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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第三部 彼と彼女の再会と別れ
123/213

3-36 謀略


      ◆


 北へ駆ける傭兵連合の傭兵たちは、流石に疲労を隠せなかった。

 周囲には魔物が数え切れないほどおり、こちらが前進しているのに並走して、襲い掛かってくる。

 最外周を守るものが交代しながらそれを跳ね返しても、脱落者が出る。

 負傷するだけならいいが、落馬すると生存は絶望的になる。

 今頃、陣地からは完全に撤収し、紫紺騎士団を中核とした第二陣が第三陣、神鉄騎士団を中心にした部隊を受け入れているだろう。

 俺たち第一陣はここからさらに北進し、そこで後続を待つことになる。

 物資を陣地に送る経路を使って、この撤退戦の補給が行われる。第一陣はその補給基地の守備を請け負い、第三陣と、精霊教会の第四陣を受け入れる。そこで殿と先頭が入れ替わる。

 物資の山を守っているのは傭兵連合の一部で、魔物たちの世界の真ん中で、形だけの柵に囲まれ、そこにいる傭兵たちはもはや生きた死体という有様だった。

 しかし彼らは仕事をしたのだ。

 俺たちが守備の任務を引き継ぎ、彼らは北へ去っていった。そこは歴戦の傭兵なのだ、どんな場面でも生き延びるための最適解を思い描けるだろう。

「ちょっとした大惨事になりそうね」

 ジュンがいつの間にか俺のそばにいて、水の入った瓶を渡してくる。

 俺はじっと南側を見ていた。

「そろそろ第二陣が来るわね」

 ジュンの声は落ち着いている。俺は言葉を返せないほど、緊張していた。

 紫紺騎士団は、ユナたちを収容しただろうか。精霊教会も、どれだけが生きて戻れるのか。

 魔物を追い散らす任務の時間になり、俺とジュン、イリューはそれぞれに物資を守った。

 戦闘の途中、馬蹄の響きが聞こえ、それはすぐに大きくなって周りの音が聞こえないほどになった。

 戦闘を受け持つものが交代し、俺もその基地の様子を見ることができた。

 紫紺騎士団の具足や鎧のものが多い。ルスター王国軍の紋章も多かった。

 しかし、神鉄騎士団はいない。

 俺は基地の中を歩き回ったが、第三陣に含まれていたはずの傭兵たちはほとんどいない。

 やっと見つけた二人の傭兵を見ると、二人ともがまだ戦場の恐怖に取りつかれ、ガタガタと震え、歯は不規則に耳障りな音を発していた。

「他の傭兵はどうなった?」

 わからねえ、と一人がやっと聞き取れる声で言った。

「お、お、俺、たちは、先頭で、陣地を、で、出た」

「それで?」

「進むと、背後で、て、てき、敵襲の鉦が、な、鳴った。俺た、ちは少数、で、魔物が押し寄せて、来たと、思った」

「それで必死に駆けたということ?」

 もう言葉が口にできず、男は目を強く強く閉じて、俯いてしまった。

 他に神鉄騎士団のものがいるのかいないのか、探したが、さらに一人が見つかっただけで、三人しかいない。

 当然、ユナも、コルトも、ホークもいない。

 何かおかしくないか?

 彼らが陣地を出た後、後方から魔物の大攻勢を受け、殲滅された?

