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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第三部 彼と彼女の再会と別れ
115/213

3-28 途上


     ◆


 荷馬車を降りて、焚き火をいくつか作った。

 イェーカ砦から北上し、街道の関係でバットンの方が近いということで、そこで一度、荷馬車を降りた。俺たち以外の負傷者はバットンで治療を受けることになる。

 緩衝地帯を徒歩で移動しているところで、事前の計画の通り、神鉄騎士団の荷馬車がやってきたのは荷馬車を降りてほんの一日後のことだった。

 荷馬車には護衛としてガフォルがついてきていて、途中でヴァフォルも追いつくということだった。

 兄弟は俺たちと別れた後、神鉄騎士団にスカウトされ、そのまま仲間に加わったと話していた。

 それでも俺やジュン、イリューと再会した時の喜びようはすごいもので、ガフォルは俺に抱きつき、泣き出し、イリューはうんざりした様子で離れて見ていた。ジュンはガフォルの肩を軽く叩いて、それで俺を解放したガフォルが今度はジュンに抱きつきそうになり、彼女は腕を突っ張って遠ざけた。

 何はともあれ、コルトがまだ足元に落ち着かないものがあるらしく、荷馬車はどうしても必要だったから、これで安心できた。

 荷馬車に乗って二日、明後日にはルッツェへたどり着く、というところまで来ていた。

 焚き火では荷車に乗せられていた干し肉が炙られたり、粥が煮られたりしている。

 食事の間にガフォルがいろいろとバットンからルッツェ、イサッラの間で見聞きしたことを教えてくれた。

 偵察隊では戦死者が多く、遺体の回収が不可能どころか、どこで命を落としたかもわからないということだった。

 今回の作戦の司令部は、とりあえずの結論として俺たちが見つけた大群に的を絞り、それへの対処を行う、という方針らしい。

「他にも群れがいたら、困ったことになるわね」

 粥をすすりながらジュンがそういうのに、その通りです、とガフォルが頷く。

「この戦争は常に人間が受け身になるしかありません。数が違いすぎます」

「敗北主義者め」

 イリューが短く呟いた声は、夜の静けさの中で大きく聞こえたが、イリューはそれを把握していただろう。弱気を咎めるのと同時に、反発で気力を蘇らせようとしたのかもしれないけれど、あまりに乱暴だ。

 言葉を向けられたガフォルも反論しようとしたが、しかし言葉にならないようだった。

 静かに食事が進み、休むことになった。戦場なら半分づつで交代で眠るが、ここは安全地帯だ。最低限の歩哨として、一人が起きていることにした。コルトは眠っているので、ジュン、イリュー、俺、ガフォルだ。

 眠りにつく前に、ガフォルが俺にどうやって戦場から生き延びたのか、確認してきた。今までにも知りたかったのを我慢していたのが、ここで辛抱できなくなった、という風だった。

「まあ、いろいろあってね」

「魔物の群れのど真ん中で、四人で、しかも一人は動けないほど負傷して、最後には馬もなくて、それで生き延びるなんて奇跡ですよ」

「奇跡が起きることもある」

 早く寝よう、と促すことで、どうにかその追及を遠ざけた。でもガフォルは、隙があれば何度でも聞きますよ、という雰囲気で、俺としては参ったなというところだ。

 荷馬車にもたれかかって眠り、しかし微かな振動に目が覚めた。

 そちらを見ると、ゆっくりとコルトが出てきたところで、今も彼は具足を身につけずに、着物だけである。

 俺の視線に反応したように、彼がこちらを見た。月明かりの中でも、白い歯で笑ったのが見えた。

「用を足してくる。起こして悪いかった」

 そんな言葉の後、コルトは荷馬車を止めている草原を歩いて行き、丘の向こうに入っていった。ここで荷馬車を止める時、そこで用を足せばいい、などとガフォルが言った場所だった。

 寝直そうと思ったが、俺も用を足す気になり、立ち上がった。

 歩哨に立っているのはイリューで、こちらを見ているのに、手を上げて合図する。向こうも了解という感じに手を上げた。さすがにこういう時に無視したりはしない。

 丘を回り込むと、突っ立ってコルトが小用をしている。なんとなく隣に並び、俺も同じようにする。

「奇跡が起きた、などと言っていたな」

 コルトが低い声で言った。夜の闇にすぐに溶けていくような、そんな響き方だ。

「お前の力ではないかもしれないが、お前がいたから俺は助かった。それは事実だ。そのことを俺は忘れないようにしよう」

「そんな。俺は、死なないだけで、剣術もファクトも、たいした見所のない平凡な傭兵ですよ」

「死なない奴を平凡とは言わんな」

 二人で荷馬車の方へ戻る途中で、その着物はよくできている、と急に言われた。

 俺の体が二つになった後、巨人の力で生み出された着物だった。人間の文化とはちょっと違う文様が描かれ、布に近いが、どこか布ではない頑丈さがあった。

「売り物になるんじゃないか?」

 コルトなりの冗談らしいので、「いざとなったら反物屋にでも転職します」と答えると、死なない奴が死なない職業をしてどうする、と笑われた。

 その夜は何事もなく更けていき、翌朝、揃って進発した。

 街道の途中で、ヴァフォルが待っていて、ガフォルと再会した時と同じことが再現された。

 その夜は、ヴァフォルが用意したという料理が振る舞われ、急ぎの旅の途中とも思えない豪勢な料理を食べることになった。温め直すのに手間がかかった。ガフォルとヴァフォルがいくつもの焚き火で同時に料理を温める忙しさは、戦場もかくやだった。

 とにかく、全員が傭兵らしい健啖家なので、料理はあっという間にそれぞれの胃に収まり、順番を決めて歩哨に立つことになった。

 まだ人間の生活が戻っていない地帯なので、人家などはほとんどない。何十年か前は木々があったような場所でも戦争に使われる材木とするためだろう、あらかたが伐り尽くされ、木立はあっても、どこか頼りない。

 俺は二番目の歩哨だったので、眠るのも中途半端かと、空を見ていた。

 月は見えない。雲に隠れている。しかしその雲も小さく、星はよく見える。

 ふと、その星が滲んだ気がした。

 目元をこする。

 やはりぼやける。

 なんだ? 眠い気もするが、おかしい……。

 ふらつきながら立ち上がった時、それは一斉に闇の中から立ち上がった。



(続く)

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