3-27 暴露
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コルトはジュン、イリュー、リツと、後方に下がる傭兵たちに混ざって、ルッツェへ向かっている。
私とホークはそれぞれの馬で先に進み、一足早くルッツェに着く計画である。
初秋といえども日差しが強い日で、汗が流れる。汗はすぐに風を切ることで冷えて、その瞬間だけは心地いい。
数日の移動の結果、無事にルッツェに到着した。
出迎えとして神鉄騎士団のコルト隊に所属している傭兵たちが数人いて、私たちを見ると一人二人と拠点の中へ駆け込んでいく。報告に行ったのだろう。
拠点に入り、ホークが馬を降りるとすぐに傭兵に囲まれる。それに「大丈夫、コルトは無事よ。こっちへ来る」とホークは繰り返して、傭兵たちの間にざわめきのように声が広がっていく。
「まずは腹ごしらえをしましょう」
馬の世話をした後、ホークにそう言われたので、私は彼女についていった。
ルッツェの食堂に入ると、その空気が即座に二分された。
片方はホークの登場を嬉しそうに見て歓迎するもの。
片方は、どこか落ち着かない、こそこそとしているような視線の動き。
引け目、負い目があるものがそれだけいるということだ。
卓について食事を始めても、どうしても落ち着かなかった。声をかけてくるものもいれば、逃げていくものもいる。
「精霊教会の話は聞いているか?」
私は知らない顔だが、ホークの知り合いらしい男性が近づいてきて、抑制された声で言った。
何も。
そうホークは平然と答えている。
男性はちょっと顔をしかめ、「あの臆病者どものことだよ」と続ける。
それでやっと興味がわいた、というようにホークが表情を緩める。
「精霊教会が臆病者って、詳しく知りたいね」
あからさまな言葉選び、露骨な誘導だったけど、男性はペラペラと話した。
事前に聞いている通り、本当に精霊教会の偵察隊は戦闘を回避して、それらしい偽装までして帰ってきたというのだ。
その話を信じているものは、コルト隊の決死の奮戦を評価している一方、精霊教会に近いものはそのコルト隊に顔向けできない、ということだろうと、私はそれとなく周りを確認して状況を把握した。
何人かの傭兵と話しながら食事を終えて、ホークは私に「それぞれに情報を集めましょう。コルトは明後日には来るだろうから」と食堂を出て行った。
さて、どうしたものかな、と思ったけど、私は思い切って自分たちと関わり合いになろうとしない人々を選んでみた。
ホークが出て行くのを見送ってから、こちらを伺っている様子の男性三人、女性二人の卓に向かう。私が近づいてくるのを見て、彼らは逃げこそしなかったが、萎縮していた。
「精霊教会のことを聞いたのですが、何かご存知ですか?」
ご存知も何も、と五人が視線を交わすが、何も言わない。
「偵察任務に参加してはいませんよね、皆さんは」
「報酬は高くても、死んだら意味がない」
リーダーらしい男がそう口にすると、全員がそれぞれに程度の差はあれ、頷いた。
「当たり前の発想です。確かに、死ぬかと思いましたし、仲間は死にました」
場が静まり、沈痛な空気が流れた。
「精霊教会について、何もご存知ではない?」
もう一度、確認すると五人は無言で視線を交わし、なかなか言葉にしなかった。
それでも小柄でがっしりした体つきの男が「奴らを保護した部隊にいた」と小さな声で言った。仲間たちが彼の名を呼んで止めようとすると、その小柄な男は顔を上げ、しかし表情を歪めながら続きを口にした。
「俺たちはルッツェに一番近い、魔物なんて来ない土塁に守備隊として駐屯していた。土塁を再構築する工兵たちの護衛だよ。実際の戦場はそこから土塁や塹壕をいくつも隔てた南で、実際には魔物はいない。守備隊は形だけだ」
「それで?」
「俺たちはただ、周囲に目を配っていた。それが見えたのは真っ昼間で、見間違えようはなかった。真っ白い外套を着ているからな、目立つんだ。あの土塁があったところでも周囲はどこか薄暗くて地面も黒ずんでいて、とにかく白が目立つ」
もう他の傭兵たちは止めなかった。
