無力感
アルヴィが襲われた日、そしてアルヴィとプレゼント交換をした日の翌日の朝。
いつもより遅く起きてしまって、窓から差し込む光を手で遮りながらベッドから起き上がる。
部屋を見渡すと、椅子に座っているアルヴィが昨晩贈った櫛で髪を梳かしているところだった。
清潔感のある白いシャツとキラキラと光る髪が非日常とさえ思えてしまう。
俺はその絶世な光景に目を奪われてしまう。そしてその美しさは絶対に汚されてはならないと感じた。
「ねぇ、コーダ。この櫛、失くしちゃうといけないから持っていて。」
「いいよ。絶対に失くさないから。」
昨日の一件もあってさすがに1人で行動させる訳にはいかないので、今日は一緒に俺の仕事先についてきてもらっている。
ブローヌには、昨日の一件が例の騎士によって伝わっているようで、俺と一緒にいる方がいいという結論に至ったようだ。
いつも俺が通っている仕事先は、ブローヌのスウェンさんの幼馴染みらしい。
ブローヌよりも規模が大きいようで、今は騎士の格好をしている客が多く見られた。
とは言っても、俺は裏方なので全く見ることが出来ない。
今日はアルヴィを伴って来ていたが、手が増えたことを喜ばれた程度で大して変わる事はなかった。
2人で来ていたからか、早めにあがらせてもらえた。気を遣われたのか、水筒と軽食ももらえたのは意外だった。
仕事先から2人で出た後、街を散策していると前から鎧姿の騎士が歩いてきた。
こっちに気付いて、片手を軽く上げて足早に近づいて来た。
「アルヴィちゃん、だったね。昨日大丈夫だったかい?そっちの子は友達かい?」
「はい、昨日はありがとうございました。この人はコーダって言います。私の大事な人です。」
「コーダです。あなたがアルヴィの言ってた騎士さんですね。アルヴィを助けてくれてありがとうございました。」
アルヴィが言った大事な人発言には、目の前の騎士はあまり深く考えなかったようでニコニコと笑顔で返事してくれる。
(人の良さそうな感じだ。アルヴィも怖がっていないし本当にそういう人なんだろう。)
その騎士とはすぐに別れて、2人だけになる。いつ繋いだかも分からない手を振りながら道を歩く。
昨日の一件なども忘れてしまうほどの幸せな時間だった。
◆
夕方になる前までには帰らないと、と思い早めに帰る事にする。人気が一気に少なくなった違和感は少し感じていたが、それ以上に見過ごせない存在がそこにいた。
「お久しぶりですねぇ、コーダ君。私の顔お忘れじゃあないですよねぇ?」
眼鏡を直しながらニヤニヤと笑みを溢しているマクシーム院長が目の前に立ち塞がっていた。
あの時、俺が吹き飛ばして出来たであろう傷跡を撫でて笑っている。正直気持ち悪い。
「今すぐそこを退け。退かないなら、今度は殺す。」
「おやおや、嫌われたものですねぇ。いいですよ?どうぞやってみればいいじゃないですか。」
こいつ正気か?いや、そもそも正気じゃないか。
意識して院長の真上に雷魔法を発動する。脳天から貫くように発動させて終わりだ。
電撃が肉眼で確認できた瞬間に、院長の頭上に土塊が発生した。電撃は土塊に吸収された後、院長の後方へ飛んで行った。
「半信半疑でしたが、効果は絶大ですねぇ。」
「金を貰った分は働くさ。それに雷属性には土属性だっていうのが通例だ。」
院長の後ろから姿を現したのは、20歳くらいの青年だった。どうやら土の魔法を使えるようで、アースのように俺の電撃を吸われたのだろう。
(厄介だな、相手が魔法使いだとは。遠距離だと闇魔法は使えそうにないし、聖魔法はそもそも攻撃に使えるのか?)
