第10話 味音痴の秘密
ミックは魔王の山奥の庵に来ていた。魔王はミックを客室に招き入れた。
客室で向かいあう勇者ミックと魔王シーデス。
「何をしに来たご意見番……勇者ミックよ」
「魔王よ。人魔共存の象徴として国に戻って来て欲しいんだ」
「ふっふっふ。やはり私がいないと国がまとまらぬのか。実は国をまとめていたのは私だったのだよ」
ニヤニヤが止まらない魔王。
「しかし、もう遅いのだ。私は晴耕雨読の生活を楽しんでおる。晴れた日は畑を耕し、雨の日は本を読み、昼寝をする。そんな暮らしが気にいっておる。帰ってはくれぬか。もう遅いのだよ 」
「実は……」
ミックが深刻な表情で語りだす。
「モンスター達の不満がかなり溜まって来ているんだ。もう爆発寸前なんだ」
「そうだろう。そうだろう。私がおらぬ事で皆の不満が爆発寸前なのだろう 」
「違うんだ。料理長が作る魔王宛の料理の押し付け合いが起きているんだ 」
「何だと!!」
「魔王は国のトップなので、いつ帰って来ても良いように、毎日、朝、昼、晩と料理長が腕を振るって豪勢な料理を準備しているんだ」
「た、頼んでも無いのに……」
「しかし帰って来ない魔王。大切な料理を捨てるわけにはいかないので、交代でみんなで食べているんだ」
「そ、それは私の頼んだ事では無い……」
「先日、料理長はそろそろ魔王が帰って来る気がして、とっておきの食材を使った新料理を準備したんだ」
「ほう、良い心がけではないか 」
「鰻の水煮に、薄い塩水につけて発酵が進んだ小魚を添えたんだ。鰻は高級食材だからな。ただし小魚がとても臭かったんだ 」
「え?」
「それで、あるモンスターがその料理を食べる事になって、気持ち悪くなって倒れたんだ。それで逃げ出した魔王の代わりに、何で俺達がヤバイ飯を食わされるんだって、みんなブチ切れ寸前なんだ。魔王をぶん殴りに行こうか?って煽っている奴もいるんだ」
青ざめる魔王シーデス
「ぶ、部下の不満を抑えるのも上司の仕事であろう。貴様らは何をやっているのだ。だいたい料理長を変えればいいのではないか!!」
「魔王、おまえが戦士ズイマを料理長に任命したんだぞ。無責任な事は言わないでくれ」
「す、すまん」
「いや、あいつの味音痴の責任は俺にもある。」
ミックは目を伏せる。
「どういう事だ?」
「俺は戦災孤児だ。10歳で家族と国を失い、半年ぐらい一人で山奥を彷徨っていた……食べれる物は何でも食べた。いや食べれそうな物は何でも食べるように努力した……」
「苦労したのだな……」
「まぁ、そういう時代だからな。俺はまだ運が良かった。とある勇者パーティに拾われたんだからな」
「勇者パーティ?」
「あぁ、だが勇者には勇者の仕事がある。それで付き合いのあった商家に預けられたんだ。それがズイマの実家だ」
「長い付き合いだな」
「あぁ、かれこれ10年以上だ。あいつと一緒に学校で学び、そして冒険者になった」
「それで料理長の味音痴の話はどこで出るのだ?」
「あいつの子供の頃の夢は料理人だったんだ。だから料理をよく作っていたんだ。俺は美味い、美味いと言ってバクバク食べたんだ……」
「あいつの料理が美味い?」
「俺は山中で、草や木の皮や虫なんて生で食べてたんだ。塩すらないんだぞ。それに比べたら美味いだろ。ただ真似はするなよ。下手をすると死ぬぞ」
「……」
「あいつは昔から味音痴だったらしい。それを俺が美味い、美味いと食う事で感覚が一般からドンドンずれて行ったんだ」
「ちょっと待て!!感覚以前の問題ではないのか?わざわざ凄く臭い物と不味い物を組み合わせるんだぞ。嫌がらせじゃないのか?」
「それは、もう一つの悲劇のせいだ」
「もう一つの悲劇?」
「あいつは鼻詰まり体質なんだ。匂いがほとんどわからないんだ。強烈な匂いが丁度良いらしい」
「……そんな奴に料理をさせるなよ」
「そのとおりだ。だからズイマは戦士になったんだ。実家を継ぐ兄がいるからな。みんなが説得して料理人を諦めたんだ。だが、あいつの夢に火をつけた奴がいる」
「……私?」
「そうだ、魔王。おまえの所為でみんなが苦しんでいるんだ。戻って来い魔王。料理長を辞めさせるんだ」
「そ、そんな事を言われても……」
「魔王が任命した料理人を辞めさせる事が出来るのは、魔王だけだろう 」
「し、しかし不味いから辞めさせるとか言ったら、ショックを受けるぞ 」
「名誉料理長 兼 戦士長とかに祭り上げれば良いだろう。実際の料理は部下の料理人にさせればいいんだ。俺達は戦乱の世を終わらせたいんだ。その為には魔王、おまえが必要なんだ」
「私が必要……」
ミックは強い眼差しで魔王を見る。
「俺はご意見番として、この国を見ていた。完璧では無いが、強いモンスターと弱いモンスターが共存出来ていた。これは素晴らしい事だ。俺達は戦乱の世を終わらせる為にお前の力を借りたいんだ」
「……」
魔王は黙って目を瞑って聞いている。
「憎しみの連鎖が続けば永遠に戦乱は終わらない。相手を完全に滅ぼすなんて出来やしないんだ。だから俺達は、人魔が共存出来る事を証明したいんだ。おまえは強者だ。しかし弱者を差別しない。俺達の様に何か理由があるんだろう?なら力を貸してくれ。頼む。力を貸してくれ」
「難しい道だぞ……不可能にしか思えぬ」
魔王は厳しい目でミックを睨む。
「わかっている。何年、何十年かかるかわからないって……でも一歩ずつでも近づける事は出来るかも知れない。千里の道も一歩からってな。俺達が駄目でも、俺達に続く誰かの助けになればいいさ」
「魔族、人族ともに最大勢力は強硬派だぞ。両方を敵に回すんだ。滅びの道しか見えぬぞ」
「100年以上殺し合いを続けているんだ。少しぐらい違う道を歩む馬鹿が居てもいいんじゃないか?
だいたい魔王、おまえも他所から流れ着いた弱小モンスターを引き取っているんだ。俺達と同じじゃないのか?」
「そうだな。同じ馬鹿かも知れぬ。ただ……もう少し考えさせてもらっても構わぬか?」
「わかった。今日は帰る。明日また来る。良い返事を期待しているぞ」
「いや、明日は用事がある。明後日、私がそちらに向かおう 」