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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第三部 彼と彼女の再会と別れ
122/213

3-35 意味

      ◆



 戦闘開始からあっという間に五日が経過した。

 陣地は強化に強化を重ねたが、土塁を一つ、より大きなものが低く浅い形で増設された以外は、柵が張り巡らされただけで、陣内の空気は少しも変わらない。

 誰もが殺気立っていて、相手を見る時には射殺さんばかりの厳しい視線、声をかける時は相手を罵倒するような声を向ける。

 はっきり言って、のどかさとか、のんびりしたところはない。

 魔物は陣地を完全に取り囲み、数は減ることがなく、勢いは衰えない。

 全部でまだ一〇〇〇体はおり、陣地を素通りしていく魔物はもうどうしようもなかった。

 人間の遺体はすでにおおよそが回収され、魔物の死体は外の土塁と内の土塁の間で、火をつけられ、焼却されていく。

 そのせいで周囲は常に汚臭が立ち込め、それで正気を失う者さえ出始めた。

 コルト隊はといえば、増援の他の隊と協力し、陣地の東で鉄壁の防御を続けていた。二つ目の土塁が東から作られていったほど、東では善戦していたのだ。

 南は激戦だと聞いている。

 コルトやホーク、他の傭兵たちも感じているだろうが、不穏なことに、精霊教会からの物資の搬入と増援が増えている。さすがにそこは精霊教会という立場もあってか、彼らが負傷者を後方へ運ぶ役目の大きな部分を担っていた。

 ただ、増援に関しては、きな臭かった。

 他の傭兵隊、ルスター王国軍、紫紺騎士団ですら消耗を余儀なくされているのに、精霊教会だけは最初の戦力を維持するどころか、徐々に数を増やしている。

 戦死者が少ないわけではなく、後から後から新手の神官戦士がやってくるのは、どういうわけなのか。

 私はもちろん、コルトもホークも、よその受け持っている場所に首をつっこむような余地はない。

 何も起きなければいいが、と思いながら、私はとにかく戦い続けた。

 槍が魔物を突き、イレイズのファクトが魔物を消滅させる。

 魔物の集団をこちらから殲滅するはずが、実際にはその作戦はすでに裏目に出ていた。魔物の大半をこの陣地に釘付けにしているようでも、多くの魔物がすでに北へ向かった。こうなっては釘付けにされているのは私たちの方だった。

 指揮官たちが頻繁に会合を開き、現場を脱出する方策が議論されているのは間違いない。

 正当に行くなら、まず負傷者を全部、北へ向かわせ、殿が陣地を守り続け、その後に完全に撤収となる。陣地に最後まで残るのも難題だが、北へ戻る時、長く隊列な伸びてしまうと魔物に包囲殲滅されるかもしれない。

 犠牲を考慮する段階はすでに通り越している。

 何度目のか出撃と、何度目かの後退、何度目かの休息、そしてまた出撃。

「うちで引き受けることになった」

 陣の内側に戻り、立ち上る魔物が焼かれる煙の筋を見ていると、すぐそばでコルトが言った。周囲にはコルト隊の面々が揃っている。

 全員がそれぞれの視線を隊長に向けた。力のある視線もあれば、弱い視線もある。攻撃的な瞳もあれば、不安そのものの瞳もある。

「うちと、精霊教会が殿だ。いいな?」

 いつですか、と誰かが質問した。コルトはいつも通り全く動じず、とてもここが戦場で、彼がそこで戦い続けているとは思えないほど落ち着いていた。

 本当の平常心。

 本当の豪胆というやつだ。

「三日後だ。それまではここを死守する。負傷者から優先して北へ戻る。最後はもう、ぶっつけ本番だ。全員が段階的に撤収するが、まとまりを持って集団で撤退する。陣地を出れば、ひたすら北へ走るだけだ」

 馬がないものは? と誰かが疑問を向けると、コルトは鼻で笑った。

「どこかに相乗りさせてもらえ」

 まったく、本当にこの戦場はどうしようもない。

 疑問はそれ以上はなく、議論する間もなく、戦場に出るときがきた。

 この日からの三日は、あるものには長く感じ、あるものは短く感じられただろう。

 あと三日も待たないと終わらない。

 あと三日で逃げ出せる。

 どちらにせよ、三日だった。

 私は腕を軽く負傷し、しかし動きには支障がなかったので、薬を塗りこみ、包帯で巻いて戦闘に戻った。

 陣の中は少しずつ人が減り、紫紺騎士団、神鉄騎士団、そして精霊教会の神官戦士団が目立ってきた。

 どれくらいぶりにか、リツの姿も見た。向こうはこちらに気づかず、食料の配給の列に並びながら、イリューと何か話していた。イリューは面倒くさそうにそっぽを向いて口は閉じていたから、リツが一方的に話しかけていたのは間違いない。

 三日が過ぎ、ついに撤収のときがきた。

 最後まで残っていた隊の第一陣が北へ脱出した。傭兵連合の一部で、たぶん、リツ、ジュン、イリューがいただろう。そこに亜人の集団も見えた。

 精霊教会が最後の最後の隊、まさに殿を引き受けると胸を張った、とコルトは呆れたように言っていたが、一番厳しい戦いを引き受けるというのを否定する気もなかったようだ。

 彼らには偵察任務における負い目がある。まさかここで下手なことはしないだろうと、誰もが見ていた。少なくともこの陣地を形成し、戦闘を続ける中で、精霊教会に落ち度は少しもなかったのだ。

 彼らは完璧に、遺漏なく戦い続けた。それは認めないといけない。

 第二陣として紫紺騎士団とその他のルスター王国軍が出た。これはただ北に向かうだけではなく、後続を待つような役目もある。さすがに殿となると消耗が激しくなるのが当然で、それを全滅させないための処置だった。

 第三陣がコルト隊を最後尾にして、神鉄騎士団の傭兵たち。これは今では一〇〇名を割っていた。

 ここまでのほぼ全てが馬に乗っていた。馬の補充が三日前から始まっていたのだ。誰もこの地で戦うものを、無意味に殺そうとはしていないということだ。

 たとえそれが、安全な場所にいるだけの、戦士ではない人々であっても。

 私はコルトたちと共に陣地を後にする時、不思議な感慨があった。

 私は闘ったけど、勝利はなく、しかし敗北でもない。

 この戦いに、どんな意味があったのか。

 魔物を一体でも多く減らすことに、どれだけの意味があったのか。

 何も変わらず、変えられず、ただ人間と魔物が殺し合った。

 それだけのことか。

 飽きるほど繰り返されたことを、ここでも拡大して再生産しただけのことか。

 陣地はすぐに見えなくなり、最後の最後まで見えたのは立ち上る幾筋もの煙だった。魔物を焼いている煙だ。

 馬は駆けていく。

 北へ。

 安全で、平和な場所で。

 人間の土地へ。

 いつ奪われ、蹂躙されるかもわからない、安息の地へ。




(続く)

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