第1話 魔王の家出
魔王の間では、魔王と4人組の勇者パーティが対峙をしていた。
「よく来たな勇者達よ 」
「貴様を倒す為だけに、俺達は地獄を乗り越えて来たんだ。魔王よ、今日が貴様の最後の日だ 」
勇者は魔王に剣を向け、高らかに告げる。
戦士が斧を構え、魔法使いが攻撃呪文の準備を、聖女が防御力アップの呪文の準備を始めた。
魔王は4人を悠然と見渡して提案する。
「まぁ、待て勇者達よ。せっかくここまで来たのだから、私の話を聞いてゆかぬか 」
「貴様と話す事などは何も無い 」聞く耳を持たない勇者。
「世界の半分をくれてやる。どうだ私の配下にならぬか?」
「世界の半分?」
「そうだ。世界の半分だ 」
「貴様の言う事など信用で……」
「どこからどこまでもらえるんじゃ? 」魔法使いの老人が急に話に割り込んでくる。
「そうね。海とか砂漠とかは要らないわね。肥沃な平原地帯が良いわね 」
「魔王よ、いいのか?」ゴツい戦士が確認を求めてくる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。私も海とか砂漠とかだけじゃ困る。こ、公平にわけよう 」
「うーん。仕方がないわね 」
「そうじゃな。公平が一番じゃな 」
「その通りだ。公平が一番だ。」ちょっとホッとする魔王。
「じゃあ次の質問。部下って何をすれば良いの?役職と権限をハッキリさせてもらわないと困るわ。お茶汲みとかトイレ掃除とかは嫌よ 」
「そうじゃ、さっき倒した魔王軍四天王とやらはどうじゃろう 」
「……わかった。貴様らに新たなる魔王軍四天王の名を与えよう。これからは私に……」
「ちょっと待って。四天王は2人ほど泣きながら逃げて行ったわ。二人分しか枠がないわよ」
「困ったのう……どうするんじゃ魔王よ?」
「……」
「どうするの?魔王さん。」
「わかった。逃げた2人は処刑する。これで、おまえ達が新四天王だ 」
「駄目だ。部下を簡単に捨てるような上司にはついては行けん。2人の処刑は許さん 」
戦士が斧を構えて魔王を睨みつける。
「……わかった。じゃあ好きな役職を言え。それに任じてやろう 」
「私、魔王軍の秘書室長 」
聖女が真っ先に答える。
「じゃあワシは魔王軍の会長で 」
魔法使いの老人もすかさず続く。
「……」
「……」
「あなた達はどうするの?」
「お、俺は魔王軍の料理長になる 」
戦士が重い口を開く。
「あら、あなた料理が出来たの?だったら旅の時に作ってくれれば良かったのに 」聖女が不思議そうに尋ねる。
「俺は料理人になるのが夢だったんだ。だけどみんなが不味いって、材料が可哀想だって言って……」涙ぐむ戦士。
「でもきっと魔王なら、魔王軍のみんななら、俺の料理を食べても大丈夫だ。村人達のように倒れこんだりはしない 」
「ちょ、ちょっと待って。魔王軍って夢を叶える場所じゃないから。世界を支配する所だから 」
戦士は涙ぐむ目を裾で拭ってから、斧を構える。「好きな役職を言えといったはずだ。魔王に二言があるのか?」
「わかった…魔王に二言はない。認めよう 」
「リーダーはどうするの?」
「俺はそうだな…魔王軍のご意見番になろう 」
「はい?」魔王が素っ頓狂な声を出す。
「知らないのか、責任は無いけど、高い見地から偉い人にも躊躇なく忠告出来るんだ。魔王、おまえが間違ったらビシバシいくからな 」
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それからの私の生活は地獄のようだった。朝、昼、晩と不味いメシを食わされる。
人事は秘書室長に握られて、常に誰かに見張られている感じだ。ご意見番はくだらない事でいいがかりを付けてくる。
なぜか会長の方が偉いみたいな雰囲気になっていて、私は雇われ社長みたいな感じだ。
コンコン。
真夜中の私の部屋を誰かがノックする。
最近は重要な決定から外されている私に会いたい者がいるとは……少し嬉しくなる。
「誰だ?」
「魔王軍ニ天王の一人、歩く人面樹のツーリでございます 」
ツーリは、勇者に泣かされて逃げ出したので、勇者達を恨んでいるはずだ。立ち上がるのなら私も共に戦おう。
「どうした。ついに覚悟を決めたか?力を貸すぞ 」
「ありがとうございます、魔王様。これを……」
スッと皿を出すツーリ、皿には青色のソースのかかった黒焦げたステーキが載っている。
「これは?」
「はい。夕食で出たステーキなのですが、自分は光合成で充分なので残そうとしたら、ご意見番が『そんな事では、立派な人面樹にはなれない 』と言って無理矢理食わそうとするのであります 」
いや、私だって……そんな怪しげなソースのかかったステーキなんぞは食べたくはない。
「覚悟を決めて会長に相談したら、魔王に食べてもらえと言われまして……」
何の覚悟を決めてるの?この樹。会長は何様なの?
しかし、ツーリは貴重な戦力。味方に付けておく必要がある。悔しいが、ここは我慢だ。
「わかった。置いていけ 」
「さすがは魔王様。遠からず大魔王と呼ばれる事になるでしょう。では失礼致します 」ツーリは嬉しそうにそう言うと、足取りも軽く出て行った。
不味い飯を押し付けておいて、よく言うわ!!そんな大魔王がどこにいる。
まぁ、良い。食堂と違って監視の目は無い、ここで捨ててしまおう。私がゴミ箱に捨てようとすると…
バタン!!
「魔王。ツーリがステーキを持ってこの部屋に入って、出る時は手ぶらだったんだが……」
勇者が部屋に入ってくる。目と目があって、ゴミをゴミ箱に捨てようとする動きが止まる……
「食べ物を粗末にしてはいけないと習わなかったのか?」勇者が睨みつけてくる。
「す、すみません。食べます 」私はカチコチで苦いソースのかかったステーキを食べた……
「良く頑張ったな。お前は言い訳が多いから心配していたんだ。言い訳ばかりでは立派な大魔王にはなれないってな 」
「あ、ありがとうございます 」
刺激のある苦味で涙と鼻水が止まらないが、感動しているように見えるだろう。いずれ必ず魔王軍は取り戻す。それまでの辛抱だ。
「そんなに嬉しいのか。そうだご褒美だ。おーい!秘書室長。あれを持って来てくれーっ! 」勇者はパンッと手を叩いて秘書室長を呼ぶ。
少し時が経って、皿を4枚載せたお盆を持った秘書室長が入って来た。
「魔王様、どうぞ 」秘書室長は恭しくお盆を差し出してくる。
「これは?」
「はっ、ご褒美でございます 」
私はステーキにかかったソースを見る。黄土色、紫色、灰色、肌色!!!
「そんなに見つめられるとステーキ達も照れてしまうぞ。さ、遠慮なく食え、食え 」
魔王は手が止まる。
「いっぱい食って、早く大きくなって、立派な大魔王になってくれよな 」
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私は大魔王への夢を諦めて田舎に帰る事にした……