4-2 禍根
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幌馬車を使って私の隊、総勢で三十二名がスラータを出て、ほんの二日の距離にある前線の一つにたどり着いた時、例のごとく厚い雲が日を遮り、全てが薄暗い戦場が広がっていた。
古い土塁を作り直しながら防御を固めている拠点で、私たちと一緒にさらに三台の幌馬車が同行しているのは、本当の交代要員が乗っているのである。
ぞろぞろと傭兵たちが降りていく。傭兵と一目で分かるのは装備の統一感がないからで、それは私の隊にも言える。それぞれが使い慣れた武装をした方が効率がいい。もちろん、場合によっては弓隊、槍隊とするために装備を統一することもあるけれど。
私は副長のリーカ・クーデリカという女傭兵に隊をまとめておくように伝え、守備隊の指揮官のところへ出向いた。
もう顔なじみのその指揮官は、神鉄騎士団などの八大傭兵団に所属しているわけでも、紫紺騎士団を筆頭とするルスター王国軍に所属しているわけでもない、ちょっとした傭兵隊の頭領だった。
しかし常に戦場に身をおくこと、味方を可能な限り救うこと、後退するときは必ず自分たちが殿軍をやること、と美徳を多く持つ珍しい傭兵で信頼は篤い。
土塁の上に立って戦場を睥睨している彼が、背後からの私に気づいて振り返り、皮肉げな笑みを向けてくる。
「ここは小康状態だぞ、ユナ。通常の兵力で間に合っている」
いつの間にか親しくなっている傭兵、というのも珍しい。というか、私は彼を尊敬し始めている。
「紺碧騎士団のお遊びの話は聞いていないんですか?」
「無駄に兵士を自殺させる計画は聞いている」
「それです。うちで、できるだけ死なないようにするつもりです」
やってられんな、と彼は前に向き直った。
ちょうど、魔物が群れになって押し寄せ、傭兵たちが押され始めた。
私が視線を向けた先で、魔物の上半身がごっそりと消え、五体分の下半身が転がり落ちていった。傭兵たちも驚いたようだが、魔物を押し返していくのに必死で注意を向け続ける余裕などない。
「こんなことをして、何になるのだろうな」
指揮官の傭兵が、言葉の内容とは裏腹に軽い口調で言った。
「魔物を蹴散らしても、少しも戦場に変化はない。味方が死に、敵が死に、疲労し、壊れ、それだけだな」
「魔物にそういうことを訴えてみてはどうです?」
私の冗談に彼は小さく笑うと「精霊教会の勧誘のようにか」とやり返してきた。
私が黙るのは、例の一件以来、私が精霊教会と接するのを完全にやめ、むしろ精霊教会を憎いとさえ思っているからだ。この指揮官もそういうことを知って、冗談を言ったのだ。
精霊教会の方でも、ルスター王国に兵力を派遣する動きがほとんどなくなっている。
自分たちの神官戦士団の一部がごっそりと失われたことを、今でも根に持っているのだろう。
私がコルト隊を失ったことを根に持っているように。
交代が来たな、と指揮官が言うと、彼の身振りで鉦が打ち鳴らされ始めた。
新しく来た傭兵と、戦っていた傭兵が入れ替わる。器用なもので、決して魔物に押し込ませなかった。負傷者を的確に救い上げ、動けないものさえも回収している。
私は礼を入って、土塁を降り、自分の部下たちが集まっているところへ行った。
副長のリーカがこちらを鋭い視線で見ている。二十代の若い女性で、凛としているところは女の私から見ても魅力的だ。
戦女神と呼べるかもしれない。
私は彼女の横に並び、説明を始めた。
「そろそろ紺碧騎士団の四十騎がやってくる。例のごとく、重武装の特攻野郎だ。それを自由に動けるようにお膳立てするのが、今回の任務になる。こんなことを言うと問題になるが、紺碧騎士団が犠牲になるのはいいが、うちから犠牲が出るのは困る。そこのところ、肝に銘じなさい」
傭兵たちが声を揃えて返事をする。
「それまではそれぞれに待機。これは想像したくないけど、魔物がここに押し寄せてきたら守備隊に加勢する。分かっているだろうけど、気を抜かないように」
返事があり、リーカが「散れ」というと、傭兵たちはめいめいの方向へ散っていく。土塁だったものの周りに柵を巡らせただけで、魔物の群れは四方から来るので、どこへ行っても殺戮の現場だが、傭兵たちは平然としている。
リーカが私のそばに来て「これが必要なことですか?」と小声で聞いてきた。
結構な美貌に、今は険しいものが多分にある。
「これって、紺碧騎士団のお供をすること?」
「そうです。ルスター王国軍の歩兵がやればいいじゃないですか」
「バットンが守勢に回っていて、そっちに兵力を割かなくちゃいけないらしいよ」
「だったら紺碧騎士団もそっちへ向ければいいと思います」
「理想的かは知らないけど、こことバットンの二方向から魔物を押し込むと、いい圧力になるんじゃないかしら」
それは理想論です、とリーカは取り合わなかった。私は肩をすくめて、話はおしまいか確認したが、リーカは無言の仏頂面で「不愉快です」とだけ言った。
ここまで自己主張の激しい副長というのも、なかなかいいものだ。
コルトがそばにホークを置いていたのもわかる。
リーカが離れていくのを見ると、自然と彼女が長柄のついた戦鎚を持っているのが目に入った。
コルトも長柄の戦斧を使っていた。
あまり余計なことを考えないようにして、周囲を見回した。
撤収した傭兵たちが怪我人に応急処置をして、次々に幌馬車に運んでいる。うちの傭兵も手を貸しているようだ。どうせやることもない、手伝うくらいはいいだろう。
私も手を貸そう、と決めて、すぐそばに横になって手当てを受けている傭兵のそばに屈み込んだ。
(続く)




