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生まれながらの邪悪


 あのあと訓練場では大した事件も起こらずに、シータイト御一行様とは別れて今は城内のルイスの私室にいる。

 本棚が多く、よく整頓されているように見える。両手を広げても余裕のありそうな大きなベッドもあり、あんなところでは安眠できそうにないなと思う。


 中にまで入れるのは俺ひとり。ソファに向かい合わせで座って、今日起こったことを話し合っている。

 他の護衛達や従者は部屋の外で待機だ。


「被験体、お前のおかげで今日は無傷で過ごせそうだ。その力の前ではさすがのシータイトでも手も足も出んか。」

「・・・ありがとう。でもあのシータイトとかいうのは何者?何故か知らないけど、少し気持ち悪かったよ。」


 俺のそんな言葉に目を見開き、俺とルイスの間にある机に体ごと乗り上げて、両手で俺の肩を覆い被さってくるように強く掴んできた。


 急なことで反応できなかったが、至近距離で見るルイスの顔に少しだけ懐かしさを覚えてしまっていた。


「そうだ!アイツの存在は気持ちの良いもんじゃない!ようやく会えた、俺様のこの気持ちを分かってくれる者が!」

「い、いたいよ。・・・そうなら良かったよ。でも今までにもいそうだけどね、そう言う人。」


 俺がルイスの手をそっと掴んで外そうとすると、思いの外すぐに離してくれる。

 机の上に乗っているルイスを元いたソファに誘導して、そのまま俺も隣に座った。


「それで、今までの誰も彼もルイスじゃなくてシータイトの味方をしてるの?」

「・・・ああ、そうだ。仲が良いと思っていても、結局シータイトの方へ行ってしまう者ばかりだった。そもそもアイツが生まれた時点で俺様の人生は狂っていた。」


 ソファに浅く腰掛けて項垂れるように(うつむ)きながら、ルイスはポツポツと話し始めた。

 今まで、このルイスを取り囲む世界に何があったかを。



 ルイスは幼い頃からずっと、王になる為に生まれた存在だと意識していたそうだ。長男であり正妻の子。姉達はいたが、この国で唯一の王子だった。


 だが、ルイスが3歳くらいに側室の子が生まれたそうだ。一番昔の記憶はそれらしい。それほどまでに鮮明に焼き付いているのだと言う。

 何故かと言えばそれは当然、弟が出来たから。


 自らが王となる運命である以上、幼いながらにもこの弟もそれなりの地位になるのだろうと思っていたらしい。

 自分が王で弟が補佐的な役割であれば、この国は更に発展出来るであろうとも。



 ただ唯一、誤算だったのは弟であるシータイトが出来すぎた(・・・・・)こと。


「王とは豪胆で強くあるべきだと教えられた。古い王の文献を読んでも、人々を率い土地を治めるには折れぬ心と強き言葉が必要だとも。

 オレは、シータイトが人々から持て囃されている事に嫉妬して、シータイトを遠ざけた。自分が王になる事だけを信じて、周囲に当たり散らかしていたんだ。」


 俯いているルイスの顔は見えないけど、懺悔のような告白を普通の顔でしている訳がない。

 傲慢さが滲んでいた一人称も、いつの間にか鳴りを潜めている。これが本当のルイスなのか。


「オレはシータイトを貶すことで優越感を得ていた。姉達に嫌われてしまっても、王になるんだと、それだけを思って生きてきたんだ。

 そして今、オレはシータイトに殺されようとしている。・・・オレは一体どうすれば良かった。どこで間違えたんだ、オレは・・・。」


 そう言った後、ルイスはぐっと押し黙り何も言わなくなった。

 生まれながらの邪悪はいない。周りの人間からは散々な評価のルイスだって後悔をするし笑うことだってある。



 そんなルイスの姿を見ていると自然に手が動いた。まるで誰かによって動かされているような、そんな感覚を覚えながらルイスの頭に手を乗せる。

 そして俺はかつてアルヴィにしていたように、優しく頭を撫でる。


(・・・そうだね、アルヴィ。泣いている子はあやしてあげないといけないよね。)


