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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第三部 彼と彼女の再会と別れ
103/213

3-17 異境領域


     ◆


 一〇〇騎が一かたまりで南下し、三日はそのままだった。

 土塁をいくつかくぐり抜け、空堀も塹壕も抜けていく。

 そこここで魔物と人間が戦っていた。戦場に休日はなく、兵士は戦場にいる限り本当に休まることはない。

 魔物の数はそれほど多くないように俺には見えたけれど、まぁ、魔物がいることにはいるし、魔物はいつも通りに必死に特攻を繰り返していた。

 兵士たち、傭兵たちがこちらを見ることはあっても、挨拶などしない。彼らは俺たちを見送る役目ではなく、俺たちを少しでも楽させるのが役目なのだ。

 歓迎されるわけもない。馬に乗って駆け抜けるより、一人でも多く戦場に乱入して一緒に魔物を追い払ってほしい、と思うのが当然だ。

 四日目に所定の地点に到達し、一〇〇騎は五騎一組で、二十組に分かれて散った。

 永久戦線の中でも、間違いなく魔物たちの領域、異境領域だった。

 魔物はこちらに向かってくるものが半分、北へひた走るものが半分だ。向かってくる魔物は置いてけぼりにできるなら放っておくが、針路を塞ぎそうなものは容赦なく切り捨てた。

 俺の前はジュンが駆け、すぐ後ろを兄弟だという二人の傭兵、ガフォルとヴァフォルが続く。最後尾はイリューである。

 イリューは時折、馬の脚を落とし、追いすがる魔物を徹底的に倒していた。剣の扱いも見事だが、馬の扱いも信じられないほど鮮やかだ。

 日が暮れ始める。

 月明かりの中では、魔物の大半が暗い色の鱗や体毛に覆われているため、こちらが圧倒的に不利だ。かがり火を焚くと、それはそれで魔物を呼び寄せる。

 馬を降り、地物を選んで二人一組で守備に就き、一人はそれに即座に助力できるように備え、二人は体を休める。

「まぁ、三日ほどは休めないよ」

 ジュンが俺にそう言うのに、ガフォルとヴァフォルがニヤニヤと笑っている。俺がまだまだ素人であるのに対し、二人の方はまだ経験がある。

 俺は一睡もできないどころか、緊張がゆるむ時間はほんの一秒もなかった。兄弟の傭兵は魔物の喚き声や足音、そして彼らが始末されるときの音に包まれても、目を閉じてじっとしていた。

 日が昇り、再び移動。

 ジュンもイリューも少しも疲労していないように見える。俺とは体力が根本的に違うらしい。

 魔物の群れがどこかに集合しているという推測の元にこの作戦が決行されているが、それらしいものは見えなかった。

 さらにもう一日、野営した。

 いよいよ俺は参ってきて、三日目の夜にはついに気絶するように眠りこけてしまった。

 自分でも信じられないが、周囲にうようよと魔物がいて、いつ襲ってくるかもしれないのに眠ってしまうのだから、実は俺は豪胆なのかもしれない。

 夜中にイリューに蹴り起こされ、「死体になりたいのか? 死体に憧れているのか?」と言われたが、声は鋭いがそれ以上に突きつけられた刀の方が、実際的に鋭かった。

 四日目、五日目。つつがなく過ぎた。イリューが俺を殺すこともなかったし、魔物が俺を食い殺すこともなかった。

 道筋は自然と南から西方面に向いていて、完全に西進し、そろそろ北へ向かう先を転ずる必要があった。

「他の隊はどうなっているかな」

 俺の横に並んできた馬上のジュンの問いかけに、「合図はありませんね」と答えるしかなかった。

 魔物の集団を発見すると、狼煙を上げることになっている。緑が「発見し、撤退」で、赤が「緊急事態」である。

 今、俺たちが駆け抜けている辺り一帯は丘が無数に連なっているが、大きな山などはない。だから魔物の接近も事前に把握できるし、進路を調整して、より少ない戦闘で切り抜けることもできる。

 何より、狼煙を見逃すことがない。

 丘を三つほど超えた時、先を走る位置に戻っていたジュンがいきなり馬を止めた。

 危うく追い抜きそうになり、馬首を返す。俺に続くガフォルとヴァフォルも馬を止め、イリューは追跡してくる魔物を跳ね返すためにやや遅れていた。

 丘の上から、それはよく見えた。

 通常ではありえないほど、魔物が密集している。丘を一つ、すっぽりと埋め尽くすほどだ。

 五〇〇、いや、八〇〇、そうでなければ、一〇〇〇はいるかもしれない。

 すごい、と思わず声が漏れていた。

「さすがにここは近すぎる」

 ジュンが囁くように言うと、そっと馬を下がらせ、丘を下りていく。駆け上がろうとしていたイリューが「見つけたか」と最低限の声で言うのにジュンが無言で頷いた。彼女にして怖気づいたことはないだろうが、はっきり言って俺は気を飲まれていたし、兄弟の傭兵も明らかに緊張していた。

 丘を二つほど回り込み、魔物をあらかた倒してから、緑の狼煙を上げた。

 あとはひたすら北へ走ればいい。現在地点は、複数枚の地形図などを頼りに割り出してある。

「このままバットンへ向かいましょう。そっちの方が近い」

 緑の煙を見上げてから、ジュンがそう指示した。

 誰にも異論はない。こんなところとはさっさとおさらばしたいところだ。

 馬が駆け始める。

 それが見えたのは、半日も経たない時だった。

 赤い狼煙が上がっている。北進している俺たちから見て東寄りだった。

「緑は見える?」

 ジュンの言葉に、全員が東側へ視線を送るが、緑の狼煙は残念ながら見えなかった。

 それが意味するところは、ここより東に魔物の大群がいないということなのだろうが、緊急事態とはなんだろう。運のない偵察隊が何らかのヘマをして助けを求めているだけなのか。

 どちらにせよ、赤い狼煙を見た以上、救援に向かう必要があった。

 反対側、西側と南側を確認し、他に赤い狼煙はない。救援すると決定した時には、その救援に向かう隊も赤い狼煙を上げる決まりだ。そうすることで、できるだけ戦力を整えるのである。

 ただ、他に赤い狼煙はないとは、そばには味方はいないか、発見が遅れているのか。

 ジュンとイリューと俺で魔物を遠ざけている間に、ガフォルとヴァフォルが協力して、素早く赤い狼煙を上げた。

 他にはまだ、赤い狼煙は見えない。緑も一筋が薄くたなびいいているだけ。俺たちが半日前にあげた緑の狼煙だろう。

 最悪なことに、俺たちは生存者がいるかもわからない戦場に、他に味方がいない状態で向かうよりないらしい。

「行くよ」

 隊長であるジュンの言葉に「当たり前のことを言うな」とイリューが答えた以外、誰も何も言わなかった。

 馬が一群になって、駆け出した。




(続く)

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