 それなら精霊教会の神官戦士団も大打撃を被り、全滅したのか。

 すでに第四陣である神官戦士団がここへ来る頃だが、姿は見えない。

 なら、やはり全滅か。

 基地では第一陣が守備に残り、防御態勢を整え、第二陣が北への出立の準備をしていた。

 俺はジュンを探して、だいぶ手こずったけど、彼女は基地の中央にある大きな卓の上で、他の傭兵の指揮官たちと今後について打ち合わせしていた。

 今すぐに自分が思っていることを伝えたかったけれど、誰もが真剣に生き延びるための方法を探っているそこに、自分が割り込むのは違うと思い直して、離れたところで待った。

 第三陣はやってこない。

 第四陣もやってこない。

 壊滅したのか。

 潰走はありえない。逃げる場所などないのだ。

 この戦場では、死ぬまで戦うしかない。

 会議が終わり、ジュンがこちらへやってきた。俺が口を開こうとすると、さっとジュンが手のひらをこちらに向ける。

「言いたいことはわかる。精霊教会がそろそろ帰ってくるはずだから、そこで事情はわかる」

「ありえないですよ」

 思わずそういうと、何が? とは言わず、私もそう思う、とジュンが静かに言った。

 あまりにも静かで、冷静と同時に、冷酷さが覗いた。

 実際、精霊教会の神官戦士団は数時間で戻ってきた。ほとんど数を減らしてない。

「第三陣が、魔物の群れに押し包まれた」

 神官戦士団の隊長である助祭のハーマという男がそう言った時、俺はジュンの会議の席から少し離れたところにいた。

 実際に聞いたのにも関わらず、彼の言っていることが信じられなかった。

 他の面々もそうだっただろう。

 一人だけ、ハーマは悲痛さを露わにして、震えた声で言った。

「私たちが、後方から近付いた時、すでに半分ほどに数が減っていた。魔物の群れが完全に包囲していて、私たちにできることはなかった。迂回して、ここまで撤退するので精一杯だった」

「どこからそんな多くの魔物がやってきたんだ?」

 二十人程度の傭兵隊を組織している中年の男性の傭兵が問いかけると、神官戦士は平然と、しかし先ほどの演技のまま、言った。

「どうしてか、魔物は陣地から撤収が始まるとあの陣地の周囲から潮が引くように消えた。おそらく、北へ向かう私たちを同様に北へ向かい、追跡した形なったのだろう。その勢いが最も強かったのが、第三陣が撤退した場面だった」

 反吐が出るほど、ちぐはぐだった。

 会議に参加している傭兵たちは殺気立ち、今にも剣を抜きそうだったが、助祭だけは平然としていた。

 そう、こいつは本当に震えてもいなければ、本当の恐怖に心が挫けてもいない。

 全く平静なのだ。

 そんなことが許されるわけがない。

「第三陣の救出を行おう」

 傭兵の一人がそういうと、その場の全員、ハーマ以外が頷いた。

 ハーマは全く動揺せず、「我々は撤収する」と応じた。これにはさすがに傭兵の指揮官の一人が剣を抜いたが、抜いた次には見えない何かに突き飛ばされるように宙に舞っていた。

 ファクト。助祭ハーマのファクトだ。

 瞬間、今度こそ全員が剣を抜き、俺もまた剣を抜いていた。

 いくつもの刃を前にしても、ハーマはやはり動じなかった。

「我々は十分に戦った。犠牲も出し、諸君を守ったのだ。それが今から、生きているとも思えないものを助けるために戦場に逆戻りする? あなた方は、精霊教会の戦士はいくら死んでも構わないとおっしゃる? 我々は神と精霊に全てを捧げているが、命を無駄にするという教義はない」

「窮地に陥ったものを救う教義はないと?」

 一人の傭兵の殺気そのもののような声に、いいえ、とハーマは首を振った。

「我々は弱きものを助けるのが第一だ。しかしすでにこの戦場にあるのは、人ではなくなったものだ」

 この言葉は、ほとんどこの助祭が自らの命を差し出す証書を作って署名したようなものだったが、傭兵たちはそれを無視した。

 ハーマを無視して作戦が練られた。

 第三陣を可能な限り救出する。

 戦場へ引き返す、それも激戦地に戻るとしても、やるべきだった。

 助祭のハーマはその会議に参加しながら一言も口にせず、傭兵たちをは神官戦士団を数に入れなかった。

 第一陣が陣地を脱出してから、半日が過ぎて、すでに太陽は傾きかけている。

 第四陣、もはや味方ではないと判明した神官戦士団が橋頭堡を離脱してからは数時間。

 望みが全くないわけではない。

 傭兵たちの意思は統一されていた。

 戦場に置き去りにされた同志を、たとえ自らが犠牲になっても、救い出す。

 この基地にいる傭兵で、それを拒絶するものはいないはずだ。

 日が暮れる時間も構わず、部隊が素早く構成されていった。



(続く)

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