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気分転換


 温室から出たあと、庭園の中にある大きな木の幹に背中を預けて座り込む。

 だいぶ痛みが引いてきたけど、どっと疲れてしまったので少し休憩する事にした。


(あの聖女、俺のことを知っているようだった。俺の名前をこうだ(・・・)と呼んで、俺はアイツと知り合いだったのか?)


 前世の記憶は連続的に覚えていること自体少ない。全て断片的に、独立した情報となっている状態だった。

 聖女の言っていた、バスや修学旅行など聞いた事があると思うけど、どういう形だったかが分からない。


(そう言えば以前、聖女と会った時に探している人間がいると言ってたっけ。・・・それが俺だっていうのか?)


 自信がない、というよりは実感が持てない。いつ出会ったのかさえ分からないし、共通点を探そうにも覚えていないのだから。



 最近は雨が多くなっていて少し肌寒い日が続いている。少し暖かい昼の陽気と柔らかな芝生の感触にあてられて、疲れた体が休息を欲している。


 帽子のつばを陰にするようにして目を閉じようとしている時に、誰かが芝生を歩いてきているのが分かった。

 木の陰からちらりと覗いてみると、肩口ほどまで伸ばした金髪を揺らす少女が歩いて来ていた。



 その少女はルイスの1歳上の姉、レティシアだ。物静かでどこか謎めいた少女という印象だ。

 俺に気づくと手を振って来たので、急いで立ち上がり会釈を返した。

 

「コーダ、だね。・・・いつも、ルイスの相手してくれて、ありがと。」

「いえ、仕事ですから。」


 いつもルイスの隣にいるけど、出会っても何か言われる訳でもないので内心驚いている。

 恨み口のひとつでも言われるのかと思っていたくらいだ。


「ルイスは、最近、元気になってきたと思う。でも、それが普通なの。昔のルイスは、どこでも走り回ってたし。」


 ルイスの子供時代は知らないけど、傍若無人という評判だったらヤンチャ坊主だったろうな。

 姉弟だからそういう印象もあるんだな。


「だから、コーダには、感謝してるの。昔のルイスなら、王になるのは、絶対嫌だったけど。・・・あなたが隣にいるルイスなら、任せてもいい、・・・かも。」

「・・・てっきりレティシア様はシータイト様の派閥かと。・・・いえ、失礼を。」


 ルイスの肩を持つような口振りをしたので、つい本音が出てしまった。

 慌てて取り繕って謝罪をすると、レティシアは首を振って制してきた。


「いいの。あなたには、それを言う資格がある。可愛い弟なのは、シィだけじゃない。ルイスも同じなの。フィオお姉様も、きっと同じ気持ちだから。」

「もしそうならルイス殿下もお喜びになるかと思います。」


 ルイスの血縁さえも理解者がいないのかと思っていたが意外にいるじゃないか。

 この国の上位に座る人間が理性的なのは見直した。


「これからも、ルイスのこと、よろしくね。じゃあ、帰る。」

「お、送ります!玄関まででもここからけっこうありますから。」


「そ。じゃあ、お願いするね。」


 了承を得たあと、ルイスの護衛の時に張っている電磁干渉フィールドを5mほど広げていく。

 弱い電磁場なので影響は少ないけど、初めて受ける人間からすれば違和感を覚えるかもしれない。


「んっ、・・・パリッとした。なにこれ?」

「すみません。ルイス殿下の護衛中に使っている魔法です。不快なら消します。」


「いい。もう慣れたから。いこ。」


 レティシアはそう言うと、さっさと歩いて行ってしまう。置いていかれないようにして、ルイスの時と同じように斜め後ろに控える。

 そういえば、王族の近くに寄るのってダメなんだっけ。


「レティシア様。いつもルイス殿下にしているようにしてますけど、無礼ではないでしょうか。」

「んー。私は別にいい。フィオお姉様も大丈夫かも。でもシィは厳しい、と思う。」


「ありがとうございます。ではこのままで。」


 俺が休んでいた木は庭園の外縁にある。ここから城内へ行くには、10分ほど歩かなくてはいけない。

 ルイスのように命を狙われる心配のなさそうなレティシアに、護衛が必要なのかと思ってしまう。


「あなたのそれ、手首につけてるの。キレイだね。」

「あっ、ありがとうございます。大切な人からの贈り物なんです。」


「そうなんだ。大切な人がいるの、羨ましい。大事してね。」

 

 どこか寂しそうに見えるレティシアの横顔は、儚いように見えた。

 今日は面倒がありそうだったからアルヴィを置いて来た事で、アルヴィに似たレティシアを愛おしいとでも思っているのかもしれない。



 しばらくは無言だったが、目的の通用口あたりに来るとレティシアから言葉をかけられた。


「・・・シィは、最近変わっちゃったように、感じてるの。あなたも、気をつけて。」

「私は、そんなヤワではありません。私が失敗する時はルイス殿下も危険な時ですから。」


「そ。あなた、しっかりしてるのね。ありがと。ここまで送ってくれて。」


 何とかレティシアを無事に送り届ける事が出来た。聖女にされた記憶をこじ開けるような嫌な事も、レティシアと会話したことでもう気にならなくなっていた。

 そういう意味も込めて一礼をして、ルイスを迎えに温室へ行こうとすると、甲高い声が聞こえた。


「レティシア様!どこへ行っておられたのです!」

「ちょっと、外に気分転換。」


「外って・・・。ああ!あなた!ルイス様の犬が何故ここに!・・・まさか、レティシア様に何かしたのではないですね!?」

「いえ、私はなにも・・・。」


 その甲高い声のメイドは俺とレティシアの間に立って、俺からレティシアを守るように立ち塞がる。

 

「ああ、白々しいこと!早く消えなさい!今後一切レティシア様に近づく事は許しません!」

「・・・すみません。失礼します。」

 

 被っている帽子を深く被り直して、足早に去る事にした。

 チラリと見えたレティシアは、ごめんねと、声に出さずに言っているように見えた。

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