相手の出方を窺いながら、アルヴィを自分の背に隠すように前へ出る。院長と相手の魔法使いはニヤニヤとしているだけで、動く様子はなかった。
「しっかし詠唱も無いとはねえ。どういう理屈なんだか。まぁゆっくり聞くつもりは無いがな。」
「・・・アルヴィ、目眩しして一気に逃げるよ。」
攻撃しても意味が無さそうだったので、聖魔法で目眩しをしてから逃げる選択をした。
アルヴィには顔に手をかざして光が漏れないようにする。
何かブツブツと言っている魔法使いに向けて、光を作り出そうと思った瞬間だった。
「逃すかよ!土よ、我が敵の動きを封じろ、アースバインド!」
俺の足元の地面が盛り上がり、くるぶし辺りを覆い尽くす。足は縫い付けられたように動かなくなる。
くるぶし辺りに来た土は止まることはなく、ジワジワと体を覆い始めていて、まるで虫が這っているかのような悪寒がする。
その気持ち悪さからか、アルヴィに向けていた意識を外してしまっていた。
「やめて!離して!」
アルヴィの声に気づいて周りを見れば、粗野な見た目の男が、アルヴィを捕まえて院長に渡しているところだった。
「おやおや、コーダ君。みっともないですねぇ。簡単に奪われてしまうなんて。」
「お前!アルヴィを離せ!」
雷魔法で攻撃しようにも、感電させてしまうかも知れないと気後れしてしまう。そんな事をしている間に、既に土が膝上ほどまで侵食してきていた。
身動きの取れない俺に対して、魔法使いの男から痛めつけられる。そんな俺を横目に院長が魔法使いに何かを伝えていた。
「ドンガさん、この少年は任せますよ。私はこの少女を取り引きして来ますから。」
(コイツ、まだ懲りてないのか!?貴族なんかに渡してたまるか!)
「逃がすか!」
俺は咄嗟に、自分の手を伸ばして闇魔法の照準を合わせていた。院長の手に渡ったアルヴィを取り返そうと、闇魔法を使って手を伸ばす。
今、唯一の物理干渉できる魔法だからだ。
まるで手の形をしたような暗い色の光が、俺の右手から放出された。
「うぉ!コイツ2属性持ちか!」
ドンガとかいう魔法使いが俺の腕ごと土で包み込んで、闇魔法を逸らした。
ギリギリ逸れた闇魔法は院長の後方の家屋が大穴を開けて霧散した。
「もっと殴ってやろうかと思ったが、もう知らねえぞ。」
ドンガの土は勢いそのままに俺の右半身までを包んでしまう。アルヴィの方を見ようにも視界がほとんど奪われてしまった。
闇魔法を使って、土を剥ぎ落とそうにも侵食されるスピードの方が早い。
(クソッ!どうすれば良い!このままじゃアルヴィを助けるどころか、俺が窒息してしまう方が先だ!)
視界の端でアルヴィが連れ去られるのが見える。俺の方に手を伸ばして何かを叫んでいる。
なんとか自分の顔まで外に出す頃には、アルヴィはもう見えなくなっていた。
「その歳でそこまで魔法が使えるんなら、さぞ良い貴族に仕えられたのによ。平民の魔力持ちは才能があるってのは本当だったみたいだな。」
(貴族貴族と、バカの一つ覚えのように。飼い主か何かなのかよ。反吐が出る。)
「だがまあ、ここで死んでくれ。これでも仕事なんでな。
土よ、彼の者を閉じ込めよ。アースウォール。」
ドンガがそう言うと、俺の周りから壁が立ち上がる。俺を覆い尽くすようにして立ち塞がった壁を、闇魔法で砕くように殴りつけるもキリがない。
なんとか正面の少しだけはボロボロと崩れながらも、小さな隙間を作る事が出来た。
その穴からは一筋の光が差し込んでいて、こんな状況にあっても綺麗に感じてしまう。
土で出来た壁は、少しずつにじり寄ってきていて、拘束した俺を圧殺するような動きをしている。
(俺はここで終わるのか。アルヴィを奪われ、何も出来ないまま殺されるのか。)
壁の外では何やら騒いでいるようだけど、ほとんどが雑音となって何を言っているのか分からない。
ただ、少し焦っているような雰囲気だけは感じていた。
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