ルイス王子
ある昼下がり、いつものように暇潰しに読書をしていると、外で何かが倒れるような音を聞いた。
気になって採光のために開けている窓を覗くと、1人の少年が壁をにして倒れている。
少年といっても、俺よりも大きいので10歳くらいか。
窓には鉄で面格子を取り付けられているので、外に身を乗り出すことはできないので、確認がてら声をかける事にした。
「大丈夫か?生きてる?」
「・・・ぐっ、人がいたのか・・・。なんでもない、少し切っただけだ。」
その少年は、絞り出すような声で返答をした。見れば腕をおさえているし、あの辺りからけっこう出血しているのだろう。
土で汚れているところもあるし、喧嘩でもしたんだろうか。
適当に治療魔法でもかけておさらばしてもらおうと思い、切り口を清潔にそして閉じるように意識する。
すると、少年の至るところが淡く輝いて思っていたより魔力が使われていく。服で見えないけどケガだらけだったみたいだ。
「ケガ、多分だけど全部治ったよ。」
「っなに!・・・確かに痛くない。お前、詠唱もせずにどうやって・・・?」
「なんだか機密らしいよ。詳しいことは研究所の人にでも聞いてね。出来るかどうか知らないけど。じゃあお大事に。」
俺はそう言って窓を閉めて部屋に戻る。外では何かが動くようなそんな気配がしたけど、今度は確認することもなかった。
なぜ助けてしまったのだろう。研究員以外の話し相手だったからか、それともただ暇潰しだったからか。
多分、答えは分かってる。あの少年は、アルヴィと同じ金色の髪と青色の瞳をしていたからだ。
手首にはめているブレスレットを撫でてから、ベッドに寝かせているアルヴィの頭に口付けをする。
それからはいつもと変わらず読書をする時間に戻った。
◆
その日から1週間たったころ、日課を終えたあとウィル経由で客が来るという報告を受けた。
この辺りに知り合いなんて皆無なので首を捻っていると、もしやと思い当たる人間がいた。
昼を過ぎたころ、ウィルに魔力封じの手錠をつけられて部屋から連れ出され、しばらく歩いて金がかかってそうな扉の前へ案内される。
(こんな豪華そうな部屋がある建物とは思えないんだけど。応接室みたいなやつか。)
自分では開けられないので、ドアマンのようなウィルに案内されると、やはり目の前にはあの少年が座っていた。
少年の向かいには、収監初日に見た偉い人もいて、何か異様な雰囲気だった。
あの時とは違って土汚れもなく、むしろキラキラとした高そうな生地で仕立てられた服をまとっている。
壁際に護衛が5人立っており随分と殺伐とした雰囲気で、まるで俺が何かするみたいにこちらを疑いの目で見てくる。
部屋に入ったまま何もしないでいると、俺以外の周りの研究員達が片膝を立ててかしずいているのに気づいた。
屈んでいるウィルが俺の服の裾を引いて、何かを目で訴えていることの意味がよく分からない。
「ああ、別にもう良いぞ。こいつには礼を言いに来ただけだからな。」
目の前に偉そうに座る少年がそう言うと、ウィルの必死に掴んでいた手も離れていく。
けっこう偉い人なのかと思っていると、少年が口を開いた。
「その顔、何もわかってないって感じだな。まあ別に良い。あの時は助かったぞ、礼を言う。」
「はぁ。気に障ったら申し訳ないんだけど、君って何者?」
俺がそう言うと、少年ではなく護衛が驚いたような顔をしている。何人かは信じられないと顔を覆っている。
少しの沈黙のあと、少年が吹き出して大口を開けて笑い出した。
「あっはっはっは!この俺様をしらないのか?本当に?・・・くくっ、大したヤツだ!・・・おいクリス言ってやれ。この俺様がどういう存在なのかを!」
そう少年に促されたクリスという人は護衛の中の1人で、もっとも少年に近い位置にいる。
そのクリスが大きく息を吸って、高らかに説明を始める。
「ここにおわす御方は、ネルケルト王国第一王子、ルイス殿下である!頭が高いのだ!愚か者が!今すぐ頭を下げよ!」
第一王子、そう聞いて声にならない驚きが口から漏れる。
事の重大さに気づいた俺は慌てて取り繕おうと屈みかけると、その第一王子から制止の声がかかった。
「待て。俺様はもう良いと言ったはずだが?クリス、喋りすぎだ。・・・そうだ、お前は今の時点でクビにする。明日はもう護衛していらん。」
「っそんな!殿下!」
「俺様の言葉を守れないなら要らんだろう。代わりはいくらでもいるからな。」
ルイス王子は随分と横暴がすぎる性格のようだ。俺も言いつけを守って、屈みかけた体を戻して背筋を伸ばす。
「おい、被験体C-281、だったな。今、護衛が1席あいた。やってくれるな?」
そうルイス王子に言われ、有無を言わせない雰囲気に押され頷くしかなかった。
今まさに、この少年の気分を損なえばどうなるかを見せつけられたからだ。
「謹んでお受けいたします。ルイス殿下。」
「フッ。失望させるなよ。」
まさかこの国の王子に目をつけられるとは。ゴミみたいな生まれから、王子の護衛か。
奇妙な運命もあったもんだ、と他人事のように思いつつ、目の前の少年の強い瞳から目が離せなかった。
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