隣の部屋
主人公視点になります。
あまりに突然なことで何が何か分からないまま、屋敷の玄関をくぐって中へと入っていく。
玄関を抜けると、大きなホールのようでこの空間だけで生活出来そうなくらいだ。
正面の窓の向こうには庭園が見えていて、外の殺伐とした砦に囲われたとは思えないような開放感がある。
両脇には階段もあり吹き抜けになっていて、ここから見える天井がキラキラと輝いて見える。
前も横も上も、全てが異次元に迷い込んだかのような気分になって酔いそうになってしまう。
ふと隣を見れば、メイド服の女性に上着を渡している若干引いたような怪訝な顔をしたルイスが見ていた。
「・・・そんなに珍しいか?」
「ええ、ここだけでも広くって家とは思えないほどです。」
かつて見た教会ほどの広さがある玄関でもっと見ていたかったが、ルイスが歩き始めたのを見て近くをついて回った。
3人の従者を侍らすルイスを見失わないようにしながら、図々しく歩きながら屋敷内をキョロキョロとしていた。
階段を登り2階をさらに奥まで進んで、突き当たりの両開きのドアの前まで来た。
「ここが俺様の私室だ。部屋はいくらでも空いてるが、・・・そうだな、呼べばすぐ来れるようにそこの物置きにでもいてもらうか。」
物置きとは随分な扱いだな。ルイスの私室が廊下の先にあるならば、ルイスの指差す物置きはそこから90度曲がったすぐそばの場所にある。
俺達からは正面に見えるのがルイスの私室で、左角にルイスの私室に比べると小さなドアがあるのが分かる。
小さいとはいえ、普通の住居サイズだが。
「おい侍従の、・・・何だったか。まあいい、中を検めて人が住めるようにしておけ。」
「はっ、ただいま!」
メイド服の女性が中へ入って行った時に、チラリと見えた感じでは、窓は無く本が積まれているような物置きとはいえ退屈しなさそうな部屋だった。
「コーダ、お前、本は好きか?どこかに持って行くのも時間がかかるだろう。読むなら置いておくがどうだ?」
「はい。置いていて下さると有難いです。」
俺がそう言うと、ルイスはまだ控えている2人の侍従に顎で部屋を示してみせる。
「本は置いておけ。寝床を作ったら下がっていいぞ。・・・コーダは俺様とともに来い。」
「はい。」
キビキビと動き出す従者を尻目に、ルイスは私室のドアを開けて中へ入ってしまった。
俺は廊下にポツンと取り残されたような気分になって、物置きの片付けをしている従者達に深くお礼をしたあと、ルイスを追ってドアに急いだ。
◆
ルイスの私室は、先程見た玄関ホールを思わせるような、煌びやかではあるが生活感のある景色が広がっていた。
部屋の外からは、微かに振動は聞こえるので隣の部屋という扱いなのだろうか。
大きくて柔らかそうなソファに、ドカリと座ったルイスは俺を手招きをしてくる。
先程とは状況も違うし、流石に同じところには座るわけにはいかないのでソファの後ろに控えるように立つ。
「・・・コーダ、お前には俺のそばにいてもらって警戒をしてもらう事にする。昼間、廊下の破裂音もそうなんだろう?」
「うん。確実にあれは誰かの攻撃だった。それも位置関係からみてルイスの顔くらいかな。」
「そうか・・・。」
背もたれに体を預けて上方をぼうっと見やるルイスの顔は、少しやつれているように見えた。
実際に攻撃を無力化した俺からしてみても、あれは当たればタダでは済まなかった。回復手段のない状況ならば、出血多量は免れなかったかもしれない。
「オレは開けてはいけない扉を開いてしまったのかも知れない。シータイトが兄でオレが弟だったなら、こんな諍いは起こらなかったのかも知れない。」
「ダメだよそんな事言っちゃあ。人を殺すのを弄ぶ人間なんて王になっちゃいけない。あのシータイトって人間は、頭は良いかも知れないけど、陰湿で狡猾な人間だと思うよ。」
強情なルイスには似合わないような弱音を吐いたので、ふとルイスを励ましてしまった。
ルイスだって悪いところがあるはずなのに、ルイスの傍で応援したくなってしまっている。
「オレの小さい時に周りにいた奴らはもう誰も居なくなった。父も母も姉も側近だと思っていた奴も。侍従なんて気づけば知らない顔に変わっている。・・・コーダ、お前だけはどこかへ行かないでくれよ。」
