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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第三部 彼と彼女の再会と別れ
105/213

3-18 死闘

      ◆



 こいつはまずい。

 そう呟いたのはホークとユナが連れて飛び込んできた傭兵の一人だった。彼はコルトが守っていた負傷した傭兵を治療し始めたが、声は深刻だった。

「そっちもか? こっちも危ないところだ」

 もう一人のやはりホークたちに連れてこられた傭兵がそう言葉を返す。

 たった今まで、俺とガフォル、ヴァフォルの二人の兄弟は無事な馬を逃げないようにしながら、ジュンとイリューの防衛網を突破してくる魔物を倒すのに終始していた。

 それもコルトが背後を一人きりで支えているのでできたことで、ホーク分隊が飛び込んでこなければ、今よりも極端に難しい事態が起こっただろう。

 ホークの弓が向けられる先で、次々と魔物が消し飛び、ユナが槍を振るう先でも魔物が殲滅されていく。ジュンとイリューは少しずつ楽になったようだ。既に二人は二時間ほど、戦い続けていた。

 身振りでジュンとやりとりしたイリューがこちらに合図を送ってきて、ガフォルとヴァフォルが丘を下り、ジュンと交代した。イリューはまだ体力があるという判断らしい。  

 魔物の黒い血にまみれたジュンが丘の上に来て、「大丈夫そうじゃないね」とコルトに言っている。コルトは重々しく頷いた。

「とにかく、すぐに戻る必要がある。お前たちの情報も伝えなければならん」

「私はあなたのことを心配しているのだけど、コルト?」

「俺のことは気にするな。自分の面倒を見れない子どもとは違う」

 その言葉が子どもなのよ、と言ってジュンはそのまま寝かされているコルト分隊の傭兵の方へ行った。

 一時間の小康状態の間に負傷者が馬に括り付けられ、ジュンとイリューが入れ替わった。

「小さき巨人もここまでか」

 皮肉げにイリューが言うと「俺が死体に見えるか?」とコルトがやり返す。

「限りなく死体に近いな」

「気にするな」

 さっきと同じことをコルトが口にしたのが俺を不安にさせたが、しかしもうどうすることもできない。

 指笛が吹き鳴らされ、ジュンとガフォル、ヴァフォルがジリジリと後退し、ホークとユナが魔物の群れを牽制することで、三人は丘へ上がってきた。

「馬に乗れ、みんな。北へ向かうぞ」

 馬の数はかろうじて足りていた。しかし負傷者三人を乗せた馬は、二人を乗せているので消耗が激しいだろう。俺たちはあまりにも南に進み過ぎているので、馬が途中で潰れるといよいよ帰還する手段を失う。

 負傷者を乗せた馬には、ホークが連れてきたウッド、ジューナ、オンバの三人が乗っている。疲労のほどは気になっても、神鉄騎士団の馬の質に頼るべきという判断だった。

 ガフォル、ヴァフォル、ホークの三人が負傷者を連れた三人を守り、イリュー、ジュン、コルト、そして申し訳程度に俺が遊撃隊となった。

 丘を駆け下り、魔物の群れを突き抜け、ひたすら北進を始めた。

 しかし足は遅い。どうしても人間二人を乗せた馬の足が鈍くなる。さらに馬が潰れることを避けるために、疾駆させ続けることなどとてもできない。

 コルト分隊、ジュン分隊、ホーク分隊が合流したところで赤い狼煙を上げてあったが、今の所、救援の姿はない。いつの間にか風が強く吹き付け、狼煙をかき消すどころが辺り一帯の雲が黒く染まり、今にも雨が降りそうな様相になっていた。

