が親しくなるのは、悪くない。そう思わない?」
「巻き添えを食って魔物の餌になりたくありません」
甘く見ちゃダメだよ、という私に、何を言っているのか、とリーカは言葉にこそしないが、眉間にしわを寄せていた。
とにかく、もうしばらくは紺碧騎士団の相手をする必要がある。
全くの張りぼてではないだろうから。
(続く)