「うん。そもそも俺にそんな決定権ないけどね。」
「そうか。・・・そうだな。では、コーダよ。俺様が許すまで傍で支えろ。」
「仰せのままに、ルイス殿下。」
そう言った俺はいつの間にか隣の部屋からの音が聞こえなくなっていることに気づいた。
その後すぐに部屋のドアがノックされ夕食の時間なのだと言って、ルイスとともに広間へ向かう。
玄関のある1階には行かず、いくつか角を曲がった先に目的の広間があった。
ここまで先導していた女の従者がドアを開けて部屋の中に入る。
中にいるのは2人ほどで、貴族って毎回毎回、歓待されているイメージだったけど違ったのは意外だ。
10人は座れそうな規模の席のひとつにルイスが座ると、すでに部屋の中で控えていた執事っぽい人間が料理を載せた手押し車を押してきた。
見た感じ普通の料理だとそのまま眺めていると、ルイスに手招きをされた。
「おい、コーダ。先に少し食べてみろ。」
返事をして料理に近づいたあと、添えられている食器を使って食べてみる。
魚を使っている料理だったのでソースとともに食べると、魚が舌先が触れた瞬間ピリピリとした違和感に襲われた。
(・・・んっ、これはまさか毒ってやつか?グッ、耐性はあっても効くことは効くからなぁ。ルイスに食べさせるのは・・・そうだ聖魔法ならなんとかなるか?)
毒を持っている素材をそのまま使う訳がないし、あとから足したのだろう。
舌先に触れた瞬間に効果があるなら、粘膜とか細胞単位でダメージがある毒のはず。
生命活動のないアルヴィの傷さえも塞げたのだから、魚の死体に干渉する事だって出来るはず。
魚の味がなくなるけど、味はソースで補完してもらおう。
魚の切り身の細胞内の汁を外に排出するように働きかける。調理済みなので水分は少ないが、5mm大ほどの黄色くくすんだ汁が出てきたのでそれを自分の手の甲へ置いて舐めとってみる。
舌をつけた瞬間、先程とは比べ物にならないような痛みが口の中に広がっていく。
ガラス玉を噛み潰したように口内が血だらけになったかのように感じる。
(グッッ・・・!だ、大丈夫だ。しかしこんな物を入れていたとは・・・。)
周りから見ていたらほんの一瞬の出来事だっただろうけど、歯を食いしばって痛みに耐えながら手押し車を押す執事を睨む。
この毒は記憶しておこう。次が来ても選別できるようにしておかないと。
「殿下、どうぞお食べください。毒などどこにも入っておりませんよ。」
汗を拭い取り、涼しい顔をしてルイスのテーブルに置く。
ルイスはジッと俺の顔を見ていたが、意を決したように料理を口に運んでいく。
即効性のある毒だったので、食べ進めていることから危機は去っていたのだと安堵する。
「ふむ・・・、少し味が薄いんじゃないのか?・・・おいどうした、次はないのか?」
「な、なんで・・・。い、いえ!ただ今お持ちいたします!」
ルイスが口元を拭きながら、料理を運んできた執事はアワアワとして慌てて踵を返し部屋から出て行った。
数刻ほどで戻ってきた執事は、肩で息をしていて皿を手で持ってきたようだ。
近くに寄って先ほど自分の体験した方法で料理を検査すると、面白いように黄色い色の汁が出てくる。
それを俺が用意しておいた皿に入れ、上目遣いをしながら執事の顔を覗き込んで小声で話しかける。
「へぇ、この毒って黄色いんですね。」
「なっ!なにを!・・・何をおっしゃっているのでしょうねこの子供は!ルイス様、先ほどは失礼いたしました。」
俺は慌てていて動きがぎこちなくなっている執事が面白くて仕方なかった。
配膳を終えて戻ってきた執事の手を掴んで毒液を手に染み込ませてやる。
「いけませんね。自分で用意したのなら片付けも自分でしてくださいよ。」
怯えて口を引きつらせて声も出なくなっている執事に、軽く雷魔法を流してビクビクと痙攣させながら部屋から出て行かせる。
毒なんてものを用意しているとは、この屋敷の人間は異常がすぎるんじゃないか。
さすがにルイスが可哀想だと思い、ルイスの傍に戻る。それから食事中はずっと目を光らせ続けていた。
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