「精霊教会の装備をした奴らは、そうやって俺たちの前に現れたが、奇妙だった。東から来たんだ。真東だよ。土塁の南側じゃなかった。最初、白い毛の魔物でも現れたのか、と思ったほどだ。しかし間違いなく、精霊教会の神官戦士だった」
「奴らは、特に疲れてもいなかった」
別の男が後に続けた。
「奴らは外套も白なら、具足も白を基調にしている。あんな装備で戦場に立てばあっという間にぐちゃぐちゃに汚れると、俺たちが笑っているような装備そのままだ。あの時、奴らの装備がそれはちょっとは汚れていたが、普通の汚れだった」
「魔物の血肉の汚れではない?」
「そうだ。神官戦士たちの体が汚れているのは、土とか泥とか、そんなような汚れだけだったと思う。とても何日も戦場を駆け抜けてきた、という疲れ方でもなかった。ちょっと無茶な遠乗りをした、というかね」
ふぅん、と私は言うしかなかった。
精霊教会の部隊は本当に戦闘を回避したらしい。
「他に何か、知っている?」
「奴ら、銭を払ってさえいるよ」
女の傭兵が一人、吐き捨てるように言った。
「余計なことを言わないようにね。連中の愚かなところは、そのための銭さえ渋っているところだ。こうして私たちが事実を暴露するのを止められないんじゃ、あの銭には何の意味もなかったことになるね」
私は少し思案して「ありがとうございます」と礼を言って、一人で食堂を出た。
ルッツェの拠点では、そこに居座っている傭兵たちで規模が大きい場合は幕舎を張っているが、もっと大手になると幕舎自体が大きい上に一つではなくなるので、それを受け入れるべく事前に空き地が作られている。
そこには大手の傭兵団や、規模の大きい軍隊などが駐留していて、その幕舎の群れの中に、精霊教会の神官戦士団のそれがある。
幕舎さえも真っ白で、精霊教会の紋章が描かれていた。
私はその入り口が見えるところに立って、じっと動きを止めた。
出入りするものは白い外套を着ているか、そうでなければ揃いの白い具足である。
顔をじろじろと見ているからだろう、神官戦士たちの中にはこちらを睨みつけるものもいるけれど、それで怯む私でもなかった。
しばらくそうしていると、白い外套を着た男が出てきて、こちらへやってくる。
その顔は、私も知っている顔だった。
「何か用があるのか、それとも、誰かを待っているのか?」
男は私の前に立ち、身長差もあってこちらを見下ろしてくる。
「以前、食堂でお会いしましたね」
こちらからそう水を向けると、男は少し眉間にある皺を深くした。覚えていないらしい。
「ルティアさんですよね。私はあなたに殺されかけた傭兵です」
そう言ってみたが、ルティアは大して表情を変えなかった。
私のことを覚えていても、大して意味はないし、私の立場はただの傭兵の一人だった。どこにも重要なものはなく、重大な要素は微塵もない。
「質問に答えてもらおう。なぜここにいる?」
「精霊教会の卑怯な行いがあった、と聞きました」
「卑怯? 何がだ」
ルティアの表情には何の変化もない。
落ち着き払っている。
「ルティアさん、あなたは責任のある立場ですか? もしくは、責任を負う人間ですか?」
「全体の指揮官ではない」
「では、精霊教会から例の偵察任務に出たもので、責任を負う方は別なのですか。なるほど、それならよかった」
「よかった?」
私は笑みを見せた。
死んだ仲間が乗り移ったように、私の中にあるのは怒りだけで、それは然るべき相手にぶつけない限り、決して消えないと感じた。
「私は、死んだ仲間のために、その責任を果たしてもらうつもりです」
沈黙。
「ただではすまさんぞ」
ルティアの声には猛獣が獲物に飛びつく寸前の静けさがあったが、私は全く気にならなかった。
「お好きに」
私は一礼して、ゆっくりと精霊教会の幕舎の前を離れた。
一人きりで歩いていくと、また別の空き地があり、そこでリツがオー老人と稽古をしていたな、と思っていると、ふらふらと当のオー老人がやってきた。酒瓶を傾けながら、頼りない歩調だった。でも転んだりはしない。
声をかけようか迷って、結局、私はそっとその場を後にした。
あとになって、リツたちの無事を重複するとしても伝えるべきだった、と思った。
(続く)




