後悔
主人公視点に戻ります。
エルランドという世界は、剣と魔法の世界と言えば聞こえがいいが、あくまでもそれを謳歌できる者は恵まれた者だ、ということが痛いほどわかってしまった。
ここはネルケルト王国の貧民街、俗に言うスラムと呼ばれる場所。このスラムは王国語で底を意味する〈ヴォーガ〉と呼ばれている。
なぜ底なのかと言うと、日々の生活もままならなく、皆やせ細り、人が暮していくように思えないような醜悪な場所で、まるで地獄の底のようだということから来ているそうだ。
一歩でも路地に入れば、非合法の向精神薬を売買しているイカれたやつなんてザラにいる。キレイな服なんて着ていれば最後、骨の髄までしゃぶり尽くされ皮膚の一片まで売り飛ばさせるそんな底の街〈ヴォーガ〉。
地面にへばりつきながら、俺こと幸田次郎はこんなクソッタレな第二の人生を後悔していた。
◆
俺はおぎゃあと生まれた時から記憶がある。転生してもかつての記憶がある事は、これ程までに安心出来るのかと安堵感に包まれたものだ。
しかしそれは1ヵ月も経ち目が見えるようになってきた頃、もろくも崩れ去るのだった。
俺の生まれた家は、一言で言えば貧乏だ。日本の貧乏っていうより昔テレビで見たスラム街にある木材で出来た、密集した場所にある粗悪な家ような感じだった。
広さは1畳ほどで、借家のようだ。こんなゴミ溜めみたいな家に大家がいるとは思えなかったが、知らない男が金のようなものを徴収していったのは記憶に新しい。
両親は少し日に焼けているが、前世の北欧系の白人種に見える。両親とも髪は茶色だった。瞳の色だけは違っていて、父親はグリーンで母親はブルーで綺麗だと思った。
父親は毎日朝早く外へ出て、夕方くらいに帰ってくる。明かりが無いため夜は身動きが取れないからだ。
ただ母親はこんな状況にもあって健気に思えた。虫が浮いてる泥水のような水で湯を沸かし、よくわからない葉っぱを入れてスープを作る。豆のようなものを潰して団子を作りスープの中で煮て完成だ。見ようによってはすいとんに見えないこともないスープを両親が食べた後、痩せた母親の母乳を吸う。
・・・いくら元高校生の世間知らずだった俺でもわかる。こんな生活は底辺の底辺、地獄の底だ。
生まれて3ヵ月ほどが経った。少し暑くなってきたから前世でいう夏なのかと思っていた昼頃、父親が慌てて帰ってきた。大きなずた袋を両手に抱えていかにも何かやらかしてきましたと言わんばかりだ。母親に声を荒げて急ぎ荷物を纏めさせる。
少し成長した俺はそんな両親を見ながら考えていた。逃げるのかな、父親は何やってきたのかな、袋もあるし泥棒か何かだろうな、と漠然と考えていた。
母親がそこら中の布をまとめて背負い、俺を腕に抱えて家から飛び出した。両親は何か言い合っている。言葉は分からないが口論しているように聞こえた。
◆
新しい家は、前の家から2キロ程遠い場所にあった。川沿いに集落があることが分かった。川は黄色く濁っていて川底なんて存在しないんじゃないかというくらい見えない。
川辺から川の上へ乗り出すように床板が貼られている。
所々に隙間や穴が空いており、ここから汚物やゴミを川にボトボト落としている近所の人達をみて、絶対に川に入らないようにしないといけないと思った。入ったら最後で、一発で病気になるだろう。
ただ、川には生物がいるようで小舟に乗って漁をしている人も見えた。前の家は暑かったからちょうどいい、水は汚いけど少しは涼しいだろう。
新しい家は家と言っても屋根があるバルコニーに間借りさせてもらうような状態だった。
父親は抱えていた袋を、バルコニーの家主に預けると食い物を貰って帰ってきた。いつも食べていた豆もあったが、果物や野菜も持っていたのだ。
父親は父親なりに、子供である俺のことや妻である母親のことを想っていたのだと感じて、今まで他人事のように考えていた人生を自分のことだと実感してしまい、赤ん坊のように泣きじゃくってしまったのだった。
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