4-3 愚痴
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私たちの到着から一時間ほど遅れて紺碧騎士団がやってきた。
しかも予定通りの四十騎ではなく、五十騎だった。
リーカは明らかに不服そうにしたが、私は気付かないふりをして「では、実戦訓練を始めましょう」と紺碧騎士団を指揮している中年の男に声をかけた。
あるいは初老と言ってもいいかもしれない。明らかに、疲れ切っている表情をしている。
「我々の突進力を確認したい。神鉄騎士団にはその背後の安全を任せる」
言ったのはそのクタクタの男ではなく、そのすぐ横にいる若い女兵士で、副官らしい。
女兵士の言葉には流石のリーカが口を開きそうになったが、私は視線でそれを黙らせ、「わかりました」と応じた。
紺碧騎士団が装備を確認し、隊列を組んでいる背後で、ユナ隊が固まる形になる。
「騎馬隊の背後を守るなんて、前代未聞です」
リーカの言葉に、好きにさせればいい、と答えたのはそばにいたカリルだった。リーカがそちらを睨むが、カリルは表情を毛筋一つも変えなかった。
「ユナ隊長は実戦訓練なんて言ったけど、これは実戦よ、カリル」
「連中がそれを学ぶくらいの意味はあるでしょう」
死にたがりめ、とリーカが小さく罵った。
柵が開けられる合図があり、直後、紺碧騎士団五十騎が飛び出していく。すぐに私たちも後を駆けていくが、なかなかすさまじい光景だった。
まず五十騎の蹄が地を蹴る音がすさまじく、次に土煙がもうもうと立ち込めて何も見えなくなり、進むと地面では魔物が踏み潰され、踏みにじられ、ひどい有様になっている。
私は隊を止めて、全周防御の陣を組ませた。
ここまで視界が不良だと、何が起こるかわからない。
「紺碧騎士団に注意しなさい!」
リーカが声を張り上げている。それもそうだ。この土煙が収まる前に紺碧騎士団が突っ込んでくると、私たちが轢殺されてしまう。
風がかすかに吹き、土煙が薄くなる。
ぞろぞろと魔物がで来るのが見えた。
私は身振りで前進を指示し、円陣を組んでいたユナ隊が素早く紡錘陣形になり、前進し始める。
ぶつかる魔物は一体残らず切り捨てられ、突き倒された。
紺碧騎士団は一体どこへ行ってしまったんだ?
一陣の強い風が吹き、やっと状況が見て取れた。
驚くべきことに紺碧騎士団は五十騎が一塊のまま崩れないという統率を保ったまま、全く無秩序に戦場を駆け巡っていた。
しかも土塁からだいぶ離れている。
土塁に向かう魔物は数の上で減っているが、これでは援護のしようもない。
「なんで事前に走る向きを決めなかったんです?」
横にいるカリルの言葉に「あそこまでとは思わなかった」と正直に答えてしまう私だった。
とにかく、紺碧騎士団の退路を作るというか、誘導をする必要がある。
馬はまだ駆けているが、重武装でそう長くは走れない。この陣地に着いて間もないこともある。
それでもさすがに向こうでも自分たちの状況を把握したらしく、こちらへ一目散に走ってきた。
「このまま潰されたら洒落になりません」
カリルがぼそっと言うと「その前に連中が潰されるかもね」とリーカが答える。
実際、馬群から脱落するものが出始めた。見ている前で、一騎、また一騎と馬の脚が挫け、兵士が投げ出され、必死に走ってこちらへ向かってくる。槍は失っているようだが、剣を持っているんだ。戦えばいいのに。
行きましょう、と私は声にして、リーカに半数を率いるように指示を出す。
三十人というのは少ない数だけれど、私たちにはそれぞれにファクトがある。少数でも数以上の力は出るのだ。
まっすぐにリーカ分隊が紺碧騎士団を迎えに行き、私の分隊はやや迂回するように、紺碧騎士団の背後へ回ろうとする。当然、魔物の群れを断ち割っていかないといけない。
「ファドゥー、ついてきているわね?」
槍で魔物を跳ね飛ばし、イレイズのファクトで消し飛ばしながら背後に声をかけると「いやす」と鈍った声で返事がある。
ファドゥーは私の隊の中でも年長に近い年かさの傭兵で、しかし抜群の戦闘力を持っている。
私の戦闘力、リーカの指揮力、カリルの冷静さ、そういうものを全部兼ね備えていて、私の下で平の傭兵というのも不自然に思える存在だった。
私の分隊には彼を必ず含むようにしている。
「やって。道を開こう」
「あいよ」
そんな気軽い返事の後、彼がすぐ横に進み出てくる。
どこか疲れた顔をした三十男の持つなんでもない短剣が、急に光を発し、次には一本の光の鞭が形成されていた。
聞いたところでは、レイというファクトで、光線を扱えるらしい。
それを彼はしなやかに、鞭のように使えるのだ。
私のイレイズ、ファドゥーのレイ、二つの強力なファクトが魔物を次々と葬り、安全地帯を形成する。そこへ分隊の傭兵たちが駆け込み、やがて必死の形相で泣きながら逃げている紺碧騎士団の兵士を保護していく。
見たところ、七人ほど脱落したようだが、落馬したまま気を失って命を落としたものが二名、負傷して逃げられなかったものが二名いて、三名は私たちが保護できた。
保護と言っても、戦場のど真ん中だ。
思わず土塁の方を見る。
キラキラと何かが光っていた。
最近、改良が加えられている光での通信だった。複雑なものは無理でも、撤収の合図などは簡単にできる。
先に土塁の守備隊の指揮官の傭兵に、退き時だけは教えて欲しい、と頼んであったのだ。
紺碧騎士団の駆け抜けた後の土煙でリーカ分隊は少しも見えない。
ただ、光の明滅は、撤収を告げている。
「まだやりやすか? それともここらでお開きですかい?」
短剣とその先の光を縦横に操りながら、ファドゥーが確認してくる。
「引きましょう。私とあなたで両翼」
「わかりやした」
私たちは紺碧騎士団の後を追うような形で、どうにか安全を確保して土塁へ引き返すことになった。
土塁にたどり着くまでに馬の死体が五つあり、人間は五人とも回収したが二人は明らかに重傷だった。
こうやって人材が無駄にされる。
私は思わず舌打ちしながら、まるで八つ当たりするように、魔物を槍で突いていた。
(続く)




