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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第三部 彼と彼女の再会と別れ
119/213

3-32 傭兵という生き方


      ◆


 まずは無料の質素な服をもらい受け、それを着て俺はジュンと一緒に物資が貯蔵される蔵が並ぶ地区へ行った。

 着物を変えたのは、血で染まった服でウロウロするのは異常だし、そもそも魔物の黒い血ではなく人の赤い血なので余計に目立つ。

「本当に首も胸もなんともないの?」

 こそこそとジュンが確認してくる。この通り、と自分で首を撫で、胸を触ってみせる。

「なんていうか、現実の先を行き過ぎてて気持ち悪いわね」

「俺もですよ」

 蔵に着いて、ジュンが持っていた札で担当の者が蔵の一つを開け、中に案内する。

 そこにはいくつもの荷箱が並び、ジュンはそこから一つを引っ張り出した。

 明かりが乏しい中で、案内した担当の者が灯りを持っている。

 これでいいでしょう、と着物が引っ張り出され、礼を言って外へ出た。蔵の扉が改めて施錠される。

 ジュンが俺に渡してきた着物は、滑らかな手触りの青い着物で、鳥が刺繍されている。

「とりあえずはそれを着ていなさい」

 礼を言って着物を抱えると、「前のには負けるわね」と彼女は笑って言った。

 血まみれになった着物、巨人のアルタリアが作ってくれた着物ことだ。

 まだ着れるので、洗濯に出し、補修するつもりだった。俺もあの着物の独特の模様は好みだった。

 食事でもしましょうか、コルトの方はなるに任せて、とジュンが先立って歩き始める。

 ルッツェの街は賑やかで、確かにこれから大攻勢を控えているとその空気から伝わってくる。最後の平穏な時間、平穏な空間を目一杯、満喫しようという空気だ。

 戦場へ出れば、食事もままならず、眠る余裕はなく、会話さえもできなくなる。

 笑うことも、できないのだ。

 食堂に向かう途中で、大股で突き進んでくるイリューが見えた。ジュンが大きく手を振ると、彼は不機嫌そのものの顔になり、しかし歩み寄ってきた。

「どうしたの? そんな顔して」

 ジュンがそう問いかけるのに、「いつもの顔だ」とイリューが応じる。

 ただ、何故か彼はジュンではなく俺を見ていた。何も心当たりがないのでちょっと恐怖を感じる。

「悪いが、人を切った」

 俺の方を見ながら、声はジュンに向けられていた。ジュンが舌打ちする。

「どこの誰を切ったわけ?」

「名前は知らない。精霊教会の神官戦士だ」

「なんで切ったの?」

「私を亜人と呼んだ」

 その程度のことで、と嘆くようにジュンがつぶやくが、イリューはまっすぐに俺を見ていた。

 なんでそんなに俺を見るんだろう?

「とにかく、揉め事になるかもしれない。迷惑をかけるようなら、私は抜ける」

「人類を守り隊を?」

「他に属している集団はない」

 しばらく沈黙があり、「任せておきなさい。逃げるのはやめなさいね」とジュンが諭すように言うと、イリューは鼻を鳴らし、俺を一層、強く睨みつけてから去って行った。

 それを見送ってから、行きましょう、とジュンが歩くことを再開した。

「前にも同じようなことがあった」

 歩きながら、ジュンが話し始めた。

「最初はもっと酷かったのよ。プライドっていうか、自分が亜人で、亜人だからこその自分だ、と思っているの。人間とは絶対に違うし、人間がどうなろうと構わない、そういう立ち位置ね。昔じゃなくて、今もそう思っているかも」

「じゃあなんで、イリューさんは傭兵をやっているんですか?」

「技に魅入られている、とヴァンが昔、表現していた。昔といっても、まだ十年も経っていないけど。その間に、イリューはだいぶ丸くなったよ。人を切るのも、二年ぶりくらいかな」

 ……人格破綻者だとは思っていたけど、殺人衝動も持っているとなるとだいぶ危険なのでは。

 俺の疑問を知る由もなく、ジュンは言葉を続ける。

「とにかく、イリューは剣術を身につけ、それを極める場所として、傭兵をやるという生き方を選んだ。剣術は超一流でもまだまだ未熟な精神なのよ。亜人がみんなそうではないけど、あいつはちょっと、普通じゃない」

 意外に俺はジュンと同じことを考えているのかもしれない。

「でも、私はそれでもいいと思うかな」

 ジュンが肩越しにこちらを振り返り、口角を持ち上げた。

「イカれているかもしれないし、異常者かもしれないけど、あいつの剣は、綺麗だし、誰にも追いつけない。一人きりで、誰も歩んだことのない道を切り開く剣士というのも、そうそういない」

「それで殺されていたんじゃ、堪りませんよ」

「それはそうだけどね。リツ、彼をあまり刺激しないように。特に今は。言葉に注意しなさい」

 俺は無言で頷いておいた。自分がどうやら死なないらしいと分かっていても、さすがにイリューにバラバラに解体されたりするのを試してみたいとは思えない。

 食堂につき、食事をしていると、知り合いの傭兵たちが寄ってきて現状が伝わってきた。

 紫紺騎士団の本隊がルッツェに来る予定で、神鉄騎士団の最精鋭の隊も来るようだ。全て、魔物の大群の攻勢を受け止め、押し返し、撃滅するのが目的である。

「それだけの隊になると、補給線の維持が難しいわね」

 中年の熟練らしい傭兵にジュンがそう口にすると、短期決戦という噂もあるぜ、とその傭兵は笑っていた。

 彼が離れていってから、ジュンが肩をすくめた。

「短期決戦とはいうけど、数では人間の方が少ないんでしょうから、甘い見通しね」

 どう答えることもできずにいると、上が考えるでしょう、とジュンはお茶の入った器を手に取り、それを傾けた。

 食堂を出て宿泊所に戻ろうとなったのだが、宿泊所が見えたところで、フラッと出てきたのはオー老師だった。思わずジュンを見るが、彼女も俺を見ている。

「相手してやりなさい」

 はい、と答えたいところだけど、はぁ、という返事になってしまい、勢いよくジュンに背中を叩かれた。

 オー老師もこちらに気づき、据わった目つきで一目散に、しかしどこか覚束ない足取りでこちらへやってきた。

 まぁ、稽古しないと、他の傭兵たちに追いつけないか。

 着物は預かっとく、とさっき受け取ったばかりの着物はジュンが取り上げ、彼女はオー老師に何か合図をして、宿泊所へ歩いて行ってしまった。ちゃんとオー老師を迂回した。

 仕方ない、と覚悟を決めて、俺の方からもオー老師に歩み寄った。



(続く)

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