浅からぬ因縁
「シータイト様と聖女であるフォミテリア様がお越しです。」
その言葉に少し戸惑ってしまったが、急いで来た道を戻って昼食を4人分温室に運ばせる手筈になった。
俺は再度温室へ戻って、先んじて昼食が運ばれてくるのを報告しないといけない。
(・・・憂鬱だな。あの聖女と顔を合わせないといけないのは面倒だ。)
先ほども出会った警備員を一瞥して、目深に帽子を被ったまま温室の中に入って中央へ急ぐ。
ちょうど座席に4人の人間が座っているのが見えた。
一度ため息をついてから、その空間に入る。ルイスと目が合うと一礼をしてから報告に入る。
「ルイス殿下。ご昼食をこちらにお持ちするように手配いたしましたので、ご報告に参りました。御三方のご昼食も共にお持ちいたしますのでごゆっくりどうぞ。では私はこれで。」
さっさと退場しようと、伝えるだけ伝えて踵を返す。
背中を向けようとしたその時に、女の声で呼び止められた。
「あなた!失礼ではなくって!?王族の方々おられるのに帽子なんか被って!」
聖女と顔を合わせたくないからか、帽子を被ってしまったのが裏目に出てしまった。
偉そうにしているセレスティアルに謝罪をしてから、帽子を脱いで正面を見る。
やはりそこには、あの孤児院にいた聖女が俺を見ていた。
◆
目の前の聖女は俺の顔を見て驚いた顔をしている。そんな時、ルイスが話に入ってきた。
「まあまあ、お前もこっちに来て一服していったらどうだ。こいつらに紹介してやるよ。こんなでもこの国じゃ大事な人材らしいからな。こいつの名前は・・・。」
「コーダ。」
凛とした声が俺の名前を呼んだ。その声の主は俺から目を離そうとしない。
数秒か数十秒か、俺も聖女の赤い瞳をジッと見返していた。
そんな俺達を怪しんで声をかけたのはルイスだった。
「どうしたんだよ。まさか知り合いだったか?」
「・・・いえ、知りません。会った事もない。」
ルイスの言葉に反応したのは俺だった。そう答えると同時に目線を外す事に成功したので、ルイスの方を見てなんとか平静を保つ。
適当に愛想笑いを浮かべる俺のぶっきらぼうな素振りにも怯まないのか、聖女は俺に話しかけてくる。
「・・・そういう事を言われても引けない理由があるんだよ?あれから貴方に言われた〈ヴォーガ〉を見てきたの。そこに行って、そこに行ったから確信出来た事もあるの。」
〈ヴォーガ〉という単語にピクリと反応してしまう自分に嫌気がさす。
ルイスからも目を離し、俯いてしまう。
「そこに行って色んな話を聞いてきたの。貴方の事、貴方の育った場所、貴方の生まれた場所。貴方は孤児として〈ヴォーガ〉に生を受けたのよね。幸田くん。」
(コーダ?こうだ?って言ったか?)
聖女の言葉で頭の奥にピリッとした痛みが走った。
左手に持っている帽子を強く握ってしまう。
「私、幸田くんの事をずっと探していたの。転生する時に私を庇ってくれた幸田くんの事をずっと・・・。」
「・・・知らないっ。知らない知らない知らない!」
「あ、え?幸田くん、・・・だよね?・・・どうしたの?」
幸田と呼ばれるにつれ、頭の奥の痛みが強くなってくる。
聖女の言葉を強引に止めながら、俺は片手で頭を掴んで痛みを消すようにして頭を振る。
俺が聖女を拒んでも、聖女は自分の我を通すかのように言葉を畳み掛けてくる。
「私達は高校生で修学旅行の帰りのバスの事故で死んじゃったんだよ?・・・思い出せないの?」
「・・・ぅぐっ、ば、バス・・・。事故・・・。」
痛みの中で情景が思い起こされていく。ところどころにノイズが混じったように断片的な光景だ。
バス。バスで思い出せるのは、大破してぐちゃぐちゃになった無残なモノ。窓ガラスは割れ、座席はぐにゃりと曲がって原型をとどめていない。
事故。事故は悲惨なモノ。頭の中に見える光景は、強い衝撃を受けて物が散乱し酷く荒れている。
その事故の光景の一部分に何か見える。奥に何か光るものが見える。あれは何だ。
ふと目を開けて目の前を見ると、痛がる俺を心配してなのか聖女が近くに来て覗き込んでいた。
俺はその目を見てはっきりと鮮明に思い出す。
あの日、あの場所で見た爛々と輝く赤い光。にたりと笑った奇妙な老人のあの目だ。
「く、来るなっ!俺にっ!近寄るなぁ!」
空いている手で聖女を突き飛ばし、自分でも後ずさって距離を取る。
ジクジクと痛む頭を強く掴んで、その場に膝をついてしまう。
痛む場所には聖魔法だ。この世界で学んだ事だ。掴んでいる手から聖魔法をかけると、徐々に痛みが引いてくるのが分かった。
その時、俺の後方からガタガタと手押し車を押す音が聞こえてきた。
そしてそれは俺の横を通過していくのが見えたので、入ってきた昼食と入れ替わるようにしてこの場を去る事にした。
「お、お騒がせ、・・・しました。私はこれで、失礼、いたします。」
クシャクシャになった帽子を整えてから一礼をして、この場から逃げるように背中を向けた。
少し小走りになっているのを警備員に咎められながら、俺は温室から飛び出した。
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