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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第三部 彼と彼女の再会と別れ
104/213

3-17 緊急事態


       ◆


 全く最悪なこと。どこのどいつなのか。

 ぶつぶつとホークが愚痴をこぼしながら先頭を駆けている。

 私と他三人のコルト隊からの傭兵は、無言で彼女について行っていた。正確にはホークの馬術は相当なもので、ともすると距離が開きそうになる。

 両翼はウッドとジューナという二人で、真ん中にオンバという女性の傭兵、最後方が私だった。

 ホーク隊は魔物の集合地点を探り出すことができず、南進からやや西進した。そこで北に進む向きを変えるか、私以外の四人で議論になっていた。もちろん足は止めずに西へ進みながら、魔物を撃退しながらだ。

 私が意見を求められなかったのは純粋に経験不足だからで、私自身も自分が有意義な提案ができるとは思えなかった。

 魔物の密度はやはり薄いとホークたちが話していたから、魔物の集団が形成されているのは間違いないはずが、痕跡すらも見つからなかったのは何故か、と彼らは検討していた。

 しかし答えが出るより前に、事態は動き出した。

 西へ進み続けて日が高くなった時、オンバがまず緑の狼煙に気づいた。だいぶ後方、つまりやや東寄りの地点らしい。

 緑の狼煙は、任務の達成を意味して、あとは各自で必死に逃げ帰るだけになることを意味している。ただ赤い狼煙には注意しないといけない。特に、緑の狼煙を上げた隊を保護するのは絶対だし、守りきれない時も情報だけは誰かしらが持ち帰るのが、最悪の形での任務達成となる。

 だから私たちは北上を開始しながら、東側に注意を払っていた。

 それを見つけたのは、ウッドで「あれを見ろ」と彼は自分たちの右手側を指差した。

 赤い狼煙が上がっている。それも二本、だろうか。だいぶ風に散らされているから見逃しそうだ。

 煙は広く拡散していて、遠近を測りづらい。目を凝らして観察して、どちらかといえば色が残っている方が奥で、霞んで背景に同化するほどに薄い膜が手前にあるように見える、気がする。

 手前の狼煙が先に上がり、その向こうに見えるのは先の狼煙に呼応した狼煙だろうか。

 ホークの判断は早かった。

 五人で北上を中止し、南東よりやや東寄りを目指して駆け出した。

 魔物は周囲にうようよいる。北上する時はそれほどでもなかったが、東進を始めると魔物の壁は厚くなった。馬で突っ切って行っても、追いすがって来る。私がそれを槍とイレイズのファクトでなぎ払い、防ぐ。

 赤い狼煙はすぐに消えてしまった。ただ、さらに東寄りで赤い狼煙が上がっている。

 こういう時、通信手段の不備が頭に浮かぶ。

 先に消えた狼煙二つは、どうなったのか。全滅したのか、逃走に成功したのか。

 今、見えている遠くの狼煙は、新しい危機的状況なのか、それともさっきの狼煙とつながっているのか。

 ぶつぶつとホークが愚痴をこぼしながら、丘をいくつも越えていく。

 それが見えた時、かすかにホークが息を飲み、次に馬を疾駆させ始めた。

 私にもそれが見えた。

 丘の上に仁王立ちになっているのは、間違いない、コルトだった。

 その周囲を二人の傭兵が動き回り、次々と魔物を倒している。そしてその奥で、三人の傭兵が馬を守っていた。

 ウッド、ジューナ、オンバが駆け出してホークを追っていく。

 私は彼らの背後を守りながら、丘へ回り込んだ。イレイズの力を使えば、だいぶ他の傭兵の負担を減らすことができる。

 丘をぐるりと回り、丘へ駆け上がる。

 馬がほとんど限界だ。降りて、しかし馬の世話をする前に、コルトに駆け寄った。

「意外に悪くない顔ぶれが揃ったな」

 そういうコルトの口調はいつも通りだが、顔に血の気がない。具足の脇腹のところが抉れているように見えた。

 ホークは金属製の弓を構え、見えない矢をつがえ、続けざまに不可視の攻撃で魔物を消し飛ばしていた。

 周囲を駆け回って戦う傭兵二人は、ジュンとイリューだ。

 そして馬を守っているのは、見知らぬ二人の傭兵と、リツ。

「話をしている暇はない、と格好をつけたいが、かと言って、今は動けん」

 コルトがそう言って背後に視線をやる。

 彼が立っている後ろに、寝かされている傭兵が三人いる。三人とも私は顔を知っていた。コルト隊の傭兵で、偵察任務でコルトの直下になったものだった。

 四人いたはずが一人足りないのは、そういうことだろう。

 三人は治療も施されていなかったらしく、ウッドとオンバが医療器具を取り出し、処置を始めた。しかし出来るのは応急処理だ。二人とも医者ではない。

「こいつらを無事に逃がす必要がある」

 そういうコルトの声には、どこか悲壮なものがあった。

「とにかく、今の体勢ではな」

 私にコルトがまっすぐな眼差しを向けた。

「お前の力を頼らせてもらう、ユナ」

 はい、と頷いて、私は槍を構え、一度、浅く、しかしはっきりと呼吸した。

 血の匂いと肉の匂い、鉄のような匂いと腐臭の混合物が胸を苦しくさせた次には、日常では抱くことのない冷酷さ、残酷さがやってくる。

 殺戮の時間。

 闘争のみの世界。

 勝つことが難しい、分が悪すぎる運命を、力で、暴力で、気力で切り抜ける仕事。

 私が一歩を踏み出し、その時には両手の間で槍が踊り始める。

 魔物のことを考えるのは、一切、やめた。

 物体を破壊するように、私は能力を解放した。

 不可視の波濤が、戦場を席巻した。

 魔物の体が砕け散り、地面は抉れ、舞い上がった土煙さえもが消滅する。

 まずイリューが、次にジュンが戻ってくる。

 この丘を死守して、時間を稼ぐ。

 私が考えるより、経験十分の彼らが結論を導き出すべきだ。

 私はやっぱり、一振りの刃の方が性に合っている。

 どれだけの数を仕留めたかはとっくに忘れていたし、そもそも数えてすらいなかった。

 敵は数かぎりない。

 倒しても倒しても、終わりはない。

 ここは敵地のど真ん中だった。

 それでも不思議と不安にも恐怖にも支配されないのは、やはり背後にいる、彼らの力だろう。

 頼れる仲間がすぐそばにいることが、私から怯えを拭い去っていた。




(続く)

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