3-16 雰囲気
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作戦の決行日、ルッツェには百頭の馬が揃った。
私の馬は神鉄騎士団が用意してくれた。他の傭兵たちもそれぞれに支援を受けているようだけれど、零細の集合である傭兵連合では馬は間に合わせただけで、乗るものと馬の呼吸にはどこかぎこちないものがありそうだ。
私は馬の首を撫でて、気性を理解しようとしていた。
落ち着いている馬で、臆病なところもなさそうだ。魔物の群れの中を突っ切るのは当たり前なので、少しでも怯懦を見せる馬は私の死に直結する。
もっとも、神鉄騎士団で使う馬は選ばれているし、調教もきっちりとされている。
「いい馬じゃないか」
背後からの声に振り返ると、リツが立っていた。
ちゃんと具足を身につけているし、その下の着物はやや派手だ。その派手さが着物を着ているというより、着せられている、という印象を与える。化粧をしていないところは、まさに素人という感じだ。
「これでも大手だしね。そっちは?」
「あれだ」
リツが指差す。
そちらを見ると、地面に生えている申し訳程度の草を食んでいる馬がいた。小柄で、子馬ではないが頼りないかもしれない。
「ま、馬なんて走ればいいとは思うけど」
言い訳するようにリツが言うけれど、私は笑っておくだけにした。
リツが馬のせいで死んだら、さすがに私も笑えないけれど。
「いい槍を持っているんだな。前に戦場で見たけど」
私のそばの地面に槍は突き立てられている。
「たまたま手に入っただけで、あまりどういう素性かはわからないの」
「そうなのか。ユナにはファクトもあるんだったな。剣より槍がいいよ」
私が答えようとした時、笛が鳴り響き、全員が動きを止めてそちらを見た。
壇が設けられていたところに、一人の傭兵が立った。
傭兵連合をまとめているという男性で、具足も立派だし、傷だらけの顔をしているのが迫力がある。彼が今回の偵察任務のルッツェ支隊の総指揮を取る。といっても、すぐに五人一組に分かれるので、形だけだ。
自分が名目上の総指揮官だと知っているとわざと口にして、彼は笑いを取っていた。傭兵たちも少し気持ちがほぐれただろう。
話はすぐに終わり、各分隊指揮官の下で打合せになった。リツは私に「またな」とだけ言って、自分の隊の方へ行った。彼はジュン、イリュー、それと見知らぬ若い傭兵二人との五人組らしい。
一方の私はホークが指揮官で、そこに私と三人がつくけれど、五人ともが神鉄騎士団なので気心が知れている。
打ち合わせが終わり、作戦開始まで待機となった時、こちらに近づいてくる人物がいた。
コルトほどの長身ではないが背が高く、細身で、着物の上からでもしなやかで力強さが滲み出している。
イリューだった。
「その槍を見せてくれ」
イリューがそう言ったので、私は自分の槍を彼に見せた。
じっとその刃を見て、長い柄を確認し、一度、頷いた。
「これは良い槍だ。もしお前が死んだら、私が自分のものにしたいほどだ」
意外な言葉だった。それも何重にも。
「イリューさんが槍を使うとは知りませんでした」
「槍は余技という程度だ」
「では、収集目的ですか?」
私の問いかけに、イリューが重々しく頷く。
「この槍を作ったものは、悠久のルザ、という刀匠だ。もう五十年は前に没している。いい技を持ち、いい武器を多く作ったが、すでに大半が失われているようだ。これは「カグツチ」という銘だ」
「私にこの槍を預けたものは、作者も銘も知りませんでした」
「五十年より前となると当時から生きているものも少ないだろう。武具は人よりも長く生きることがある」
槍が私の手元に戻ってくる。
「リツをよろしくお願いします」
背中を向けようとしたイリューに、私は思わず声をかけていた。
長身の美丈夫はこちらを振り返り、眉間にしわを寄せた。
「戦場だぞ、私はあの小僧のために危険を冒す気はない」
「仲間ですよね。それに彼は、その、私にとっても特別です」
「ならお前が守ればよかろう」
子どもじみた発言に、私はちょっと困ってしまった。
「私は神鉄騎士団で、彼は人類を守り隊です。もしかして、私も人類を守り隊に入ればいい、ということですか」
くだらん。
短くそう言うと、今度こそイリューはこちらに背を向けて仲間の方へ行ってしまった。
こちらを見ていたジュンが軽く手を振り、リツは不思議そうだった。イリューが合流すると、三人は何か話し始め、リツがいきなりイリューに殴り倒された。それを若い二人組の傭兵が支えて、何か言っているが、殺伐としていないどころか全体的に楽しそうだった。
「お遊びじゃないのよ、まったく」
声の方を振り返ると、ホークが腕組みしてそこにいた。しかし他の三人はニタニタと笑っている。それに気づいたホークが彼らに視線を向けると、全員が咳払いしたり、そっぽを向いて口笛を吹いたりして、誤魔化していた。
「あんたたちもああいう仲良しグループがお好き?」
問いかけに一人が「みんな仲良し、神鉄騎士団コルト隊、という宣伝文句を考え付きましたがダメですか?」と言うと、今度こそ、ホークは殺意のこもった視線になった。
彼女が何か言う前に足音がして、それは聞き間違えようのないコルトの足音で、急に満面の笑みになり、ホークはコルトと打ち合わせを始めた。
コルトは私には何も言わず肩を叩くだけで、すぐに別の部隊の方へ向かっていった。コルトは経験の浅い四名の指揮をする分隊の指揮官になる。
ざわめきが周囲を満たしていたのが、笛が鳴り響き、複雑な間隔で吹き鳴らされる。
進発の準備をする合図だ。
行くよ、といった時にはホークはもう鞍の上にまたがっていた。
(続く)