 魔物たちに支配された領域の雨は、人間の領域の雨より重く粘り気があり、それでいて冷たい気がするものだ。

 駆け続ける。駆けるしかない。

 夜になっても休むことはできず、むしろ夜こそ闇に紛れて魔物が襲いかかってくるので、足を緩められない。

 日が昇ってから全員が馬を降り、わずかな時間で水と塩を与え、馬を引いて歩くことで馬を休ませる。この状況では、人間の休息は望むべくもなかった。

 糧食を食べる余裕もないので、非常用の小さな砂糖の塊を口に入れる。これだけで力が少し蘇るから不思議だ。

 北上を始めて二日は、どうにか耐え抜いた。馬も潰れなかったし、ささやかなミスはあっても誰かしらがそれをフォローできた。

 全員が疲労困憊し、それでも必死に絶望を遠くに追いやり、見えなくなりつつある未来を信じていた。

 ウッドが載っていた馬の足の一本が唐突に折れた。負傷者はもちろん、ウッドも投げ出される。全体が停止し、すぐにジューナがウッドの治療を始め、オンバはウッドが連れていた負傷者の傭兵を確認していた。

 イリューとジュン、ユナが馬で周囲を旋回し、魔物を寄せ付けない間に、ウッドはオンバの馬に乗り、負傷者はジューナの馬に乗せられた。

 一頭の馬に三人を乗せるのはさすがに無理だが、現状では他に移動方法がない。

「戦って死ねることを誇りに思う自分が、今ほど頼もしいこともない」

 俺の横へ下がってきたイリューの言葉に、俺は思わず彼の顔をまじまじと見てしまった。

「そんな顔をするな、小僧。そう簡単に死ぬものか」

 ガフォルとヴァフォルの防御をすり抜けた魔物を、イリューがまるで草を刈るように切り倒す。

 ジュンが手で合図。ガフォルとヴァフォルは負傷者を乗せている二騎を護衛するように。イリューと俺は防御。コルトが身振りでジュンとユナに指示を出し、それに二人が何か反応を返しているが、その間にも魔物はくる。

 俺も必死に剣を振るい、馬を操り、必死に魔物を遠ざけた。

 魔物は恐怖などないように、とにかく前進してくる。こちらが威圧しても全く動じない。

 視線を巡らせると負傷者たちが離れていく。ホークとユナ、ガフォルとヴァフォルがそれについて行っている。

 コルトが一人で少し離れると、長柄の斧を縦横に振り回し、魔物の追撃を防ぎ始める。

 俺たち四人も、徐々に後退するが、他の七騎とは距離ができていく。

 このまま敵中に取り残されるのはかなりな恐怖だったが、しかし俺たちは一応、身軽である。何かのきっかけがあれば、追いつけるだろうか。

 不安、恐怖、絶望。

 考えないしかなかった。

 ジリジリと北へ進む。疲労の色が濃い。誰も彼もだ。

 雨が降り始め、すぐに土砂降りになる。ともすると仲間を見失いそうだった。魔物が雨の幕を突き破ってやってくるのは、気力を削り取っていく。

 鈍い音がして、そちらを見るとコルトが落馬していた。

 反射的に飛び込んで、馬で今にもコルトにとどめを刺しそうだった魔物を轢いた。

 ただそれだけではない。突っ込んできた魔物が俺の乗っている馬を跳ね上げ、たまらず俺も落馬していた。

 バカめ、と言ったのは、コルトだったか。

 イリュー、ジュンの姿は雨に遮られて見えない。

 魔物が目の前にいる。落馬して放り出していなかった剣で斬り払う。

 コルトはすぐそばにいて、斧の柄を杖のようにして立ち上がろうとしている。

 そこに二足歩行するトカゲのような魔物が突っ込んでいくのが見えた。

 もう迷っている暇も、躊躇っている余裕もなかった。

 肩からぶつかっていき、魔物を跳ね飛ばそうとした。したけれど、こちらがバランスを崩す一方で、魔物はほとんど動じなかった。

 魔物が俺を見ている。

 長く鋭い爪が、振り上げられる。

 全てが緩慢に見えて、雨の雫をいくつも粉砕しながら、その爪が俺に落ちてくる。

 コルトを助けられるならいい。

 目を閉じることはできず、爪は俺の左肩に食い込み、体を深く深く引き裂いていく。

 それを何故かよく理解できた。



(続く)

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