 俺がそうであったようにルイスも誰かに出会えば変わるはず。今は誰もそばにいないのなら、俺がその席へ座ろう。


 撫でるたびに、押し殺したような嗚咽が聞こえてくる。これまでも十分に泣くことも出来なかったのかな。ずっと1人で抱えてきたのかな。


(俺にはアルヴィがいる。ルイス、2人で君を支えるよ。)


 その震えるような感覚がおさまるまで俺はルイスを撫で続けた。



 10分ほど泣いていたルイスは、目元の赤い顔を上げて自分の頭の上にある俺の手を掴んだ。

 

「・・・この事は、誰にも言うんじゃない。」

「分かってる。2人だけの秘密だ。」


 俺がそう言うと、俺の手を離してから後ろに顔を逸らして立ち上がってしまった。

 さすがに恥ずかしかったかな。


「おい!護衛共!帰るぞ、支度しろ!」


 そのままルイスは、入り口のドアに向かって声を出す。窓から外を見ればもう夕方だ。

 また馬車であの本邸へ行くのだろう。夕食もあるだろうし、このくらいの時間なのかな。

 


 廊下から少し騒がしい音が聞こえてきたものの、数分もせずに準備完了の合図が聞こえた。

 ルイスは俺に顔を見せないまま、外へ歩き出そうとするけど、俺は小走りになって目の前へ回り込む。

 身長差があるためか、下の方から覗いて見えるので患部が分かりやすくて良いな。


「ルイス、その顔じゃ泣いていたのが分かっちゃうから。」


 泣き腫らした目元にサッと回復魔法をかけて元通りにする。急に目の前が淡く光ったのだから、ルイスは驚いて後ずさる。


「お前っ、きゅ、急に何を!」

「泣くと目元が赤くなるんだ。・・・うん、もう大丈夫だね。」


「・・・は、早く行くぞ!遅れるな!」


 足早に部屋から出て行こうとするルイスを追いかける。その背中からは、もう先程のような弱々しさは感じなかった。



 行きと同じように馬車に乗って本邸へと戻っている。行きと違う点は会話がない事だろうか。

 夕焼け色に照らされたルイスの顔は、心無しか穏やかになったように見える。この場面だけなら年相応の美男子として、話題になること間違いないだろう。


 堅牢な門を抜け、特に事件もなく本邸の玄関まで帰ってくることが出来た。

 朝にハンク達が言っていたのでは、俺達の護衛はここまで。後は中にいる人が受け継ぐんだったな。



 屋敷の玄関前で馬車が止まり、俺が先に降りてから乗降口でルイスが降りるのを待つ。他の人は頭を下げているので、違和感をヒシヒシと感じてしまう。

 ルイスが馬車から顔を出し、階段へ足をかけたところで立ち止まる。


「被験体、お前の名前はなんだ。」

「・・・私の名前は、コーダと言います。」


 城内では砕けた口調で話しているから、いざ敬語にするのにワンテンポ遅れてしまう。


「コーダ・・・。コーダ、だな。・・・そうか、ではついて来いコーダ!」

「・・・え?」


 目をパチクリさせて理解できないというような顔をしてしまう。

 そんな俺をよそにしてやったり(・・・・・・)と言わんばかりのニヤケ顔をしたルイスが、意気揚々と階段を降りて玄関に向かっていく。


 周りを見ても、顎を使って付いていけというようなジェスチャーと目配せを受けて、渋々ルイスの後ろへ駆けていく。

 玄関に入る直前までにはルイスの元へ到着すると、小声で俺に何かを言ってきた。


「コーダ、オレを失望させるなよ。」

「・・・うん。」


 自信満々に任せて、と言えない俺は弱いな。でも今度は、今度こそは守ろう。アルヴィと一緒なら、どんなところだって大丈夫なんだから。

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