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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第三部 彼と彼女の再会と別れ
126/213

3-39 絶望と悲しみの戦場


      ◆


 魔物の群れが追いすがって来る。

 槍を振り回し、味方に当たらないことだけを考えて、イレイズの破壊の嵐が吹き荒れた。

 どこへ向けても魔物に当たるほど、数は圧倒的だった。

 北へ。北へ。

 前を確認する。私のいる最後尾の隊は遅れつつある。先行する隊との間が魔物によって分断されそうになり、それをコルトと、彼の直下の傭兵たちが支えている。

 ホークが万全なら、彼女の見えない矢を放つファクトでもう少しはマシだっただろう。

 考えても仕方がない。

 戦力は限られ、駆け抜けるべき道のりは果てしない。

 一人でも多く生き延びればいい。

 また魔物が私たちを分断しそうになる。

 コルトの周囲に黒い飛沫が舞い、それに赤が混ざる。

 観察する余力もない。彼はまだ馬上にいて、長柄の斧を縦横に振り回している。オーバーパワーと呼ばれる彼のファクトが健在な限り、あの重すぎすほど重い斧は、ツバメが飛ぶように走り続ける。

 そこここで人が食われている。意識があるもの、意識がないのも、そんなことに構わず魔物が捕食し、原型を失っていく。

 見ないことはできない。私は今も私たちの仲間を食らっている魔物を消し飛ばす。

 くそ。

 くそ、くそ、くそ。

 勝てると思ったことはない。でも、負けると思ったこともなかったのだ。

 誰かが何か、叫んだ。

 そちらを見ようとして、魔物が槍の間合いの内側に飛び込んでいることに気づくのが遅れ、反応はもっと遅れた。

 長い爪がこちらに突き出される。

 片手が腰の剣の柄を握る。

 間に合うか。

 結論から言えば、間に合わなかった。

 間に合わなかったけど、助かった。

 どこからか飛来した見えない攻撃が、その魔物の頭蓋を粉砕していた。

 続いて押してくる魔物をあらかた消し飛ばし、意識して呼吸する。息が上がって、肩で呼吸をする有様なのに、周囲の悪臭の中では、吐き気が喚起されるだけだ。

 馬を走らせる。休む間もない。

 前方で激しい戦闘。しかし傭兵たちはまともに取り合わず、すり抜けていく。

 これは撤退戦なのだ。やり過ごせる限りはやり過ごすしかない。

 今、戦っているものは私と私のそばにいる最後尾の殿軍を待っているのだ。

「先に行きなさい!」私は怒鳴っていた。「生き延びなさい!」

 それでも十人ほどが私たちを待ち、そして一団を形成すると北へ走った。

 誰かがどこかで、何かを叫んだ。

 声の方を見る。

 荷車が横転し、そこに座り込んで弓を構えているものがいる。

 しかしすぐそばに魔物がいるのに、彼女は気づいているのか。

 その彼女の上に影が差した。

 馬から飛び降りざま、魔物は巨大な斧の餌食になった。

 コルトだ。

 動けないのは、ホーク。

 ホークは片足の骨が折れているはずだ。立ち上がることはできない。コルトはこれまでの激戦で、全身を朱に染めていた。左腕は垂れ下がり、斧を右腕だけで扱っている。

 私たちの一団はやや遅れている。コルト、ホークの姿が魔物の群れの中に消える。

 私が叫んだのは、考えてのことではない。

 イレイズを今までにないほど精密に、そして徹底的に行使できた。

 コルトとホークを押し包んでいた魔物が消え去ると、そこには仁王立ちになり、胸と腹を深く抉られているコルトがおり、その後ろには、ホークが仰向けになって倒れていた。

 駆け寄りたかった。

 二人をこのままに、したくなかった。

 それは、許されなかった。

 どこからやってくるのか、魔物が私の背後に迫ってくる。馬上から見ると、魔物の群れはどこまでも続くように見えた。

 コルトのすぐ横を通る時、彼の顔が見えた。

 こちらを視線を向けたようだったが、言葉はなかった。口からはゆっくりと血が溢れ、流れ落ちていた。

 ホークは目を閉じているようだ。いつも通りの、笑みを浮かべているように見えた。

 駆け抜けた。

 魔物の群れは二人を飲み込んで、踏み潰したか、食い尽くしたかは、わからない。

 もう考えても、仕方がない。

 涙が滲んだ。

 怒りが沸き起こった。

 虚無が胸の中心で、全てを飲み込み始めた。

 戦うしかない。

 死ぬまで。

 槍はすでに刃が鈍り、イレイズのファクトを放射する先を意識するだけの道具だった。

 また荷車が倒れていた。

 立っている傭兵が、力なくこちらに手を伸ばした。

 ぐっと体をかしげ、その男の腕を掴み、引っ張り上げた。危うく落馬しそうになるのを堪えた。男を抱え込み、「掴まりなさい!」と叫んでいた。

 男はまだ状況が理解でないようで、力なく私を見上げ、口からよだれを垂らしていた。

 槍から手を離し、その男の頬をあらん限りで張った。

 男の表情が歪み、意思が戻った。

「武器は?」

「な、ない」

「これを使いなさい」

 私は腰の剣を抜いて、彼にもたせた。

 その時には魔物の追撃がすぐ背後にあり、イレイズのファクトで追いすがる魔物を倒しても、倒しても、両側からも圧力をかけられつつあった。

 取り残されつつある。

 半包囲されつつある。

 生存は絶望的だ。

 来た、と私の前で剣を振り回していた男が、いつの間にか動きを止め、前方を見ていた。

 旗が上がっている。

 神鉄騎士団の旗だ。

 あそこまで行けば、助かるのだろうか。

 この地獄から、解放されるのか。

 絶望と悲しみの戦場から。

 馬は駆けている。まるで馬自身が希望を見出し、そこへ向かって、光の中へ脱出しようとしているかのように。

 前方の丘に馬群がある。全部で四〇〇ほどか。頼りないが、それでも今は味方がいるのが、何よりの救いだった。気力が蘇り、私の腕に力がこもった。

 終わらない戦闘が、終わると思ってしまうのは、どこか後ろめたかった。

 私だけが、救われるようで。

 どこか、浅ましい気がして。




(続く)

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